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第9話幻想と夢と現実

「さてと、何か面白そうな題名の本はないかな」



 本棚に並ぶ数多の書物を物色しつつ呟く。

 適度な倦怠感と身体の痛みに襲われるが、流石に三ヶ月近く同じ様な状態だと慣れてくる。

 それでも辛い事に変わりはないけど、然程気にする事ではない。


 現在は夕刻なので、窓から射し込む夕陽が図書館内をいつもより幻想的に染める。

 最早何度も同じ時間帯に写る光景ではあるが、何故かいつも新鮮に感じらるのは何故だろうか。


 朝は日が昇る少し前に起き鍛錬をし、その後午前中はこの世界の知識を頭に叩き込み、午後は学んだ事を反復させ体にも刻み込む。そして、夕食時間の一時間前からはこうして囁やかながらの娯楽を楽しむ訳だ。

 この時間がもう至福。

 最初はネットもテレビも漫画も何にも無い所で、憂鬱加減がメーターを振り切りそうになった頃が懐かしい。

 本当にストレスも感じてよく便秘にも悩まされた。

 最悪なのは便秘なのに溜まってる感じがしないこと。

 あれで逆に体に異常を覚えないか不安になった。

 もう慣れたけど。



「ん──これ、は……」



 物色中目に留まった書物を手に取る。


 題名は……『家族心中』


 随分と重い題名だ。

 明らかに浮いているというか、この場に似つかわしく無い。

 何故こんな本が……



「……とか思いつつ読んじゃうんだよなぁ」



 乾いた声を零しつつ頁をめくり眼を通す。

 内容は題名通りの家族心中ものらしく、借金に父親が押し潰され、家族に暴力を振るい、やがては心中に無理矢理至るのが大筋だ。

 どうやらその家族は元々連れ子同士が再婚した家庭のようで、父親側には男三人、母親側に女二人いて、その二人の間には新しい娘が一人。

 合わせて八人家族となる。


 中々に多い数だ。

 八人となればそれなりの規模の家庭。

 それに、家族構成も俺の家と──



「──あ? ちょ、と待てよ」



 待て待て待て待て。

 今、何を思い浮かべた?

 家族構成が同じ、同じだとぉ?

  誰の家が?

 俺が? この俺と? 何故、何故何故何故。


 そんな馬鹿な話があるか。

 俺の家は三人構成だ。

 そんなにいるか。

 全くふざけた題名の本だ。

 気分が悪い。


 感情が微かに昂った俺は、少々乱雑に本と本の間に見える隙間に差し込もうと、狙いを定める為意識を集中させた時。


 いきなり黒く塗り潰された丸い塊が現れた。



「──っ!? なんやねん……」



 思わず関西弁で虚空に突っ込みを入れてしまう。

 どうにも嫌な気分になるので、早々に立ち去ろうとしたいが、何故か脚はピクリとも動かない。

 その黒い球体はジッと俺を観察するような視線をむけるので、本当に逃げ出ししまい気分だが、訳もなく腕が勝手に動く。

 その行き先は隙間。

 右手に持つは『家族心中』



「……頭に来る音だな」



 肉を潰すような音が差し込み祭に響いたが、なんか腹に来たので更に力を込めて叩き込んだ。

 生々しい音と瑞々しい音が交錯しながら図書館内を揺らす。

 例えでは無く、本当に。


 激しく揺れた。


 まるで悲鳴を上げ転がるような、そんな歪。

 四方から来るその揺れは、やがて本棚に並ぶ書物を豪快に飛ばしながら嗤う。

 これも例えで無いのが、本当に最低だ。


 何がおかしいのか、本棚から飛び降りる度に嘲笑うかのような声を上げて転がっていく。

 坂をコロコロと転がる本は、いつの間にか床が無くなっていた。


 だが、本は何も無い空間を転がる。

 急斜面でも無いのに。

 転がって、その度に頁が乱雑に抜け落ちて呪詛を吐く。


『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねお死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねま死ねま死ね死ね死ね死ね死ねえは死ね死ね死ね死ね死ねひ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねとご死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねし死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねだ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』



