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第5話覚悟の代償

 心臓を鷲掴みにされるような冷えた感覚。

 呼吸をする度に内部が悲鳴を上げて痛むが、構わずに体制を仰向けにして一気に立ち上がった。

 転がっていた位置に飛び込む何か。

 どろりとした不安定極まりない動作で流れたそれは、緩慢な動きで四肢を揺らしている。

 まるで人のようなそれは、矛盾で覆われた顔を歪めて笑っていた。

 醜悪に歪めて、嗤っている。



『は、はハっは〝はっ!! な、か、ま……お、ま〝ぇえも、のろ、ろわれれ、ろ』



 声が頭に響いた。

 濁っていて聞き取り辛いが、確かに何か言っている。

 この目の前の人もどきが発したのだろう。

 重心が崩れて倒れ落ちそうになる脚に力を込めて、得体の知れないそれを睨み付ける。

 それは這いずるように四肢をくねらせており、焦げた臭いを撒き散らしながら近づいていた。

 一歩進む度ぼたりと赤黒い液体が地面を溶かす。

 捕まれば溶かされて傷を負うのは間違いない。

 身体が悲鳴を上げているなど、この際些細なことだ。

 急いで離れねば、そう思って翻そうとした時、ぐらりと足が曲がって体勢を崩した。

 直ぐに持ち直し再度力を込めようととし時、



「──あ〝 ぁアア〝 アアアアアア〝 アアアッ!?」



 痛みが走った。

 神経を抉り出し、別の何かを直接注入しているかのような痛みと不愉快さ。

 複雑骨折や肋骨損傷などが吹き飛びそうな、そんな猛烈な嵐が身体を襲われる。



「ぎ、ギぃ……てめ〝ぇ、は──な、せ〝 ぇっ!」



 倒れそうになる脚に力を込めて振り上げる。

 右脚首を折れた手で掴んでいたそれは、意図も容易く振り払えた。

 そのまま何歩か歩き、距離を置いてから振り向きそれを見下ろす。

 それは依然として地を這いずっていた。

 頭部は無いくせに、まるでを俺を探すかの如く身体を振り進んでいる。

 それに苛立ちを覚えつつ傷の確認をする。

 皮膚は赤く爛れ、肉は黒く焦げた色に変色しており、筋肉を動かそうとすると激痛に襲われた。

 まだ何とか歩けはするだろうが、これでは戦闘はおろか走る事もままならない。

 これは非常に危険である。



「……や、はりな〝」



 罅割れた声で呻く。

 耳を澄ませば肉を潰した音が無数に響いていた。

 いつの間に囲まれていたのだろう。

 この状況では逃げるのすら難しい。



『ぁーーあぁア〝 ゆぅ、うう〝 すぅすすゥ〝 ウアアアア〝 ぁアアア』



 重なり響くのは絶望の災禍。

 四方八方から聴こえる死の音は、今まさに距離を詰めて近付いて来ていた。

 だが、それでも、まだ諦めるには早い。

 まだ、身体は動く。

 本能が生を渇望している。

 逃走は既に手遅れというならば、命を賭して生を勝ち取ってやる。

 無様に逃げ回って殺されるぐらいならば、戦って死んだ方がマシだ。

 でもな、あんま負け犬なんぞに負けん。

 たかが人形如きに殺されてたまるか。

 俺が殺してやる。



「な、めるな〝っよ」




 スキル【強化】を発動させる。

 霞む中意識を集中させ、魔力を振り絞った。

 既に底が尽きそうな体力と気力を総動員し、死闘に必要なものを強化していく。

 不幸中の幸いというべきか、あれらが集まるまで僅かな猶予がある。



「ぐぅ 、ぁ、ああ〝あ……」



 苦悶と同時に地に膝がつく。

 身体中から力が抜けていく感覚が、嫌という程脳に訴えているのが分かる。

 重症の身体から熱が遠ざかる感覚。

 矢張り重傷の状態での行使は負担が大きい。

 しかし、それらを無視して何とか強化を終える。



「……よし、う、ごく、ぞ〝!」



