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プロローグ

 意識は朧気で、身体中の感覚が、何もかも遠い。

 手足の感覚どころか、心臓が動いてるのかすら定かではなく、これまでの記憶も思い出せなかった。

 どうしてこんな状態なのか。

 考えても答えは出ない。

 靄がかって記憶の蓋が開かないからだ。

 でも、そんな状態でも気分が悪くないのは、なぜだろうか。

 何となく、今まで一番気分が良い。

 不思議な感覚だ。

 意識が不安定だからかな。

 不思議と心地良く、なんだか昼寝でもしたい。

 太陽の暖かな陽射しにあてられてるのか。

 身体の奥がぽかぽかしてる気がした。

 元から朧げな意識は、更に奥へと沈む。

 穏やかな眠気とともに。



『雅臣……お前とは、もっと向き合うべきだった。そうすれば、今頃、みんな笑っていられたのかも知れない』


『雅臣……お前は、悪魔だ。どうして、そんなに楽しそうに嗤っていられるんだ? 俺には理解できない』


『ねぇ、お兄ちゃん。明日は、きっと、皆んなが笑って、また、昔にみたいに戻れるよね?』


『ああ、あああああっ!? なんで、なんで雅臣は空気が読めないのよ! 見て分からないの? 私は、もう疲れたのよ。あんたなんか、息子じゃないわ!』


『──運が悪かった。ただ、それだけ。別に雅臣は何も悪くないわ。だから……せめて、笑っていましょう』


『難しいことはよく分からない。でも、叶うなら、昔にみたいに皆んなで笑って、また、楽しく過ごしたい……それって、そんなに駄目なことなのかな。兄さん』


『──』



 声が聞こえた気がした。

 沈んでいた意識が、緩やかに浮上する。

 何を言ってるか理解出来なかった。

 でも、なぜか懐かしい気持ちになる。

 そして、とても、大事なことのような気がしてならない。

 誰なのだろう。

 何なのだろう。

 懐かしくも悲しくて、何か大切なことを決めた。

 理由はないが、そうだった気がする。

 いや、絶対にそうだ。

 これだけは、確信が持てる。

 しかし、だと言うならば、俺はそれを果たせたのだろうか。

 大事なことも思い出せず、こんな訳の分からない状態に陥っているというのに。

 本当に果たせたのか。



『僕たちは似た者同士だよ。君は生き物の灯火に魅せられ、僕は人間の持つ感情の色に魅せられている。だから、君は僕のことを嫌悪する。僕は君のことが、凄く好きなんだけどな』


『なぜ人間を道具のように扱うかだと? ……お前からその台詞を聞くとは──まぁ、その問いには答えるまでもないだろう。なぜならば、お前もそうしてきた。そうだろう。藤堂雅臣』


『この世界では、あらゆる感情が奴のもの。所詮私たちは、舞台の上で踊る人形に過ぎないのかも知れない。だが、それでも私は前に進む。どんな壁があろうと関係ない。私は彼女と約束を交わした。この世界に平和をもたらすまでは、例えこの身が滅ぼうとも進み続ける……お前にも、そういう大切なことがあるだろう』



 また、声が頭に響いた気がした。

 今度は誰だろうか。

 思い思考を走らせるが、やはり思い浮かばない。

 でも、さっきよりも明確に言葉が響いている。

 男性の声だろうか。

 何を言ってるかは分からない。



『ねぇ雅臣。確かに人の本質は殺し合いかも知れない。でも、人はそれだけじゃないよ。人は、相手のことを思い遣って、寄り添い助け合うことも出来るんだ。殺し合いなんて、数ある内の一つに過ぎない。雅臣は、相手ことを思い遣ることが出来る、優しい人だよ』


『もう、失いたくないんです。眼の前で、大切な人が死ぬのは、もう嫌なんです!』


『僕は僕のできる範囲で、大切な人を守る。その中にはね、君も含まれてるんだよ。何を急いでるかは分からないけど、僕は雅臣の味方でいるさ』


『男のくせにぐちぐち言わないの。貴方は私が認めた大切な仲間よ。少なくとも、私はそう思ってる。だから、少しだけでも、私を信じて』



 脳漿が焼けて爛れている。

 そんな痛みが、頭を駆け抜けていた。

 誰かの言葉が心に酷く刺さる。

 いったい何だと言うのだろう。

 何を伝えたいんだ。

 そもそも本当に自分の記憶なのか。

 彼等は、俺を認めると言うが、何を理由に信じるのだ? 数多の罪を犯してきたというのに。

 望んで破壊を繰り返した。

 そんな俺のどこが、信じるに足るものとなる? 否、そんなことは……あり得ない。


 ああ、でも、仮に都合の良い夢だとしても、そうであったのなら、とても嬉しいな。



『この人殺し!! 何の恨みがあって、私たちから何もかも奪っていくの!? あなたは、本当に心をもっているの? もう、これ以上私たちから奪うのはやめてよ……』


『おー怖い怖い。例え同じ釜の飯を食い、死線を共に潜り抜けたとしても、殺すときは殺すんだなぁ。はははは、いや〜もっと、君と仲良くなりたかったよ』


『誰にでも都合はある。僕に責務があるように、勿論君にだってね。だから、こうなるのも、仕方ない、か』



 矛盾する思いは、時にこの身を傷付けて離さない。

 例え幸福を願っても、一方で破壊を望む。

 奪い破壊を求めてきたのに、都合良く人間と同じ幸せを願うのは、流石に無理がある。

 一度罪を犯したら、その業は一生つきまとう。

 喰らい付いて離さない。

 心に絡み付き、奥の奥まで入り込む。

 例え一時的に忘れても、いつかは思い出す。

 過去から、手を伸ばして掴んでくる。


 だから、俺は──



『──ふふ。ね、可愛いでしょ? 私たちの子供なの。貴方にもきっと、こんな純粋で素直な時があったんでしょうね。今は捻くれてそっぽ曲がりだけど……ああ、やっぱり子供は良いわ。ねえ、雅臣もそう思うでしょ?』



 朧げに歪んでいた意識が、ゆっくりと覚醒する。

 記憶は虫食いで、断片的に刻まれていた。

 でも、頭に響いてきた声の正体は、おおよそ理解していた。

 そして、今のこの状況もだ。

 俺は、過去のこれまでの罪を、清算して無に帰そうとしていた。

 何もかもを、あるべき姿に戻すため。

 その為に、あらゆる代償を支払って、この状況を作り上げた。

 それが正しいかは分からない。

 もしかしたら、ただの逃げなのかも。

 そう捉えられてもおかしくない。

 しかし、それこそが、俺の果たしたいこと。

 それが……願いだった。

 例え心の奥底では、違うことを望んでいたとしても、これ以上は求められない。

 求めてしまっては、けじめがつかないからだ。

 いつだって、愚者は己の罪と引き換えに、この世から消滅していく。

 ただ、その順番が回ってきただけ。

 最期に大切なことを思い出せただけでも良かった。

 ああ、余り頭を使ってたら、また眠くなってきた。

 ゆっくりと意識が微睡みに沈んでいく感覚。

 そんな微睡みの時、ふと始まりはいつだったかを考えてみた。

 所詮記憶は不完全で、ぼこぼこの穴だらけ。

 始まりが、いまいち思い出せない。

 いつだったか。


 始まりは、確か──


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