第7話歪に捻れる開幕
「でさ〜あいつ大して上手くもないのに『どうよ! 俺のテクは?』なんて言うの。マジウケるんだけど〜」
「マジそれ!? 爆笑だわ」
「あいつそんな事言ってんのかよ。普通に引くな」
「皆の衆〜注目!! 某は、某は遂に世紀の大発見をしましたぞ〜!」
「朝からそんなキャラ形成に勤しむ必要無いぞ、田中」
「ほう、この俺を驚愕させる程のものか?」
「……厨二入れんのそろそろ止めようぜ。親友として恥ずかしい」
「なぁ、放課後遊びにいかねぇか?」
「いえ、結構です」
「いいじゃねぇかよ、こんなにお願いしてるだからさ〜な、ちょっと付き合うだっけでいいから、さ?」
「貴方も大概しつこい人ですね」
「堅い事言うなよ〜俺の行きつけのクラブに連れて行ってやるからさ」
「だから、しつけぇって、言ってんだろうがビチクソがっ!! 大人しく身ぃ引けやっ!」
「え……あ、あの、なんか、すいません。はい」
当たり前の日々。
変わらない喧騒。
退屈な授業。
ただ眺めるだけの傍観者。
実にくだらないが、それは平和な証。
つまらないぐらいが案外丁度良いものだ。
窓から差し込む陽射しが程よく気持ちいい。
今日も無駄を謳歌している。
「……これ、は──何だ?」
ふと目線を下げて床を見た。
理由はない。
敢えて言うならば気分だった。
結果として、それが有り得ないものを見ることになる。
そこには驚愕すべきものがあった。
思わず眉を顰めて呟く。
それを一言で説明するならば、うねる白い線。
まるで生き物ように揺らめいており、それは教室全体へと徐々に広がっていた。
普通に考えて幻覚の類い。
しかしながら、睡眠は充分で精神状態も良好。
いきなり幻覚を見る理由は……ないだろう。
これは一体なんなのか。
そんなのは知る訳もない。
「おかしい……どうなっているんだ?」
「ふん、また雅臣が独り言言ってやがる。相変わらず気味の悪い野郎だ」
誰に言った訳でもない独り言は、隣の席に座る男に拾われた。
ちらりと視線だけを動かして記憶を探る。
誰だったか。
余りに有象無象過ぎて思い出せない。
如何にも金魚のふんといった風貌。
どこのカスだろう。
「おい、無視してんじゃねぇぞ。不意打ちで刃君をやって調子乗んなよ」
「やめとけって。今日から刃君は来るんだ。今無駄に絡む必要はないだろ?」
「そういう問題じゃねぇだろ。刃君は死に掛けたんだ。俺らで恨み晴らすのが仲間ってやつじゃねぇのか?」
「その刃君が来るまで大人しくしてろって話だよ。俺だっては気持ちは同じだけど、刃君の気持ちを無視する訳にもいかないだろ」
「チッ、正論ばっかだな。ま、分かったよ。大人しくしとく、よ!」
勝手に入り込んで来たふんが二つ。
話してる内容は全く耳に入らない。
今注目すべきことはこの謎の白い線。
これは一体どう行動するべきなのか。
それを考えながら、片手間で向かって来る拳を掴んで捻り上げた。
限界を超えて曲がる腕。
その歪みは一点に集中させて肩を外させる。
昔暇潰し程度に練習したお陰で今は百発百中。
無駄な怪我には繋がらない。
我ながら素晴らしい腕前だ。
「オ〝ォォッ!? か、肩が、俺の肩──」
「ちょっと黙ってろ」
右腕を抑えて蹲るふんの顎を力付くで外す。
これも勿論百発百中である。
並外れた握力に物を言わせた力業。
これで醜い声は流せない。
良いことをした気分だ。
心配そうにゴミに駆け寄るゴミども。
見てて理解出来なかったのだろうか。
多少の歪みはあれど、命に別状はない。
涙を流して汚らしい涎をこぼしても、所詮はその程度で済むこと。
大袈裟な奴等だ。
命に関わるのレベルとは……
「……ああ、思い出した。そう言えば、俺に手を出した愚か者を少し壊してやったな。お前らがほざく刃って男は、同じクラスメイトだったか」
僅かに興味を対象を切り替え、机の下でもがくゴミどもに視線を落とした。
震える肉体と恐怖が宿る瞳。
余りの恐ろしさに声も出ないのか。