 誰に向けて吐いている呪詛なのか。

 それは合唱するかの如く反響して脳漿に直接響く。

 幾重にも混じって音は禍々しく、それでいて真摯に教えるように叩き込む。

 七つの音はそれぞれ独立しており、それに合わせた色を魅せて導く。

 導く先は黒。


 深淵を思わせる底無しの真っ黒だ。


 どこまでも暗く黒く臭く怖くある。


 もう図書館の面影なんて一切なく、有るのは黒い世界に潜む呪詛だけ。

 光なんてありもしない。

 進む先には黒があり、引く先には呪詛がある。

 この世界は二つだけで構成されて、俺はただの害虫。

 だから止まない。

 この世界は死だけを願う。

 俺は仲間外れ。

 聖者は死者の国には居られない。

 居てはならない。

 それが定め。

 真理なのだ。


 だから、生きなければならない。


 生者には生きる道があり。

 死者には死ぬ道だけある。


 交錯はせず、ただ通り過ぎる隣り合わせ。

 奇異なる事だが、良き隣人。

 いや、悪い隣人か。


 呪詛しか吐かないから。

 本当に嫌になる。

 逃げようか。

 嫌な事からは逃走に限る。

 それに明日も早い。

 鍛錬も知識もまだまだ足りない。


 寝よう。

 逃げようか。

 頑張ろう。

 死にたくない。

 自殺は駄目だ。

 魔法とスキルを使え。

 確認しろ。

 ステータスオープン。

 レベルも称号も何も無い。

 名前がある。

 年齢を記す。

 種族って何。

 血筋……

 個性。

 あるよ。

 無いさ。

 だよね。

『死ね』



 八。



「……」



 ここでは声を上げるはおろか、生命活動すら許されていない。

 その所為で宿題が出来ないのはちょっと堪える。

 明日までが提出期限なんだから。

 大目に見て欲しいものだ。

 そうだ、これを言い訳に宿題をやらないのはどうだろうか。

 うん、とっても良い気がする。

 いける。(確信)

 算数の先生の竹山は怖いからな。

 下手な嘘は看破されてしまう。

 しかし、この嘘には真実しかない。

 おや、嘘に真実? おやおや、なんか不思議。

 まあいいか。

 それより家に帰って遊ぼ。

 早く『死ね』



 八。



「──」



 学校生活ってのは、どうにも単調で短絡的だ。

 同じ事の繰り返し繰り返し。

 特段仲の良いクラスメイトがいる訳でも無く、ただその場の雰囲気に合わせて喋る盾。

 普通でいる為の装飾品に過ぎない。

 下品な下ネタで笑いを取ろうとし、それを馬鹿な笑みで同調する。

 遊びで虐めをして人を破壊する。

 証拠は残さない。

 同調。

 流されて、辿り着く果ては、ただの社会人。

 皆が見て見ぬ振りをして、人は生きていく。

 人間は都合良く出来ている。

 俺も同じ。

 だから、ツマラナイ。

 来年は高校受験だが、興味が湧かない。

 焦がれるものも無く、ただ同調して合わせる傀儡。

 俺は僕の傀儡。

 だから『死ね』



 八。



『死ね』



 抜け落ちる──は、ストレスにより白が入り混じり、力を込め過ぎた……が、否応無く抉り赤い斑点を作る。

 ──中は生ごみの臭気が酷く、……には腐敗した、があった。

 だけど、何よりも、は、ていく……が、どう──している。

 なんで……

 ただ、僕は『死ね』



 八。



『死ね』



『死ね』



『死ね』



『死ね』



 八。

 


 ……ただ苦しい。

 息が、出来ないのは何故だ。

 心臓は停止している。

 身体はもう腐敗した。

 蛆が湧いて、膨れた水風船のように宙を漂う。

 糞尿撒き散らし、蛆は蝿になって呪詛を吐く。

 呪詛を零す。

 怨念となりて、死を唄う。

 まだ、死ぬには早い。

 もっと苦しめ。

 この──と、呪詛を撒き散らす。

 やがて耐え切れない……は、焔となる。

 炎となり、浄化となす。

 灰塵となる。

 呪詛を吐く。



『死ね』






 …………ごめ、んな──さ、い……………






 ◇◆◇◆◇◆◇◆







「……ここは」



 ふと、急に意識が覚醒した。

 軽く首を傾げ見渡した場所は、夕日が差し込む図書館内。

 それなりの時間が流れたのか、夕日の色はもう殆ど消えていた。


 

「あれ?」



 暫く頭がぼっーとしていた為脳が認識していなかったが、何が図書館内の様子がおかしい事に気が付く。

 何故か本棚に書物が一冊も無い。

 あるのは長い時間放置された影響で出る埃のみ。

 丸で時間が停まっていたかのような、蚊帳の外である。


 確かいつもの調子で読書に馳せ参じた気がするが、こんな汚い場所には来ない。

 何故俺はここに居たのか。

 疲労でぼんやりしているのが原因かのかも知れない。

 そもそも、読書は柄では無いな。

 本などは読まない。

 うん、疲れてるんだな。

 早く帰って寝よう。



「あー、腹減ったわ」



 ひとしきり考える素振りをした後、腹が空腹を訴えたので思考を切り替える。

 そのまま特に思うこと無く踵を返し、直ぐ近くに見えた扉の方へと向かう。



「……ん」



 途中本らしき物が視界を掠めた気がしたが、特段きにすること無く図書館を後にした。






『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねお死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねま死ねま死ね死ね死ね死ね死ねえは死ね死ね死ね死ね死ねひ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねとご死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねし死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねだ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』




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