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第3話戸惑う気持ち

 家の中に人が居るのは分かっていた。

 けらけら嘲笑いながら、眼の前で震えている人間を視認する。

 表情は恐怖に怯えていた。

 まぁ、得体の知れない人間が現れた不安に思うか。

 一人でに納得して、辺りを物色する。

『四方』の効果を上書きしておいたので、結界外に出ようとすれば、その瞬間起こり得る事象により怪我でもするだろう。

 放置しても大丈夫だね。

 中央がリビングで、左右にある部屋は寝床かな。

 奥にあるのは調理室か。

 食料品があるし、後で拝借しよう。

 それにしても、俺のアイテムはどこだろう。

 見た感じではなさそうだ。



「……ま、聞けばいいか」

 


 ひとしきり辺りを確認し、子供たちを守るように立ち塞がる女の方に向き直る。

 奥歯が震えて腰が引けているが、瞳からは強い意思を感じた。

 子供だけは何が何でも守る。

 そんなとこだろうか。

 実に立派なことだが、こんな生活を続けては、いつか破綻するのが目に見えていた筈だ。

 実に馬鹿馬鹿しい。



「最初に言っておくけど、誰も生きて帰さないよ。みーんな殺す。お前も、子供も、皆殺しだ」



 ぐっと拳に力を込めて告げた。

 そこに慈悲はない。

 ただ、冷徹に敵を殺し、腑を引き抜いてやる。



「え……そ、そんな──どうか、子供たちの命だけは、どうか助け──」

「──うるせぇよ。一度で理解しろ」



 頭の悪い発言に苛立ちを覚え、思わず顔面に裏拳を叩き込んでしまう。

 飛び散る血と歯。

 無様に後ろに飛んだ女の身体は、怯えている子供ごと潰して床に伏せる。

 ぴくぴくとして動かない女と、泣き叫ぶ子供たち。

 良く見れば、動いていないのもいた。

 多分死んだかな。

 まぁ、将来の禍根になる物など、生かす理由がないからいいけどね。

 それよりも俺のアイテムはどこだろう。

 聞きそびれてしまった。

 あの様子じゃあ暫く聞けそうにないしな。


 でも、あれがないと旅を続けられない。

 


「……旅なんてしてたっけ? 何の為に? んん、思い出せないな」



 考えるつもりは無い。

 しかし、ふと湧き上がる疑問。

 まるで湯水の様だ。

 そりゃあ自分のことが分からないなんてパニックもんだよ。

 どうでも良いとは言え、ついつい考えちゃうのが人間の本分だよね。

 まぁ、なんでもいいけど、毎回何かある度に考え込むのは面倒だ。



「……気が変わった。今、殺そう」



 正確には気分を切り替える。

 その為だけに殺す。

 より正確に言えば、下手に逃げられる前に手を打つ。

 それだけのこと。

 ま、本音はただ殺したいだけ。

 ほら、好きなことしてる間って無駄なこと考えなくて済むだろ。

 どうやら俺って人間は、人を殺すのが好きみたいだ。

 特に残酷に惨殺するのが。

 何でだろうねぇ。

 何か、大切なことを忘れてる気がするけど、思い出せないから大したことでもないか。

 それよりも、どう殺そうかな。

 親の目の前で、一匹ずつ踏み殺そうか。

 きっと良い声で鳴くんだろうな。

 血と肉が飛び散って、命の灯火が咲き誇る。

 ああ、それは、悪くない。

 きっと、楽しいだろうな。

 よし、それにしよう。



「おい、意識はあるか? ま、無いならそれでも良いけど、先に子供の頭を砕いて殺すから、嫌なら頑張って止めろよー」

 


 痙攣している女を蹴りで退かし、まだ息のある子供の頭に足を添えた。

 ちらりと女に視線を向けるが、一向に動く気配はない。

 どうやら力を込め過ぎたようだ。

 今から子供が殺されるのに反応すら見せない。

 これでは面白くないが、どの道に殺す命だ。

 精々派手に命の花を咲かせてくれよな。



「じゃあ……潰すよ」



 抵抗すら見せない子供。

 三人いる内の一人は死んでいる。

 後に残るのは痙攣してるのと、肩で息をしている活きのよさそうな一匹。

 見た感じ六歳ぐらいの男の子。

 こうして見ると可愛いものだな。


 そう言えば、俺の弟も生きていれば、こんな感じになっていたのかな。



「……あ? 今、なんて言った? 弟だと……そんなの、いるわけねぇだろうが」



 脳内に浮かんだある筈のない想像。

 掻き消す様に頭を振るが、どうにもこびり付いて離れない。

 弟などいない。

 それは、間違いのない事実。

 ならば何故そんな空想を思い描いたのか。

 まさか、子供を殺すことに躊躇いを覚えた? いる筈のない弟と重ねて無意識に留まった。

 そういうことなのだろうか。

 さっきは人を殺すのが楽しいと思ったのに。

 今更そんな人並みの感情が湧いたと言いたいのか。

 そんなこと、許される訳ないだろ。

 俺の暴力で既に子供が一つ死んだんだ。

 何を生温いことで止まる必要がある。

 殺すのが楽しいのは真実だ。

 湧き踊るこの躍動。


 どうして押さえつける必要がある?

 誰の為に押し殺す?

 何に後悔を感じる?


