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第12話旅路の途中故

「よし、これで傷はもう大丈夫な筈じゃな。どうだ坊主、痛い所はあるか?」

「いえ、特にそういった箇所はありません。お気遣い痛み入ります」

「ガハハハ、随分と礼儀正しい少年だ! ナイヤガルトの糞ガキも少しは見習って欲しいもんじゃなぁ?」



 豪快に笑う眼の前の老人は、くいっと首をナイヤガルトと呼ばれた塊に向けて問い掛けた。



「う、うるせ……えよ。この、くそ──いい〝イィッ!?」

「全く貴様ときたら呆れた。これだけの事して置いて、その態度とは……はぁ、老害共に預けたのは失敗だったのぉ」



 憂いを含んだ溜め息とは裏腹に老人──シバという名の筋骨隆々で執事のような黒服を着込んだ男は、先程まで俺を死ぬ一歩手前まで追い込んだ糞野郎のぶくぶくに膨れ上がった顔面を掴み吊り上げていたぶっている。

 一瞬悲鳴染みた声を上げたが一瞬掻き消え、息が出来ない哀れな魚のように身体をジタバタさせて抵抗を試みているが、それも虚しく限界を迎えたナイヤガルトの顔面が見る見る内に青くなり、パタリと宙を踠いていた手が落下。


 そのまま死んでしまえ、糞仏め。

 俺の痛みはそんなもんではなかったぞ。

 おかげさまで記憶が虫食い状態だ。

 苦しんで死ね、糞仏。


 俺が内心呪詛を唱え、仏もどきの糞野郎に祈りにも似た神聖な想いで愉悦の笑みを陰ながら零していたのだが、どうやら神の采配はあちらにいったようだ。



「あの、シバ。それ以上は可哀想なので、もう辞めてあげて下さい。ナイヤガルトも反省している筈ですし、それに、雅臣様も気にして無いと仰ってましたよ?」



 少しの遠慮さが窺える言葉と幼さを感じ取れる声。

 一歩後方で事態の成り行きを暫し眺めていた彼女は、ナイヤガルトの痛まれない姿に胸を痛めてとうとう介入を決め込んだらしく、好きで言った訳でも無い言葉を馬鹿正直に真に受け、上目遣いでシバに解放の懇願をする。


