第8話糸の先にある舞台人形
時の流れは速い。
どんな環境であろうと、生きる意志があればその内順応するものだ。
呼吸を整えて一定にしていく。
いつもの手順。
静かで穏やかな空気の中、丹田を意識をして『魔力』を精製する。
そして、直ぐに霧散させて、額に垂れる汗を振り払う。
「ふぅ、まだまだ慣れないな」
どろりとした倦怠感を覚えつつ、型通りの武術の動作を行う。
ゆっくり確実に。
念頭に置くべきは正しい動作。
小説のように、魔力で身体能力が向上すれば良いのだが、そう簡単な話ではない。
物を言うのは、地道な積み重ね。
魔法を扱うには生命力が必要だ。
それ故に、この世界の魔法使いたちは体力練成にも余念がない。
流石に本職の戦士たちには劣るが、それでも平民の平均を遥かに凌駕している。
実に勤勉なことだ。
「──はぁはぁ、少し、休憩しよう」
荒れる呼吸を整えながら腰を下ろす。
見上げた先に広がるのは、雲一つのない青空と太陽。
地球にいた時と変わらない風景。
それに少しだけ安堵する。
この世界に召喚されてから一カ月がたった。
最初は体調不良に苦しんでいたが、思ってるよりもこの世界の人間は優しく、今ではこうしてある程度好きにさせてもらっている。
しかし、そう遠くない内にはこの【死都•アルカディア】を出て行くだろう。
ここは、人が住むには荷が重い。
いや、手に負えないが正確か。
穏やかな空気に潜む確かな違和感。
最初は杞憂程度だったが、今ではもう確信に至っている。
この国を覆う不安の正体。
「……そろそろ、か」
溜め息を吐きつつ、訓練場に向かってくる二人組に視線を向ける。
「あー今日も怠いわ。楽して強くなれねぇかな〜」
「そんな方法がある訳なかろう。真面目に鍛えろ」
「だってよ、こんな朝早くから御丁寧に鍛錬を呪詛的にやってるんだぜ? 神のお恵みぐらいあってもいくね?」
「何が呪詛的にだ。それを言うなら勤勉的だろう。くだらない事言わずに剣を振れ」
「あーかったりいわー」
いかにも気怠いといった声を出す男は、全体的に鎧の着こなしや身だしなみが甘く、せっかく造りの良い美形の評価を下げている。
話の内容通りやる気は無いようで、素振りの動作も鈍く覇気が足りない。
もう片方は重みのある声で剣を軽快に振りつつ、隣の金髪ポンコツに喝を入れている。
声のイメージ通りどこか老けた顔をした青年で、身だしなみは指摘する点無し。
気苦労の多そうな青年だ。
「……変化はないか」
俺はそのやり取りを眺めながら、不快気に頬を僅かに歪めて呟く。
幾ら見慣れたとはいえ、矢張りその違和感に不快感を隠せないのだ。
何故ならば……
「……今日も同じ台詞と動作か」
そう──同じなのだ。
最初に見掛けた時から今まで一度も変わり無く、全く同一の事を繰り返している。
二日目に彼らが来た時、勤勉な奴等なんだなと思っていた。
毎日してるなら、その身に染み付いた言葉や動作程度は変わり無い。
そう考えて俺は、直ぐに視線を元に戻して鍛錬に戻った。
どことなく、同じ事繰り返してるなと思いはしたが、興味が失せたので気にしなかったのだ。
だが、三日四日、一週間過ぎた辺りで、無視出来ないものへと変貌した。
なにせ、毎日毎日同じ時間に来て、同様の言葉と動作を繰り返して帰るのだ。
気にならない方がどうかしている。
だがーー
「──憶えてない……じゃあ仕方ないかぁ」
頭痛が痛い的なノリでこめかみを抑え、再度溜め息を零す。
あの後、流石に観察しているだけでは埒があかないと悟り、気は進まなかったが直接尋ねることにしたのだ。
しかし、結果は進展などしなかった。
憶えてない。
あの二人の台詞はこの一点張り。
そもそもあの時間に訓練などしないと言い、挙句には寝ているとほざく始末。
これにはもう何も言えない。
だから、得体が知れないんだ。
俺が知っている確かな違和感はこの一つのみだが、ここまで心に引っかかる事は割と沢山存在した。
クラスメイトの言動や行動。
別に何かがおかしい訳では無いのだが……あの最初の違和感が拭えない。
いきなり異世界だとか、ステータスやスキルという頭の痛い設定を語る王。そして、それを真に受けて話を聴くクラスメイト。更には社会人である先生までも、馬鹿みたいに真剣になっている。
実際にはスキルやステータスは存在したが、召喚当初あんな言葉を普通信じるだろうか。オタクなどの内気的な傾向のある者ならばいざ知らず、それに興味の無い現実主義者やリア充とか呼ばれる普通の人が、あんな言葉を──
「──普通に考えれば、彼等が信じる訳無いよな」
そう、結論はそこだ。
常識的に考えて、空想と現実の境を判断出来ない者はいない。
いるのは、見て見ぬ振りをしてる愚者だけか、病気の類の異常者だけだ。
だが、結論を見れば、寧ろ異常なのは俺という一個人──いや、そういう話では無いのかも知れない。
多数決でいけば圧倒的に俺が異常だが、それを真とする根拠は何処にあるのか? そして、その逆もまた然りだ。
何処までが本当で、何が嘘なのか。
一度考えてしまえば、そこで迷ってしまったら、もう何もわかりゃあしない。
進むも地獄、引くも地獄。
八方塞がりというやつだろうか。
全くもって笑えない。
「……気にしてもしょうがないかぁ」
諦めたように首を微かに振り、俺もいつもの動作と言動を繰り返す。
結局は繰り返すだけ。
考えるだけ無駄なんだ。
どうせ俺には何も出来ないし、やりたい訳じゃあない。
実害も無いんだから、ほっとくのが一番。
「さて、戻ろ」
まだまだやる事は沢山ある。
休んではいられない。