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第11話業の片鱗

 一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。

 

 突然眼の前に迫っていた男の姿が消え、次の瞬間には灼熱に揺らぐ太陽を視界に収める。

 同時に浮遊感も認識し、顔面に強い衝撃と痛みを受けてから、ぼんやりと悟った。


 ああ、俺は吹き飛ばされたんだと。


 最初に肩が悲鳴を上げ、次に頭蓋骨が嫌な音を奏でる。

 肩から頭へと大地に叩き付けられ、それでも勢いを失わない一撃は、再び俺を宙へと誘い僅かな間浮く。

 そして次は頭から背中へと激突。

 肺の空気を抜け落ちるが、衝撃に声を上げる間も無く幾度なく転がり大地と舞踊を演じる。

 その度に身体は悲鳴を上げて、最後は地面を削るような音を立てて静止。

 陸に打ち上げれた魚類の最期の如く、ばたりと反動で海老反りになった身体が重力に従い地面を軽く叩く。


 おそらく時間で言えば、ほんの数瞬。

 ただそれだけ、僅か一撃を顔面に貰った程度で、もう俺の身体は悲鳴を上げていた。



「どうしたぁ? もうお終いかよ? 手加減はした筈だぞ。ささっと立ち上がれ。まさか、異世界人がこの程度で済むとでも思ってたのかぁ!?」



 男の悪態を吐く怒声が響き、それに合わせて桁外れの殺気がこの身を撫でる。

 それだけで最早武器。

 例えるならば、良く研磨された鋭い短剣。

 それが全身に突き刺さり動きを縛る。

 殺気や威圧等にあてられるとは、体感的にはそういう事に近い。


 勿論、全身に短剣を刺された経験など無いが、あれば血が沢山噴き出るのだろう。


 それは、とても、そう、とても良い事だ。

 血は紅い。

 どこまでも赤く、新鮮な血は紅く輝く。

 その光景は、なんと美しき事か。

 甘美で完備な完全な美。

 うつくしい……ちは、とても、とっても美しいぃ。


 でも。



「おい、立てって──言ってんだろうがぁっ!!」



  砂を踏みつけ歩く音が聞こえた時には、もう男は側に来ていて、グイッと髪の毛を鷲掴みされ吊り上げられ、朧気な視界で軽く見上げてみると、そこには狂気にでも取り憑かれていそうな醜い形相がある。

 何が彼をそこまで怒りに駆り立てるのか。

 額には皺が数多寄り、瞳には妄信的な色が窺え、朴は怒りを体現するかの如く歪む。


 俺は何してないと言うのに。



「──チッ! 反応がねぇな、つまらん。こんなじゃあ全然、全然全然足んねえええええんだよぉおおお!!」

「ガッ!? ……あ、ぐアアアアアアアアアッ!!」



 男は唾を俺に向けて吐き掛け、視界が消えた。

 そう思ったのは束の間で、後頭部に凄まじい衝撃を感じると同時に激痛。

 今の一撃で嫌な音が強く響いたので、恐らくは割れたのかも知れない。

 脳漿が擦り減るような、そんな嫌な感覚の中、力は弱まるどころか際限無く増し始め、男は俺の悲鳴を力に変換するかの如く頭を掴む手に力を込めていく。

 大地が割れ凹もうとも、頭が悲鳴を上げて音を立ててもお構いなし。

 寧ろ狂った微笑付きで押し込む。



「──あん? 何だ、この手は」



 無意識の内か、知らず知らずに伸ばした右手が、男の腕を掴んでいた。

 それはもう爪を立て、肉を抉るぐらいの有りっ丈の力で。

 無我夢中。

 こっちには手加減も何もなく、痛くて死にたくないから……から、力を込める。


 でも。



「ふん、貧弱な握力だなぁ。その程度じゃあ傷一つつかねぇよカス。離して欲しけりゃあ、もっと力を込めるんだなぁ──こんな風に!」



 男は鼻でただ嘲笑い力を上げる。

 無力を、無様さを笑い、同時に弱い異世界人に嗤い暴威を振るう。


 でも。



「……何だ、さっきよりも、力が上がってる?」


 

