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第16話混ざり合う真意

 溜め息混じりに腕を組み、ふざけた態度ばかりを取る影の男を注視する。

 依然として何を考えている分からない──というか影で見えない顔は、心なしか朴を歪めて笑っている気がしなくもない。

 このまま何も答えないならば、帰ろうと思いつつ男の第一声を待つ。



「……しょうがないなー頭の鈍い君にも分かり易く教えよう。別に、感謝されたいから言うんじゃあ無いからね! 勘違いしないでよ!」

「チッ──きめぇ」



 焦れったく身体をくねくねさせて、ツンデレ染みた真似をする男に心の中で舌打ちを吐くが、忍耐強く我慢して耐える。

 余りの気持ち悪さに殺してやろうと手が騒つくが、それを決しておくびにも出さない。



「えー普通に出てるよ〜せっかく君好みに合わせたのになぁ……まぁいいや。それよりも、僕の正体を教えようじゃないか」

「……」

 


 チラチラ期待した雰囲気を醸し出す影の男だが、俺にはさっぱり理解出来ないので無視し、視線を向けて促す。

 早く言えよと、目力を込めて。



「もうちょっとノリ良く付き合ってくれてもいいと思うんだけどなー最近の若者にしては覇気が足りてないよ。ちゃんと朝ごはん食べてる?」

「……食べてるから言え。後、余計なお世話だ」

「何でおこ気味なのさ〜君のやわいメンタルを心配してるだけなのに。人の好意を素直に受け止められないのか!?」



 右手で頭を抑えて悲惨そうな声音を使い、嘆きを表現する影の男。

 もう、母は悲しいわ、ばりに熱を込めて体現して来るので喧しい事この上無いが、それだけならまだいい。

 しかし、あまつさえこの男と来たら、それだけでは飽き足らずに顎を撫でて来るのだ。

 空いている左手を小刻みに揺らしながら、慰めるように優しく。

 そこから伝わる意図は、でも僕は怒ってないから安心してね、などという親目線で語る不届き。

 流石の俺もこれには我慢出来そうにない。

 何とか理性を保ちながら沸点を超えた俺は、影の男の首元を掴み暴力を振るわない加減で吼える。



「だあああああっー! もう、少しはだまらっしゃい!! お前は俺の、この表情がぁ、見てわからんのかっ!? いい加減にしねぇと出てくぞゴラっ!」

「ん、ああ、いいよ。帰ってもどうせ無駄だし」

「あ、いいのかよおい!? テメェマジでふざけんの大概にしとけや!!」

「……一人でノリツッコミとか、今時怖っ! 友達いないのー?」

「あ〝ああアアア〝アアあああアアァァァッッ〜〜!!」



 様々な感情が行き交い破裂する。

 本当は殴り殺したい気持ちなのに、それをしようとしない己の思惑。

 肌が騒つき蕁麻疹が出そうな程負の感情に包まれるが、それと同時に少しだけ楽しいと思ってしまう自分がいる。

 この矛盾、一体どういう事か。

 自身の気持ちが把握出来ない。


 これは──



「──ああ、それはね、マゾへの道を一歩踏み出した証だよ。やったね! これで君も変態の仲間入りだ!」

「ウオオオオォォォッッッ!!? おま、も、し、しゃべ──喋んじゃあねぇええええよおおお!! てか、もう嫌だ! 帰るわボケっ!!」



 禁断の言葉を前に、脳は火花を散らし壊れる寸前。

 最早言語不自由の段階近くまで陥ってしまう。

 精神ももうねじ切れそうな程捩れて、悲鳴を上げながら外界の音を遮断。

 自己防衛本能が発動した。


 そして、脳は一つの答えを導き出す。

 このままでは俺が俺で無くなる、と。

 そう身体と心が理解した瞬間、自然と扉の方に向けて走り出す。

 影の男など知らない。

 一切視界に入れず駆け抜け、少しずつ縮まる扉に食らいつく。

