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第17話悪意の初動

 初めに感じたのは、頭が熱く痛いという不快感。

 続けて訪れるは内臓の重み。

 待ってましたよばりに意識が醒めて感覚を掴んだ辺りで、身体の内側を食い破り喉を拡張して降りしてきそうな圧迫感。

 気分は最悪である。



「……おう?」



 ゆっくりと頭を動かして周りを確認。

 樹々の葉や枝が視界に入るが、通常とは逆に見えるのは何故か。

 何気無く頭を下げて見ると、地面を発見。

 脚への違和感を総合しなくても、とうやら木に吊るされていたらしい。



「よっ──と」



 身体に力を入れて素早く身を捩る。

 イメージは脚に絡まる蔦を切るような、鋭い力を持って解き、翻して地面に着地。

 僅かに衝撃が痛みとなり駆け抜けるが無視し、手脚を動かして身体の状態の把握を行う。

 どうやら頭が多少ぼっーとして節々が固い以外の異常は見当たらない。

 問題無しだ。



「さてと、何であんな場所で意識を失ってたのかな……」



 問題無いと思っていた時期もあったが、よくよく考えてみると前後の記憶が湧かない。

 特に昨日の記憶が曖昧。


 確か道なりに進んで、そこから……駄目だ、何故か思い出せない。

 普通に歩いていただけの筈だ。なのに、何を歪曲したら木に吊るされて眠っているのだろう。

 一つも分からない。

 


「まった──ん? これは、鈴か?」

 


 頭を捻っても何も思い出せない自分に少し苛立ち、むず痒さを覚えて首元に指を持っていた時、金属質の冷たい感触が伝わって来る。

 首を傾げて視線を傾けると、漆黒に塗り潰されたネックレスらしきものがいつの間にか掛けてあり、疑問に独り呟きながら取って確認。

 鎖の繋がれた部分には、掌よりも一回り小さい漆黒色の鈴が、鈍く怪しい輝きを放っている。


 宙ぶらりんになっていた時は確かに無かったが、気がつくと首に掛けてあった事実に奇妙な感覚を覚え、そのまま処遇について暫し思考。

 明らかに曰く付きな雰囲気を醸し出しているが果たして。



「……まぁいいか。それよか、ささっと【マナスト】に向かおう」



 結果は最初から決まっていたように直ぐに湧き、魔法の袋に入れて当初の目的地を思い描く。

 国にいた頃から行きたいと考えていた場所で、【マナスト】は静かで寂れた町らしいが、騒がしいよりは余程好ましい。

 少々位置は遠く【都市•ダイラバナー】の数倍以上はある。そもそも一般成人男性基準の歩幅で【ダイラバナー】まで行くと八時間強程掛かるので、【マナスト】だと約二、三日からそれ以上を要すると見て良いだろう。