 俺を縛る障害など、何もない。

 だから殺すんだ。

 無惨に引き裂いて、命が散りゆく姿に見惚れる。

 それが一番楽しいんだ。

 止まる理由がない。



「──潰れろ」



 殺意に身を任せて子供の頭を踏み潰す。

 そこに容赦も情けもない。

 ぐしゃりと頭蓋骨ごと脳漿が飛び散り、その破片が頰にへばり付く。

 ゆったりと流れ落ちる肉片。

 仄かな暖かさと鉄の生臭さ。

 鼻腔を貫く死の匂い。

 恐怖を瞳に宿して泣き叫ぶ子供の声。

 その全てが、この身に快楽を呼ぶ。

 震える程胸が高鳴り、あまりの衝撃に……涙が零れ落ちた。

 それ程に、嬉しい。

 思わず身体が震えてしまい、その勢いのまま泣き叫ぶ子供の首を蹴り抜く。

 容易く骨が折れ、肉を裂いて宙を舞う。

 軽い肉体は慣性に従って壁に当たり、肉が潰れる音が激しく耳に残った。

 肉塊が壁からずり落ちる前に、痙攣する母親の腹を全力で殴りつける。

【強化】を行使したその一撃。

 床すらも貫き声をあげる間も無く息絶えてしまった。

 後に残るは死体が四つ。

 生者はただ独り。

 静寂と自身の荒れた息遣いだけがやけに煩く聞こえた。



「……」



 語ることはない。

 それ以前に語る相手はなく、話すべき言葉すら見当たらないのだ。

 余韻を吐く余地などなかった。

 ただ、今宵八人の命を殺した事実だけが残る。

 それは、望んだ結末。

 異議などある筈もない。

 自身の下した決断なのだから。



「何だ……そこにあったのか」



 何気なく視線を向けた先。

 そこで見つけたのは本来の目的の物。

 側に近付いて革袋を掴む。

 中身は大枚を叩いて揃えた道具の数々。

 何よりもこの皮袋こそが財産なのだ。

 これは所謂魔法の袋。

 仕組みは確かとある魔物と空間魔法を利用しているらしく、基本的に何でも吸い込むが如く収納可能。

 容量は質により規定されており、この魔法の袋は四級等なので凡そ五十キロが限界だ。

 しかし、四級等ともなれば最低でも中流以上の冒険者か商人ぐらいの実力がいる。

 大量生産に成功していないからだ。

 技術的な問題に加え、材料となる魔物の希少性と危険度が原因らしい。

 そして、肝心の中身の確認。

 金貨五枚と銀貨十八枚、銅貨が三十八枚。

 一般市民が数年暮らせるぐらいのお金。

 次は短剣や薬草といった道具。

 短剣が三十五本と自然治癒力を促進させる回復薬草が二十五束。

 多少の傷なら瞬時に癒す回復薬が三十本。

 解毒薬の類が数十程。

 世界地図及びその他諸々の書物。

 簡易下着セット十と風や雨を凌ぐマント及び毛布が三つずつ。

 携帯食料類が一カ月分程度。

 総重量は凡そ二十キロ弱。

 奪われた前と何も変わりはなかった。

 魔法の袋を最小サイズに変えてしまう。

 これで目的は達成した。

 あとは特にやるべきことはない。

 復讐の相手はなく、災いの火種は潰した。

 自身の業を満たし、魔法の袋も取り戻せたのだ。

 もうここに用はない。

 ささっと立ち去るべきだ。

 その筈なのだが、何故か動く気がしなかった。

 もう夜は遅いとは言え、こんな死臭がする場所で寝るつもりはない。

 死体は時間経過で腐敗する。

 そんな環境では寝れたものではないのに。

 どうして何もする気が起きないのだろう。

 意味が分からない。



「──っ!? 何だ。身体が、重い?」



 そう考えていた矢先、ぐらりと視界が歪んだ。

 苦虫を噛み潰したように表情を歪め、倦怠感に襲われながらも身体に力を込める。

 気を緩めてしまえば、このまま床に伏してしまう。

 それくらいの異常事態。

 心臓が高鳴り、事態の原因解明を急ぐ。

 しかし、事の発端は意外に単純だ。

 『四方』を通じて情報の伝達が脳に届く。

 得体の知れない何かが、『四方』を抜けてこちらに近付いていると。

 少なくとも、生物とは言い難いものだろう。

 定めた条件に当てはまらない場合は二つ。

 術者よりも高位の存在。

 もしくは、その条件では術の発動に適していない相手か。

 前者の場合はここまで魔力を消費しない。

 物理的に弾かれるからだ。

 故に得体が知れない。

 肉体を持つ生物に適応する設定。

 それにも関わらず無理に発動を繰り返して魔力を悪戯に奪われてしまった。

 術者が結界内にいない場合の無理な発動は出来ず壊れるのだが、いれば発動元を辿って強制的に魔力を奪い能力を発揮してしまう。

 設定した事象に対しての過程が起こり得ない時でも、無理に発動してしまう性質を保つため強制的に搾り取られる。

 完全に後手に回ってしまった。



「はぁ……面倒だ。一旦様子でも見るべきか?」



 声に出すことで冷静さを取り戻させる。

 乱れた呼吸を整え、今回の異常事態について思考を回転させた。

 魔法の袋にしまった短剣二本を取り出し、両手に持ちつつ警戒を高めることも忘れない。

 静寂が支配するこの場に、確かな違和感を感じる。

 いや、魔法によって知っただけで、実際に気配などは感じれない。

 本当にいるのか。

 そんな疑問さえ湧く。

 魔法の誤作動かも知れない。

 未熟ゆえに、何かが重なってこうなった。

 そういう解釈もできなくはない。

 勿論希望観測は良くないが、こうも静かだとそう思いたくもなる。

 しかし、油断は出来ない。

 矢張り方針を変えて逃げるか。

 そう判断して、【強化】を肉体に施す。



「……何だ、アレは?」



 逃走準備を整えて扉の方向を確認した時だった。

 血のような真っ赤。

 腐敗して泥かぶる肉塊の漆黒。

 流動して蠢めく不快で不安定な赤と黒。


 それは、この世の絶望にして、憤怒の化身でもあった。


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