 俺としては全くもって面白くない。

 というか、普通に不愉快。

 口はおろか表情にすら出せないのが実にもどかしい。



「ふっ、御安心下さいませ、リリア様。この大馬鹿者への愛の鞭にしか過ぎませぬ。仮にこのまま死のうとも、私の力で生き返らせますのでどうぞ御安心を」

「えっと……そういう問題では無く、その──」



 急に澄ました紳士口調になったシバは、痙攣してるナイヤガルトに構うことなく笑顔で対応をして見せる。

 リリアと呼ばれたナイヤガルトとそこまで変わらないであろう年頃の女は、余りにも予想外の答えに目をパチパチとさせた後、困ったような表情のまま意気消沈してしまう。

 その姿は中々の絵になるなと思い、可憐な美少女とはこういうのを指すのかも知れないとぼんやり考える。


 だが、それよりも気になるのは、今この爺殺しても生き返せると言った何気無く一言。

 日常会話で当然の如く返して来てるが、死人すら蘇るとか、どこの邪神だろうか。いや、邪神というのは失礼だな。

 仮にも俺の命を救ったのはこの男なのだから……まぁ、身内から出た始末の悪い奴が原因だが、考えるのはやめておこう。


 それよりもタチが悪いのは、この爺にはそれだけの能力を秘めており、尚且つそれを隠す必要も無い程の強者という事実。

 おまけに言うことの聞かない人間は、一度殺して更正させるという鬼畜振り。

 あれ? やっぱり邪神の類いじゃないか。

 矢張り機嫌を損ねるのは不味い。

 大人しく従っておこう。



「……」



 久しく感じていなかった騒がしい日常会話に耳だけを傾け、何気無く視線を上げて空を仰ぐ。

 時刻は分からないが既に暗闇の彼方なので、それなりの時間が流れたのは間違いない。

 この場所は【死都•アルカディア】を南に移動した所にある『ジルヴァールアン街道』の林付近であるが、少々入り組んだ位置にあるので外れとも言える。


 現在はあの糞盗賊共の住処の残骸に位置取り、シバのよく分からない魔法によって安全と照明を保っているので、半径十数メートル以内の範囲でかなりの明るさを確認可能だ。

 ついでに身体の汚れや空気の除染まで行うので、結界範囲にいれば自然と清潔になり、身も心もお風呂に入ってスッキリした感覚になれる。


 全くもって大した魔法だなと感嘆すると同時に、これだけの事をして何ら影響が無いのが恐ろしいとも思う。

 俺が襤褸切れ状態まで追い込まれたのを最も容易く治癒させたりする手腕。

 矢張り尋常では無い。

 見た目からしてかなり強いなとは感じるが、どうもそれだけでは無い気がする。

 あのナイヤガルトよりも強い。

 それは間違いないが……何かある。

 そんな抽象的な考えしか浮かばない自分が悲しいけど。



「あ、あの、ナイヤガルトがご迷惑をお掛けして、本当に御免なさい。……こんな事言える義理が無いのは承知してますけど、ナイヤガルトも悪気があった訳では無いの。それだけは知ってて下さい」



 ぼんやりと意識を拡散させていた所に一石の投擲。

 微かに苛立ちの想いを抱きつつ視線を傾けさせ向き直ると、非常に申し訳無さそうな表情を浮かべいるリリアがいた。



「……いえ、確かに彼から受けた攻撃は死を免れないものでしたが、結果的にはこうして命は拾いましたのでお気になさらず。それに、ナイヤガルトさんも私と似た様な扱いを受けているので痛み分けです」



 一瞬どう返答すべきか迷ったが、この女は邪神シバのお気に入り。

 下手な対応は非常に不味いので、ここは穏便な対応で事なきを得るのが正解だろう。

 言いたい事は腐る程あるが、また殺されそうになるのは勘弁だ。

 実際ほぼ死んでいたらしいしな。

 全く笑い話にもならない。



「そうですか……でも、非はこちらにあるので、本当に申し訳無い気持ちでいっぱいです。私に何か出来る事があれば良いのですか──」

「──ちょっと待てよリリア。何でこの害虫に謝ってんだ? こいつは異界の人間だぞ、見たら分かるだろ? 寧ろこいつが頭を無くすまで地面に擦り付けて謝罪するのが筋ってもんだろっ!」

「……チッ」



 げんなりする嫌な声が突然割り入って乱入し、俺はその不快音に思わず舌打ちを零してしまう。

 勿論、極最小に。

 溜め息を吐きたいのを堪えつつ、いつの間にか邪神シバの魔手から逃れて来たナイヤガルトの糞野郎が、何もしてないのにリリアを庇うかの如く前に出しゃばって来る。



「──ん?」



 不快気な視線を向けながら、ナイヤガルトをどうしようかと考えた矢先、ふと違和感を感じた。


 ナイヤガルトの腫れていた顔面が元のイケメン状態に治っているのだが、問題はそんなどうでもいい事ではない。

 言葉では上手く言えないが、何か小さい気がする。

 具体的にはナイヤガルトが。

 いや、どことは言えないが……何故だろう。

 今なら俺でも殺せるかも知れない。

 気の所為な可能性が高いがな。



「あ!? テメェ今舌打ちしやがったなゴラっ! しかも何澄ましたヅラしてんだよ生意気だなぁ……また殺されてぇのか、あ──」

「少し黙れんのか、この馬鹿者め」

「あ……」



 今にも俺に手を伸ばして来そうなナイヤガルトだったが、背後から現れたシバの鉄拳を脳天に貰い再び意識を失ったのか、ピクリとも動かなくなった。

 それを横目で眺めていたリリアは、ナイヤガルトの「ぶぎーぃー!?」とかいう醜い断末魔を聴き、少々唖然している。

 なんか間抜けな光景だなと内心思ったが、どうでもいいと即座に切り替え、無様に転がる糞仏野郎を鼻で嗤いつつシバの方へと視線を向け、本題を切り出す。



「お礼の言葉が遅れてしまい申し訳ありません。この度はお命を助けて頂き、感謝の──」

「ああ〜そう言うのはいい。元を辿らなくでも悪いのはこちらだ。内の糞ガキが迷惑を掛けて済まなかったな」



 手首を下から掬うように動かしてぶっきらぼうに頭を下げ、それに合わせてリリアもぺこりと謝罪の言葉を口にした。

 俺としてはそこで死んでいるナイヤガルトの生声が欲しい所だが、あんなプライドの塊かつドン気質な人間が謝罪する訳もないので、不満を覚えつつも表情には出さずに対応を続ける。