 しかし、スキル【強化】を使えば、大幅な短縮を見込める筈だ。

 それ故にしっかり道筋を頭に思い浮かべね──



「──あら、そういやー道なんてほぼ知らねえな。……よく考えると【マナスト】の概要しか分かんねぇし、何でこんな意気揚々と行こうと思ったんだ?」



 一度違和感を覚えると、とめどなくそれが疑問に変わり溢れる。

 現在は道の外れにいたので、戻り進もうと踵を返し脚を踏み出した際、ふと足を止め手を組み思考に没頭。

 沸き上がる感情は疑問の内を出るものでは無く、行きたいという気持ちに偽りはない。

 ただ一点あるとすれば、それはどこから思ったのか。

 概要だけ聞けば確かに気に入りそうな場所なのは間違いない。

 ただ、国を出る前は存在を意識して無かった気がする、

 勿論、気の所為かも知れないが、何故か引っ掛かりを意識してしまう。



「んー、まあどうでもいいか。遅くなる前に先を急ごう」



 考えても答えは出ないので、すっぱり思考を切り捨ててあっけらかんとした態度で元の道に戻る。

 その際付近に群生していた植物の採取を忘れず行う。

 この一角だけ何故か魔力に満ち溢れており、それが生物の成長に強い影響を与えているからだ。

 質と量ともに申し分なく、これだけの品質を維持してるなら魔法の触媒にも良い適性を示す。恐らくは。

 魔法の道を一としている訳ではないから何とも言えないが、持っていて損は無いだろう。



「さぁーて、行くか」



 ひとしきり採取を終えてから呟く。

 目指すは【マナスト】とその付近の沼。

 面白いらしいので、今からが少々楽しみだ。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆





 照らし返される陽射しが若干やかましいなと愚痴を心の中で零しつつ、全身を強化した身体で地を駆ける。

 それなりまでには能力を引き上げているので、その速度は馬車ぐらいには匹敵するかも。

 この速度を維持して行くならば、恐らくは一日は掛かるまい。

 既に【都市•ダイラバナー】を通り過ぎている。

 現在は森の中。

【ダイラバナー】を南西寄りに進んだ先にある、特に変哲の無い所である。

 この森を抜けると次に山が見え、それを越えて進んだ先に【マナスト】があるらしい。

 正直記憶が曖昧なのでなんとも言えないが、恐らくはそれで合ってる筈だ。



「──ん、魔物か」

 


 第六感と例えるべき何とも言えない感覚が、そこそこの敵の接近に感付く。

 一応馬車並みに速度を出しているので、ここら辺の魔物では追い付く事は厳しいし、そもそも余り近付いて来ない。だが、矢張り何事にも例外はあるように、偶に追いかけて来たり、予め先回りをして襲い掛かってくる個体又は集団はいる。

 基本はさしたる苦もなく処理するが、そんなのはスキルの恩恵と、何故か基本能力が大幅に引き上げられた身体によるゴリ押しによって支えられてるので、俺としては気持ちが良い訳では無い。