 依然として込める力は緩まないが、男の訝しむ声がぽつりと聞こえた。

 握り締める手は、未だ血を見せることなく沈黙を保ち、依然として状況は変わらない。



「こいつ──どんどん力が上がって……」



 痛いから、死を抗う為、力を込める。


 でも。



「あ〝──ち、血ぃがぁ……」



 断末魔のつもりか、今にも生き絶えそうな細い声。

 だが、確かな一つの意思の中、それは統一されつつあり、目覚めようとしていた。


 でも。


 本当は──血じゃあない。

 それは違う。

 血は美しいのはホント。

 こぼれ落ちるあかい血は、僕を興奮させ更ならところに導く。

 移り変わる。


 僕が見たいのは──



「──ぬっ!? な……に──?」



 ミシッと、骨に亀裂が走ったような、そんな嫌な音が男の腕から聴こえる。

 それと同時に、確かな感触を得た。


 肉を抉り血肉を掻き分けるあの甘美な感覚。

 鼻腔をくすぐる鉄の香り。


 何よりも、苦痛と絶望に歪む怨嗟の声。


 あの声が、表情が俺を、更なる高みへと導く。

 忘れらない。

 生にしがみつことする執念。

 そして、それを奪う事の楽しさ。

 その過程こそに、確かな美しがある。

 あれこそが究極の美。

 苦しみの果ての死。

 脳漿が痺れ身体が歓喜に打ち震える。


 その光景、なんと美しきこと。


 もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと沢山、皿から溢れてテーブルを汚染し、それでも足りず床をも埋め尽くし、尚も焦がれ足りぬこの激情……



「……どうして抑えられようか」



 歓喜に震える心は身体にも伝染し、自然と右手にも力が入る。

 力が際限無く湧く。

 見たい。

 狂おしい程に。

 苦しみの果ての死が、見たい。



「この──調子に乗るんじゃあねぇよおぉっ!」



 吼えると同時に男は握っていた手を離し、それに合わせて腰を沈めて一気に身体を解放する。

 その速度と言ったら出鱈目で、予備動作までは見えたが、そこから神速と例えても過言では無い常識外れな蹴り。

 地面に仰向けに倒れていた俺は、掴んでいた手など一瞬で外れ、再び宙を舞っていた。

 顎から入った衝撃は貫通し頭を洗浄する。

 世界が幾つにも別れ混ざり合い、身体が重力と衝撃を前に歪む。

 男の怒声と殺気が、空気を呑み込み伝える。

 大地を踏みしめ破壊し、もう耳元まで来てるのでないかと錯覚する程の勢い。



「死ねえええええええつっっ!!」



 裂帛の気合いが空気の壁を超過。

 振り上げれた脚は鋭い横一線を描き……



「ぐうぅぅっ……この、味な真似を──っ!」



 数歩程後方によろめいた男は、右手を口元に寄せ撫でるように擦った。

 プライドを大きく傷付けられた所為か、怒髪天を貫きそうな程屈辱に表情が燃えている。



「あ、ああーたた、りな……い〝ぃ──もっ、とぉみただぃ〝ぃ」



 視界は最早定まらず、よろけて脚がガクッと砕けそうになる度に、頭から溢れ落ちる血肉が大地を汚す。

 口内は歯と歯茎が複雑に入り組み肉を抉る。

 鼻は潰れており、呼吸をしようにも上手く出来ない。


 先の鋭き一振りは、俺の顔面目掛け放たれた死の暴威そのもので、受ければどうなるかは想像するまでも無かった。

 


「テメェ、正気か? 俺の攻撃力を目にして──」

「ちぃ〜しーしぃ〝み〝だぁ、げりやや……ゆふ、しぃー」

「チッ……壊れてんのか。やっぱ遊びはやめだ。引導を渡してやるよ、憐れで不憫な異世界人」



 そう、受ければ死に直面する程の傷を負う。

 避けるなんてとんでもない。

 血と肉が見えるのなら、苦しみの果ての美があるならば、自分自身も受けねば。

 そして相手の怨嗟も見るのが最高の美だ。


 だから俺は、地面に落ちる際直ぐに体勢を立て直し、恐らく来るであろう顔面狙いの蹴りに合わせ、右拳を握り締め打ち抜いた。

 俺の拳が到達するよりも当然速く顔面が壊れたが、そんなのはどうでもいい。


 重要なのはあの男の美。

 それだけ見れれば良い。


 でも、足りなかった。


 男の口からはほんの僅かな血が流れただけで、他に何も無い。

 選択を間違えた。

 拳ではなく爪を立て抉るべき。

 次は間違えない。


 男は黙って近付いて来るので好機だ。

 俺は緩慢な動作で右手を振り上げ、男が右足を腹に抱え込み──



「──げりゃあアァアッっ!?」



 腹が鈍い音と共に崩壊し、俺は何故か立っている事が出来ずに地に伏した。

 死に掛けの蛙みたく筋肉が収縮と弛緩を繰り返す。

 体の自由が一切効かず、急激に視界が暗くなり始める。

 震えが止まらない。

 寒気と眠気が同時に来て、どうしようもない程に抗い難いのは何故だろうか。


 ……俺は、未だ──見てない。

 血も肉がまざるしを、あ、の……は、ざま──にある、うつく、しさ──を……

 た、りな──い。



「糞爺が来る前に済ませりゃあ、ばれはしねぇ。つーわけだ、サクッと逝っちまいな」



 金属が擦れる音が一瞬響き、それと同時に何かを引き空気を鋭く撫でる。

 そして──



「──この大馬鹿者がああああっっ!!!」

「あ、ナイヤガルト! それ以上はもうやめてぇ!」



 二つの声が聞こえた。


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