「……どちらにしろ、命を救って頂いのは事実ですのですし、人として御礼の言葉を口にするのは筋というものですのでお気になさらず」

「そうか、そう言ってくれると助かる。この糞馬鹿には俺から嫌という程身体と心に叩き込むので、それで勘弁してやってくれ」

「いえ、元より何かを要求するつもりも無いので、私としては特に何もありません」



 努めて負の感情を表に出さないよう心掛けつつ、内心何を叩き込むのか首を傾げながらも、邪神シバ言うならばそれはとても恐ろしい事何だろうなと、一人でに納得する。



「つきましては、傷も癒えた事ですので、そろそろ私は本来の目的に戻ろうと思います」



 実際目的なんて大層なものでは無いが、得体の知れない奴等と一緒に一晩過ごすななんて耐えられない。

 何かあれば対処出来るだけの力も持っていないし、明らかな格上のお膝元で呑気で横になれる道理が無いのだ。

 シバという人間の人柄上、せめて一晩ぐらいはゆっくりしていけと言われないかという一抹の不安はあるが。



「ふむ、目的か……それは急ぎの事か? もう辺りは暗い、無理に今行く危険は無いと思うのだがなぁ」

「それは私としても色々と事情があるので察して頂けると助かります」

「まぁ、俺としては無理に引き止める気は無い。この辺には危険と言えるものはほぼ無いからの。しかし、そうなると何かバツが悪い」

「……シバ、それならアレとか良いと思うのですが──」

「む、アレとな? それは何でしょうかリリア様」

「えっと、それはですね……」



 意外とすんなり話が通ったと思った矢先、何か都合でも悪いのか知らないが、小首を傾げて唸るシバにリリアがぼそぼそと耳打ちする。

 何か卑猥的に写るのは俺の目が疲れている所為なのだろう。

 そう納得して二人の会話が終わるのを、ナイヤガルトの死体を肴にして待つ。

 意外と殺したい相手の無様な姿を眺めるのは楽しいもので、じっと見下ろしていたら不意に声を掛けられ意識を引き上げられる。



「よし、坊主。リリア様と相談した結果、せめての詫びにと金をやる事に決まった。確か人間の生活には金が欠かせない筈だから都合も良いだろ。幸い俺らは必要としないからな、適当にこの袋分やろう」



 何か今随分と引っ掛かる内容が耳に入った気がしたが、突っ込むのは不味い予感がしたので聴かなかった事にし、どこからとなく取り出した手提げ袋程の淡い深緑色をした包みを渡される。