あの男がこいつらに忠告をしてればこんなことにはならなかっただろうに……いや、待てよ。
何かおかしい。
俺は何故こいつらに手を出した。
普段であればこんな暴力的行為を、他者の目が多いこの場でやる道理は無い。
そもそもこんな小者の相手をする筈がないだろう。
あの時だって、予想外の一撃に思わず血が上ったから、思わず手を出してしまっただけだ。
その後の興味なぞこれぽっちもない。
精々二度と牙を剥くことがないように、肉体と心を破壊したぐらいだ。
それがよもや、こんなゴミどもに伝染してるとは思ってなかったがな。
まぁ、それはいいか。
それよりもだ、何なんのだこの違和感は。
正常とは呼び難い。
まさか、この白いうねりが何かしらの形で影響を与えてるのか? ……分からないな。
「これは、不味いかも知れない」
再度床の白い線を注視する。
謎な白い線は、他の人間にも見えていないようで、そこには変わらぬ日常があるだけ。
俺がゴミに暴力を振るったのが見えてないようだ。
おかしいのは自身で、他が正常なのだろうか。
常識的に考えれば、こんなことはほぼあり得ない。
しばらく考えてみるが、矢張り答えは出る訳もなく、ただただいつもの喧騒があるのみ。
一つため息を吐いて、思考を打ち切る。
意味がない。
そのことに気付いた以上、最早どうでもいいことだ。
無駄な非日常など要らない。
そう思い直して、教室を出ようと席から立ち上がった時、異変が突然起きた。
「……あ?」
手からは力が抜け、脚は糸が切れたように震える。
やけに心臓の音が遠く、視界が霞む。
机に上半身を委託して浅く呼吸を繰り返す。
吸って吐いても身体に酸素が足りない。
何もかも減って、磨り潰しているような感覚。
重い身体に命令をして、ぐるりと視界を動かす。
端に捉えるは、床や机に伏して苦しんでいるクラスメイトの姿。
吐いている者も散見される。
症状には個人差があるようだ。
この状況は、あの白い線が関係してい──
「──あ〝 ぁぁぁ……ガアアァァオオアアオオアオオオオオオオオオオつっっっ?!?!」
それは、獣の断末魔。
到底人間が発せるとは思えない程の、並外れた叫び声が教室に放つ。
この激痛は、最早言葉で表せるものではない。
余りにも痛過ぎる。
意識が千切れて壊れそうな、そんな発狂しそうな苦痛。
最早周りのことなどどうでもいい。
そんなことよりも、早くこの痛みをどうにかしないと、死んでしまいそうだ。
果てそうな意識の中、正常に働けない身体は最後に何かを捉えた。
白い線が発光している。
教室を包みこむようにうねうねと床から這い出て、籠を形成して白い空間が生まれていく。
そして、一際輝きを増した時、俺の意識は完全に途切れてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「皆──いらしゃいました! この度の……には、じて頂き──しかありません!」
「ふむ、よく来てくれた。儂はこの──を統べる……早速だが、お主らにステータスを確認して貰おう」
「この方達が、今代の勇者殿か……凄まじい力を感じる」
音が響く。
それは、雑音のようで、よく理解出来ない。
「……小粒か──いや、一人、何かいるな。波長に合ってるとは、千年ぶりぐらいかな? ふふ、成程……これは──面白い業の持ち主だね──藤堂雅臣君」
その中で唯一つ。
やけに鮮明に聞こえる音がある。
いや、音というよりも、声に近い。
誰かは知らないが、俺の名前を知ってる者のようだ。
一体誰だろうか。
こんな声の知り合いは確かいない。
「さて、ここは一つ、君の業でも魅せて貰おうか。存分にこの箱庭で踊るといい。楽しみにしてるよ」
言葉が終わると同時に頭に痛みが走った。
あまりの痛さに朧気だった意識は薄れていく。
その最中、白い空間の奥に、独りの人間が嗤っていた。
あれが、俺を呼んだ人なのだろうか。
そんな疑問とともに、目蓋が閉じていき、意識が飛んだ。