 先よりも苦痛を感じる事なく声を発し、赤黒く壊れかけた右足首を強制的に動かした。

 勿論、苦痛が完治した訳では無い。

 ただ単に精神力を強化して、驚異的な意思力を形成しただけだ。

 こんなの破滅に向けて一歩踏み出す行為だが、それも何もかも覚悟の上。

 必ず勝つ為に、更に奥へと進む。



「ぬぅ……う、う〝ぅぁアアア〝アアアアアアアアアッ!!」



 血が吹き出るのを構わず吼える。

 己を鼓舞して気持ちを高揚させた。

 精神力を強化したおかげで、複数の箇所を引き上げられる。

 徐々に近付いて来る音から、最早時間が無い事を悟り思わす顰め面になるが、なればこそと集中力を増して一気に強化の工程を進めた。

 全身の強度及び筋力、心肺機能と骨密度、自然治癒力を強化させる。

 一応心肺機能と自然治癒力を上げておけば、苦し紛れ程度には体力も快復するだろう。

 体力無しに魔力は成り立たない。

 無理を押し通してでも【強化】を正常に終える必要がある。

 一通りの強化を終え、冷えた思考で辺りを見渡す。



「……そうそ〝うより、もおおい〝な」



 溜め息に近い呟きを零し、身体に力を溜めていく。

 それは、まるで月明かりまでも呑み込もうとするかの如く、家を囲む形で闇を動かし近付いていた。

 視線を家の方に向けてあの巨大なそれを確認してみるが、ただ静かな暗闇が広がっている。

 いつの間にか移動でもしたのか。

 それとも篭ってこちらの様子を伺っているのかも知れない。

 それを好機と捉え、眼の前にいる塵のなれ果てに踵落としをする。

 狙いは心臓付近。

 触れた瞬間、確かな形があり質量が感じられた。

 肉を潰す音と共に地面にめり込み、音にならない何かを出して踠いている。

 ダメージを負ったのかは分からないが、物理攻撃は可能みたいだ。

 攻撃をした踵、というよりも足を覆う革靴は崩れて一部露出するが、それ以外の傷ほぼない。

 この赤黒い液状のなにか。

 恐らくこれがこの死体を動かしている要因だろう。

 あの巨大な魔物は、赤黒い液体の量が多過ぎる為迂闊に近づけなかったが、この人形は適度に覆っているだけなので攻撃は通るみたいだ。

 それより注意を傾けるべきは、あの巨大な魔物だ。

 あの質量で縦横無尽に動き回る速度。

 周りの奴等の比では無い。

 あれと戦うのは避けるべき。

 殺すのは目の前の畜生共で充分。



「とり、あ〝えずじゃま〝だぁ」



 思考に意識を割きながらも、絶えず四周を警戒しながら、人のなれの果てを右脚で蹴り飛ばす。

 不愉快な音と共に宙を舞い、そのまま後方付近にいた四足型のそれに当たり潰れた。

 それをひとつ満足げに頷き、建物を注視しつつ周りの掃除にあたる。

 あの得体の知れない魔物の同種を前に背などは向けられないので、無抵抗の人もどきを同様に蹴り飛ばして数を減らしていく。

 依然としてあの巨大なあれは姿を見せない。

 もしかしたら逃走して森の中に入るのをじっと待っている可能性もある。

 あれには知能が見受けられたからだ。

 油断を誘い、隙を作り出して攻撃を仕掛けてくる。

 そういう可能性も視野に入れるべきだ。

 森の中に伏兵的なのがいるのかも知れない。

 迂闊に逃げれない、そう思いながら左足を軸に重心を回転させて赤黒いのを右脚で蹴り抜く。

 その瞬間、草むらを掻き分ける音が響いた。



「ッ!?」



 振り向こうと蹴り抜いた体勢を元に戻そうするが、何かに脚が引っ掛かり体勢が崩れてしまう。

 内心で悪態を吐き、その崩れを利用して振り向く。

 そして、それと同時だった。

 眼をひん剥いた時には、既に短いが刺々しく強大な触手が、腹部目掛けてあたり、景色が飛んだ。


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