 扉まで後五メートル。

 四……三──後少しで、取手に手を掛けられる。


 しかし、



「よし、帰──ん!?」



 扉に手を掛けようと思い視線を僅かに傾けると、何故か影の男が教卓に背を委託して脱力している。

 俺は首の肉が固まるのを自覚しながら、壊れた機械のように回し辺りを視認。

 そこにあったのは、嗤う南瓜の缶ジュースが置いてある机。


 気が付けば、元の位置に走って戻って来たらしい。

 勿論、扉は六、七メートル先に存在する。

 今ではとても遠い、それこそ那由多の彼方に感じられるが、何故か気の所為には思えない。



「ほらね、だから言ったでしょ。帰っても無駄だって」

「……本当に、どうなってんの」



 呆然と呟きながら目蓋を何回も開閉を繰り返す。

 影の男は飽きた感じで言うが、俺には何がなんだかさっぱりさっぱりだ。



「ここはね、夢幻の欠片が魅せる世界だよ、藤堂雅臣君。そろそろ思い出した頃じゃ無いかなぁ? 君の目的を」



 ふざけた態度と一変した影の男は、徐々にその陰った正体を現しながら語る。

 身に纏う空気を数段重くしながら、真っ黒から普通に移行した瞳が思考を促す。


 俺の目的……そもそも、何故知らない教室にいるのか。そこから考えないといけない気がするが、何か違う。

 違和感を感じる。

 この疑問は最初に感じたものと同じ類いの、普通の人間が抱く謎。

 だって、ここは教室。

 休日以外は基本的に通うツマラナイ空間。

 そこには何も無い。

 あっては駄目なんだ。



 でも、この茶髪かかった色の髪をしている男は、俺の名前を知っている。

 何も無い空間から缶ジュースを取り出し、いつの間にかすり替え、骨を取り出した。

 距離が元に戻る床。


 それは、何か違う。

 どこかおかしい。

 歯車が上手く噛み合わない歪。


 俺の知っている学校の教室は、そんな不思議イベントが出現しない。

 どこを探しても、そんな場所は無いと思う。

 平行線をたどってるような、そんな代わり映えない普通の日常。

 それが学校の教室。



 だから、この教室は違う。

 ここは、現実感が沸かない。



 この空気の感覚は──異世界のアレと同じだ。

 魔法とスキルを行使した際に発生する余韻と。



「……いぇーす〜想像通り、ここは異世界の小屋さ。道は思い出しかなぁー?」

「あ、いや、そこまでは思い出して無かったわ」



 最早お家芸並みに心を読む茶髪の男だが、慣れたので然程気にならなくなる。

 それよりも気になるのは、この男の姿。

 まるで現代人のような、普通のイケメンだ。

 見た目に合わないふざけ態度をしているのが解せないけど、それ以外は何の変哲も無い茶髪の超イケメン。


 小屋に入った筈だったこの場所を含めて、一体どうなって──



「──だから、夢だって言ってるでしょ。あんまり深く考えない方が良いんじゃない」

「お前は……」



 異世界人なのか、そう問おうするよりも早く男が言葉を発した。



「そう、僕の名は藤巻、現を外れた異世界人だった」

「……だった? 過去形なのか?」



  男は俺の呟きを聞き逃さず拾い、困った表情で頭を掻きながら考えている。

 おちゃらけた雰囲気は一切無く、本当にいい悩んでいる感じがしたので、少し申し訳ない気持ちが湧く。

 今までの鬱憤を考えると帳尻が合わないが、何故かそういう気持ちになるのも悪くは無いと、心のどこかで静かに感じる。



「うーん、まぁ色々あってね。話す気は無いから簡単に言うと、今の僕は残留思念のような、そんな曖昧で儚い眠りに就く夢。六ヶ月──後三ヶ月もすれば消えてなくなる、そんな蛍じみた存在さ。ま、そんなのはどうでもいいけどね〜」

