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第1話虚ろう表裏

 静寂が支配する深い闇。

 世界を淡く照らす二つの紅い満月が、異常なくらい美しく感じる。

 どこからとなく吹く風が草木を揺らし、夜の世界の奥地から醜い音を運んでいた。



「や──ギィッ!? やめ、てく、れ……」

「止める訳ないだろ。次は鼻だ」

「や! やめて──」



 敢えて錆びた短剣を鼻に当てて力を込める。

 切断能力に欠ける切っ先。

 それは尖った鈍器とも呼べ、生半可な力では鼻を削ぎ落とせない。

 それ故に、良い拷問になる。



「ギャ──アアアアアアッッッ!!? い、ガァ、ギギグアアァァァ──」

「おお、五月蝿い喚き声だ。しかし、まだまだ元気だねぇ」



 男は痛み耐え兼ねて身体を激しくよじる。

 しかし、彼の四肢は機能しない。

 予め骨をへし折っているからだ。

 じっくりと押し進めていた行為は、目的通り鼻を無造作に取り、ひとしきり眺めてから指で弾き捨てた。



「おい、そろそろ話す気になったか?」

「あ〝──あぁああ〝……い、ダァ──ぃ」

「……痛みで聞こえてないか。はは、良い感じに弱ってるな」



 男は身体を痙攣をさせて泡を吹いてる。

 容量を超えた痛みの為だろう。

 顔に脂汗を浮かべ、呻き声を上げている。

 幸い意識はありそうで、定まらない焦点で空を見上げてた。



「……起こすか」



 ぽんと手を叩き、僅かに口角を吊り上げる。

 優しい──は、空想世界に浸る男を、現実に引き戻すことを決めた。

 薄汚れた短剣を逆手に持つ。

 狙いは男の腹部。

 急所を避けた位置を捉え、手首を僅かに返す。

 余り強く刺すと死ぬだろうから、手加減を胸に腹を短剣で突き刺した。



「ギャアアアアアアアアアッッッ!!?」

「よし、起きてくれたか。死にかけの生き物は、こうでなくてはな」



 鼻で嘲笑いつつ、臓器を余り傷付けない程度に短剣を中で動かす。

 撫でるように肉を斬り裂くが楽しい。

 動かす度に口から血を吐き、叫ぶ男の姿に満足を覚えた。



「さてと、そろそろ話そうか? ちゃんと話してくれたら、楽に殺してあげるからさ」

「あ、ああ……はな、すか、ら……も──ころ、して」

「うんうん。殺す殺す。だから、話してよ」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 右手で顎を触りいじる。