 取り敢えず俺はそれを黙って受け取り、恐る恐るシバの顔を伺う。



「確しかその袋には金貨が数百万枚程度入ってた筈だな。なに、数多ある内の一部に過ぎんから遠慮すること無く持っていけ」

「……数百万枚? 冗談だろ」



 何食わぬ顔で寝言染みた事を言うシバとは対照的に、余りの金額の大きさ背筋が思わず震える。

 しかもそれが氷山の一角程度の金額にしか過ぎないというのだから、眩暈どころか吐き気が来そうな気分だ。

 リリアも全く動揺の一つすら無いので、彼等に取って

 この金額は嘘でも何でもない唯の事実なのだろう。

 嘘を言う理由も無いし、吐いたところでなんの利益が彼等にあるかと問われると、何一つ無いとしか言えない。

 特に確かめようと気は起こらないが、この邪神の事だから嘘では無いだろう。

 実際何でも出来そうだしな。


 そもそも、この金だけで一生不自由しない。

 これだけの金があれば、一体どれだけの豪遊生活が出来るか。

 それ以前に死ぬまでに使い切れるのかという不安。


 ……実際は特に金には興味無いがな。



「あ──何か申し訳無い気持ちになりますね。これ程の金額を手にするのは現実感も湧かないですし」

「ガハハハハハっ! 何だ坊主、意外な所で肝っ玉が小さななぁ! 男だったら黙って受け取って一礼だろ?」

「はぁ、そういうものですか。では、有り難く頂戴します。有り難う御座いました」

「うむ! それで良いそれで良い。……さて、坊主。先を急ぐんだったな。気を付けろよ、世の中何があるか分からんから」



 俺の態度に満足したのか、豪快に笑い何故か同じ台詞を二度繰り返す筋肉執事姿の邪神シバ。

 正直何の意図があるのか気になるが、相手から話を理解して送ってくれるならば乗らない手はない。



「はい、皆さんもどうかお気を付けて」



 崩れた家の残骸に腰掛けていた俺は立ち上がり頭を下げる。

 そして上げると同時に踵を返し暗闇の向こうへと進む。

 一瞬、憂いを含んだような何とも言えない表情をしたリリアが視界を掠めたが、特に気にすることはしない。



「──あ、そうだ坊主。一つ言い忘れてた事があったわ」



 シバの張った魔法の光が徐々に遠ざかり、あと僅かで分からなくなる所で声が届いた。



「……」



 大声を上げた訳でも無いのにやけに響いたなと不思議に思いながら振り返ろうとした時、



「忠告だ、坊主。

 あまり生き急がない方が良い。

 お前の肉体は──既に肉体と精神の隔離及び崩壊が始まってるぞ」



 背筋に悪寒染みた電撃が走った感触。

 直ぐ耳元で囁く様な冷たいシバの声が聞こえ、俺は思わず眼を見開き硬直した。

 それから後方に傾けようとしていた脚を恐る恐る向け、覚悟を決めて見てみる。


 そこには、あっけからんとした態度でこちらを見るシバと、死んでいるナイヤガルトに寄り添うリリアの姿があるだけだった。

 一瞬シバと目があった気がしたが、即座に頭を振り再び闇の中を目指す。


 ……今のは幻聴だったのか。

 最早定かでは無いし、聞く勇気も何故か湧かない。

 言いようもない漠然とした不安がこの身を包むが、いつまでも気にしてる訳にはいかないのも事実。



「──そういやぁ、どこに行くか決めて無かったな」



 今の言葉を忘れるかの如く呟きつつ、実際に何も決めて無かった事を思い出す。


 行く当ては特に無い。

 ただあの場所にはいたくないから言っただけ。

 そもそも何でここに居るのか。


 取り留めなく溢れてくる疑問の感情に、俺は答える術を持ってはいなかった。



「月が綺麗だなぁ」



 逃避の意味を含め、爛々と紅く輝く二つの満月を眺め心の平穏を保つ。

 今宵も昨日と同様美しき紅を放ち夜を鈍く照らす満月は、悩みも何も持って無さそうな雰囲気を醸している。

 勿論、そんな訳はある筈も無いが、気分的にはそんな感覚だ。


 徐々に歩く速度が落ちて来るのを自覚しながら、今夜の寝床はどこにしようかと考える。

 寝る場所に拘りは無い。

 睡眠さえ取れればそれで良いから。


 光が届かなくなる林に差し掛かった頃、魔力を生成し【強化】を使用する。

 強化部位は瞳。

 暗視力を上げて危険を減らすのが目的。

 一瞬の疑似的電流が瞳に走り、直ぐさま暗闇の様子が分かって来るが、依然として俺の心は晴れてくれない。



 ──肉体と精神の隔離及び崩壊が始まってるぞ。



 この一言が頭の中を駆け巡る。

 言ってる事の意味が理解出来ている訳では無いが、何となくの解釈は可能だ。

 身体の異常を気にしろとか、そういうニュアンスなのだろうが、別に何の異常も見られないから、ただ単に格上との戦闘は避けろと、そういう意味を込めた忠告だろう。

 実際死に掛けたのだから。


 しかし。


 そうだと思っても、何か釈然とし無いのは何故か。

 それが分からない。

 何か身体がむずむずするというか、心が落ち着かないのが不愉快。

 本当に訳が分からない。



「……取り敢えず寝床と」



 疲れた声に呼応して身体も垂れるが、気力を絞り寝床に適した場所を探索を開始。

 何とか早い段階で良い箇所を見つけたいものだが、はてさてどうなるか。


 俺は宛てのない林の中を幽鬼の如く引きずり闇に溶け込んでいく。


 今日は早く寝よう。


 そう心に決めて。



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