 所謂仮初めの力──ある意味ではチートと呼べる能力を行使して生き抜くのには限界があると考えている。

 所詮上がるのは論理的に示せるものに限るので、経験とかいう技術値までは不可能。

 これは国にいた頃に実施しているのでほぼ間違いないが、正確な答えを知った上でスキルを行使すると、また違う解が得られるかもしれない。

 まあ、まだまだ未分野である。

 それこそ、ゲームやどこぞの小説のように、経験値まで上げれる等の手段で強くなれてもそれはそれで興醒めだが。

 どちらにしろ今は関係無いか。


 それよりも目先の現実に意識を向けよう。

 北西方向の茂み側から気配が複数近付いている。

 そろそろ魔物と遭遇だろう。

 多分、この感覚からして獣型……狼系統だろうか。



「「グぅルルルウウウウウッ!」」



 走る速度を維持したまま気配のする茂み方向を睨んでいると、葉が擦れる音と同時に灰色っぽい塊が複数飛び出て来る。

 その塊は視認するよりも早く、俺目掛けて突撃を──



「──やっぱ狼かよ」



 嘆息気味に吐き捨て、停止すること無くそのままの勢いで体当たりの姿勢を取る。

 灰色をした二頭の狼は口を大きく開き牙を剥き出しに襲い掛かって来るが、無視して右肩方向に身体を傾けて突貫。

 狼の大きさはドーベルマン程度はあるので、普通ならば噛み砕かれ吹き飛ばされるのがオチだが、強化を施した肉体はそんな柔では無い。



「きゅうううううンンッ!?」



 灰色狼の牙が服を通して肉体に接触。

 その瞬間の表情みたいな雰囲気は、獲物を狩り殺すのが当然と言った強者のもの。

 己が肉体と運動エネルギーを駆使した狼の食らい付きは結構な衝撃を含み、多少重心が揺らぎ互いの牙と肉が縮まり、何かが欠けた音が響く。

 打ち負けたのは二頭の狼。

 一頭は大地をバウンドしながら進行方向へと吹っ飛び、もう一頭は自慢の牙が砕け口内を血で染め上げながら怒りの瞳で俺を射抜いている。

 明らかに先程よりも殺意を抱いて。



「……ふん、殺してみろよ」



 静かに口角を吊り上げて嗤う。

 突然湧き上がる悪意の感情がこの身を黒く染める。

 もっと殺せと囁き、苦しみの果てを写せと騒ぐ。

 生物ならば何でも構わない。

 そんな無作為で無秩序な激情。

 戦闘において好ましく無いし、俺自身の理性もそれは駄目だろうと愚考するが答えは出ない。

 要所要所で突然湧き、心と身体を掻き乱す危険な兆候。

 一体これは何時から、何故こんな事を思うのか。

 突然スイッチが入り移り変わるように、残虐な一面が不意に姿を表す。

 それは本能に従い暴威を振るう何かで、枷が外れた獣の如くただ駆ける己自身。

 自分で自分がコントロール出来ないと思う反面、それもまた心地良いと思ってしまう。

 自身の事だというのに、どうしようもなく他人事のように考える。

 理解出来ているようで何も知らない。

 それが、俺という感情の一部。


 本当に、感情というのは、実に面白く興味深いものだ。


 しかし、それはそれで一旦置いといて、今は別の事に思考と労力を割くべきだろう。

 急に湧き上がる激情と言ってもだ、所詮はスキルに寄って引き上げられた意志の力でねじ伏せれる程度のもの。

 あの時程でなければ何ら支障は無い。

 ただちょっと、意識が外に行ってしまうぐらいだから、全然大丈夫──じゃあ無かった。



「ぐぅ……しまった」



 余裕で自分の感情に降り回れてしまった俺は、明らかな不意を突かれ鳩尾に突進を受け仰け反ってしまう。

 油断したなと思いつつ、急激に能力の上がった身体が次の攻撃に勘づく。


 ──右爪による切り裂き。


 即座に対応を決め、そのまま仰向けの状態で両腕を地面につき、全身の翅と勢いを使い狼の攻撃に合わせて回転。

 つま先部分が狼の顎を蹴り上げる感触と共に立ち上がり、まだもがき怯んでいる獲物に低く忍び寄る。

 灰色狼は血を吐きながらその場を動かない。

 好機に右拳を握ってすり足気味に腰を落とす。そして、移動の運動エネルギーを損なわない内に下から灰色狼の喉を振り抜く。



「──ぐるるあああっ!!」



 強化と相まった身体能力は容易く肉をめり込ませ、軽く宙へと飛ばし破壊する。

 灰色狼は断末魔のような短く濁った音を上げ、頭と胴体を二つに分けながら地面に汚く落ちた。

 巻き上がる血潮が身体を赤黒く染め、その色に同調するかの如く心が昂ぶるが、それを抑えたまま吹っ飛んでいった方の灰色狼に眼をやる。

 身体の節々から血を流しながらも、肉塊となったもう一匹と同様、その瞳に怒りを携えながら牙を剥き出しに疾走。

 勿論、その方向は俺目掛けてである。


 その距離は現在進行形でおおよそ七、八メートル程。

 可もなく不可もなくと言った、無難な間合い。

 いや、寧ろこれ程あるならば、新しい魔法を試すには丁度良く時間を与えてくれる。

 別に肉弾戦が悪いと思う訳では無いが、戦闘手段に増やすのは重要だ。

 生き残りたいなら特に。

 それに元から試しておきたいと考えてはいたから、これはこれで活かすのが得策だろう。



「……『四方結界陣』」



 おもむろに呟き後方へと距離を置きながら魔力を少量精製し、灰色狼との接触時間と位置関係を調整する。

 それと同時に魔法の袋から探検を四本取り出し、スキル【強化】を動体視力と投擲能力の二点に行使。

 成功確率の確立を図る。


『四方結界陣』……その名の通り四方の応用魔法。

 四点を結びその範囲内を陣と定め、繋がる線に流動性を持たせ結界と為す指定罠魔法または防御魔法に該当する。

 四方よりは指向性を定めてあるので、大雑把な部分が取り除かれいる分難易度は上昇。

 概要としては知識を納めているが、基本の基本である四方しか使った事が無いので一抹の不安はある。

 一応そんなに難しい訳じゃあ無いから、別に問題は無いと思う。多分。


 そんなちょっと情けない気持ちを抱きつつ、距離と位置を調整した場所に灰色狼が差し掛かると同時に、あらかじめに定めた四点に魔力を込めた短剣投擲。

 そして、その四点の中央部を通過した瞬間、魔力と線を結ぶ短剣が陣を描きその──



「──ぐるるあああああ〜!!」

「……おろ?」



 発動しなかった。




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