 椅子の代わりに塵となった死体の上に腰掛け、錆びた短剣で脳味噌をほじりながら考えた。

 しかし、思考はまとまらない。

 何か靄がかかっている気分だ。

 気怠げに欠伸をし、頭の後ろで手を組み天を仰ぐ。

 今いる場所は森の奥なので、そこまで月明かりが射し込まない。

 互いが光の覇権を握らんと競い合った結果なのだろう。

 幾重にも枝や葉が重なり合い、太陽では無い二つの紅い満月の灯りをも吸いつくすが如く伸びている。

 実に美しい。

 自然の雄大さを感じる。



「ま、今はいいか」



 一つ吐息を吐き、塵から腰を上げて軽く伸びる。

 何気なく死体となった男に目を向けた。

 盗賊家業に手を止む得なく出した元兵士。

 この男と関わったのが、全ての……始まり? まぁ、始まりか。

 助けを懇願するので、つい手を差し出した。

 でも、それはこの男の罠だった。

 そもそも、信用できる要素がないこれを助けようと思ったのが不思議だ。

 元々そんな性質ではないと思ったのだが、結果として、随分と痛い目にあった。

 後は殺されるのを待つだけ。

 そこまで追い詰められたが、相手が運良く油断してくれたお陰で生きている。

 そのまま殺していれば、スキルを使う暇もなく終わっていたのに。

 予想以上の収穫に浮かれるから、逆に殺される羽目になる。

 とはいえ、不用意に人間を信用する。

 その愚かさを実感出来た。

 今回の一件でそれを学べたのは大きい。

 それだけでも有意義な経験だろう。

 しかし、最初から警戒して臨んでいれば、そもそもこんなことにはなっていない。

 更に言えば、どうして信じてしまったのか。



「……分からないな。何故俺は、直ぐに始末しなかった? 幾らでも隠蔽出来るというのに……」



 疑問が湧き上がる。

 考える程際限なく。

 だが、答えなど知らない。

 最初から殺していれば、さっきみたいに楽しめたのに。

 無駄に命を危険に晒すことなく、彼の灯火を見れた。

 信じる行為など無駄。

 何の価値もない。

 なのに、どうして、助けようとした? 期待しても意味ないのに。



「……ん? ちょっと待てよ。何で殺す前提なんだ? 殺すのが楽しい? そんなこと、ある訳ない……いや、楽しいのか」



 どくんと、激しく脈動する心臓。

 反対に心は不安に駆られ、身体が自然と身震いした。

 自分のことが理解出来ない。

 どうして嬉々として人を殺したのだろう。

 幾ら生きている価値の無い人間でも、それを奪う権利が俺にあると言うのか。

 仮に権利があったとしても、快楽の為に人を殺していい筈がない。

 ……あれ? じゃあ、どうして興奮してるんだ。

 何で笑ってるのだろう。

 本当に、人を、生き物を殺すのが悪いのか。

 否、殺される方が悪くないか。

 そもそも、この屑が先に手を出した。

 そう、ただの正当防衛。

 その過程に、ちょっと遊んだだけじゃないか。

 でも、やっぱり、殺すのは良くない気がする。

 どうしてだろう。



「……あれ? てか、何で俺は、ここにいるんだ? んん? なんか、おかしいな……いや、俺がおかしいのか?」



 首を捻って唸ってみるが、そんなことで答えが出る訳もない。

 ただ虚しさが残るだけ。

 自分のことなのに、考えても分からない。

 実に馬鹿馬鹿しい話しだ。

 これでは、おかしいのは自分自身か。

 何も思い出せない。

 ここに来る前のこと。

 この死体と出会う前が、抜け落ちたように空っぽだ。

 友達や知り合い、家族はおろか自分の名前すら分からない。

 そして、その疑問に今の瞬間まで気付けなかった。

 その事実が恐ろしい。

 やっぱり、おかしいのは俺だったか。

 とは言えど、それを理解したところで、何の解決にもならない。

 考えても思い出せないし、集中する程頭痛がしてしまう。

 まるで本能が拒否してるようだ。

 いや、処理が追いついてないのかな。

 いずれにせよ、どうでもいいか。

 過去に何があったとか、経緯がどうとなど、そこまで重要ではない。

 いや、まぁ、大事ではあるけど、今は生きることに専念しよう。

 きっと、それが一番良い。



「……よし。もう知らねぇや。昔は昔で、今は今だしな」



 我ながら能天気だと思う。

 しかし、思考放棄の選択は、それなりに心地良い。

 ゆっくりと背伸びし、目的を切り替える。

 これからの目的は、奪われた物を取り返すこと。

 そうして、その後この死体の家族と仲間を皆殺しにする。

 難しいことではない。

 今の俺なら必ず出来る。

 だって、こんなにも身体がうずうずしているんだ。

 何でもできるさ。

 きっとね。

 そう考えていた時、茂みの向こうから、荒い息遣いが聞こえてきた。

 獣型の魔物だろうか。

 恐らく血の匂いに反応したのだろう。

 死体の処理にぴったりのタイミングだ。

 そう思いながら、スキル【強化】を使用する。

 強化部位は脚力。

 一瞬、熱が走る感覚が通り強化が終わる。

 軽く脚を伸ばしてから、その場を後にした。

 今までの速度を踏破する速さ。

 スキル【強化】は、ありあらゆるものを強化する能力だ。



「……スキル? スキルって何だ? ……まぁ、いいか」



 こぼれ出た疑問に蓋をする。

 思わず出たが、考えても仕方ないこと。

 ついつい出るのは人の業か。

 何にせよ、やるべきことは一つ。

 殺して奪う。

 これに尽きる。

 あの時は一方的に屈辱と苦痛を味わった。

 今度は俺がお礼に返さねば。

 直ぐに殺さず放置した愚かさを。

 金に目がくらみ、強者になったと勘違いするゴミに、そのツケを払わせる。



「さて、と。この辺りが盗賊たちの住処かな」



 目的地たる盗賊の住処近くまで辿り着き、茂みの向こうから辺りを観察する。

 良く見なければ分からないが、中々に隠蔽された木造建ての一軒家を発見。

 ただの古ぼけた空き家にも見えるが、迂闊に踏み入ると侵入者防止用の罠であの世直行コースらしい。

 この手の奴らは変にずる賢い。

 おまけに警戒心も人一倍強いものだ。

 無駄に苛つかせてくれる。

 脳内に思い浮かぶ死にかけた時の情景。

 ふつふつと怒りが再点火していく。

 この恨みは、死体の仲間達にぶつけて解消だ。



「ん〜どう殺そうかな……生きたまま、心臓でも抜き取ってやるか?」



 首を軽く傾けて関節を鳴らす。

 奪われた物は金銭や食糧品等々。

 人がそれなりに苦労して手に入れた品……だったかな。

 多分。

 とりあえず、奪い取られた物は取り返す。

 でも、それよりも殺したい気持ちの方が大きい。

 いや、苦しみに死にゆく姿が見たいが正確かな。



「あー駄目だな。感情がコントロール出来ないや。やっぱり、ただ、殺して殺して、苦しんで死んで欲しいなぁ」



 静寂が支配する暗き森。

 そんな空間から、低く暗い嗤い声が漏れた。


 さぁ、どう殺そうか。


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