  「そう、なのか。いや、お前がそう言うならそうなんだろうけど……突っ込むのは野暮か」

「うんうん、気にしてなくていいよ! どうせ、いずれ会うからね。それよりも問題なのは、君の悩みだ。

 ──進むべき道は、もう定まったか?」



 突然の真面目な問い。

 清廉な想いがこもっているのか、とても重く深みを連想させるものだ。

 俺は思わず気圧され言葉に詰まる。


 頭の中には未だ何も無い。

 真っ白な道。

 進むべき先なんて、俺には無い。


 そんな煮え切らない態度で暫く黙り込んでいると、痺れを切らした感じで男は言葉の続きを綴る。



「……やっぱり何も無いかあ。思った通り、君は面白いね。そんなモノボケ藤堂君に、僕からプレゼントを贈呈します〜!」

  「──はぁ、これは、鈴でいいのか?」



 首を傾げ呟いた言葉にわざとらしい拍手をしながら、お得意の何も無い空間に手を入れ取り出す。

 差し出された右手には、鈍く光る黒色の鈴が吊るされている。

 丁度鈴の上中心部に白色の鎖が通っており、大きさ的にはネックレス程度はあるかも知れない。

 何とも摩訶不思議な魅力を見せる鈴である。



「その通り! 名称は【因果の刻印】ッて言う鈴だね。何かに迷った時、もしくは醒めたい瞬間に、強い想いを込めて鳴らすといい。それは、因果を促す混生の欠片だ。きっと使う機会が直ぐ来るから、それまで失くさず持ってるんだよー!」

「お、おう。なんか知らんが、取り敢えず礼を言うよ。ありがとな」



 何か引っかかりを覚えなくも無いが、無邪気な笑顔で渡して来るので気の所為と思い、恐る恐る鈴を受け取ってから軽く頭を下げる。


 それにしても、心なしか瞼が重い。

 少し気が遠くなりそうだ。



「はは〜いいよいいよ。全部僕の為だからね。……そうだ、ついでだからさ、僕が君の行き先を決めて上げるよ。場所はね、【マナスト】ッて言う少し寂れた町だけど、きっと気にいると思うな」

「あー【マナスト】か。そういやぁ、地図かなんかで見掛けた気がするねぇ……ま、確かに行く宛が無いのは事実だからな、取り敢えずそこにするか」

「うん、これで君の道は楽しくなるよ〜僕は期待してるから、望む先を目指してね」

「ああ、そうする。何から何まで悪いな。助かったよ」



 藤巻の語る事は半分以上理解不能だが、考える気が起こらないので無視して進める。

 どうせ何言ってるか分からないから逆に都合が良い。

 部分的には正直有り難い内容なのだから、大人しくその意見に賛同しよう。

 そうした方が気楽だ。

 何だか怠くてぼんやりするので、早く纏めて終わらせたい。



「んーそろそろ時間だね。名残惜しいけど、バイバイの時間なのだ」



 藤巻が視線を扉の上付近にやり、掛けてあった時計で時間を確認してる。

 俺もそれに習い見てみると、時刻は四時四十四分を指していた。

 この時間帯は下校なので、確かに帰らねばいけない。



「そうだな、さよならだ」



 思考が遠のき始める最中、機械的に右手を上げ軽く振る。

 自動モードでも発動したのか、身体だけはしっかり稼働して対応。

 続けて藤巻が口をパクパクさせて何かを言ってるが、矢張り何を言ってるのか理解できない。



「あ、最後にもう一個、【マナスト】に行くまで結構掛かるんだけどさ、その途中に面白い沼があるんだ。【マナスト】に近い位置にあるなら、少し寄って行きなよ」

「……ああ、寄ってみよう」

「うん! 僕からは以上だよ。気を付けて旅路を歩んでね」

「助言感謝する」

「ふふふふふ、良い感じに酔ってるねぇ〜ま、僕の言った事さえ覚えてるなら何でもいいけど」



 突然藤巻の姿が遠のき始め、それに比例して世界が薄れ始める。

 色も音も徐々に消えて白へと飽和。

 俺の頭の中もゆっくりと停滞を始めいく。

 疑問も何もかも呑み込んで、藤巻は遠くから手を振って嗤っている。



「──君は、この世界で何を為して、如何なるものに変貌するのか否か。遠くからその業を、楽しみに眺めさせて貰うよ。……いずれまた、必ず邂逅しようぞ、藤堂雅臣よ」



 世界が真っ白に光り輝く。

 全てを等しく照らし、闇の彼方へと忘却させる。



 そして、意識を失った。


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