宴の後
つたない文章ですが宜しくお願いします。出来れば後学の為に至らぬ点をご指摘ください。
星の夜、一人の男がその小屋を訪れた。
そこは寂れた小屋だった。くれだった木の柱、粗末な麻布。そし咽返る香草の臭気。暗がりの置くには、顔を濃紺のベールで覆った女が一人、目を光らせてこちらに向かって座していた。
「これはお客様。……迷いがありますね?」
男の腰に佩いた立派な造りの長剣が鳴る。当たり前だと男は思う。いくら酒に酔っていたとはいえ、そうでなければ、このような所に来る筈はないのだ。
「あなた様から眩いまでの光が見えます。……同時に濃い影の闇も」
女は拳大の水晶に両手を翳しながら言った。細かいヒビの入った、なかなかに年季の入った真球の透明水晶だ。それが柔らかそうな赤い綿入り袋の上に乗っている。
男の目が鋭く光る。
「あの男が言ったとおりの事を言う」
男は不快だった。何なんだ、この女は。先ほどから不快な事ばかりを口にする。男はまだ依頼の言葉も告げていない。なのに、このざまだ。
「あなた様のおかげで魔王の闇は払われました」
当然の事だ。この女はこの街でも行われている連日の乱痴気騒ぎを知らないとでも言うのか。そんな事、わざわざ占い小屋に来なくとも判る事なのに。
「だがあの男は言った! 光あるところに必ず闇はあると!」
いつしか男は大声を上げていた。強かに酔っていたのだろう。つい飲みすぎてしまっていたようだ。男は舌打ちする。勇者たる自分に似つかわしくない行為だった。澄んだ瞳の、射竦めるような瞳を持つ女。ベールの下の顔は窺い知れない。
「ご心配ですか? 勇者様」
「これが平常心でいられるか!」
男はずっと気に掛けていた疑問を口にする。魔王の今際の言葉。『貴様は我を殺した。だが忘れるな、光あるところには必ず闇がある。我は必ず蘇る』と。ずっと気になっていた。仲間の声も、街の人々の声も、酒場娘の声も、王や王妃の労いの言葉すらも届かぬ勇者の闇だ。千年を生きたと言われる魔王の呪いの言葉。それが気にならない訳が無い。
「俺は戦った。戦って戦って……そして魔王をこの手で殺した!」
「そうです。偉業でございます」
「だが、お前は言ったではないか! 俺の影が濃いと! 闇があると!!」
女は男に座るように促した。男は忘れていた。未だに己が立ったままでいた事に。男は女に相対して座する。深い紫色の相貌が、男の目に映っていた。
「光が強いほど、闇も強くなるのです。あなたの戦いは、これからなのです」
男は息を呑んだ。あの男の言葉通り、魔王が蘇るとでも言うのだろうか。この占い師はそう言っているのだろうか。男はこれまでの苦難の旅を思い返し、そして今一度恐怖する。勇者とて人の子。怯えるのだ。
「成功者ゆえの孤独。周囲からの羨望。これからはそこに闇が生まれましょう。あなたの敵は、あなた自身の心なのです勇者様」
星の夜、小屋を去った男の酔いは醒めていた。
そこは寂れた小屋だった。節くれだった木の柱、粗末な麻布。そして咽返る香草の臭気。暗がりの置くには顔を濃紺のベールで覆った女が一人、目を光らせ通りに向かい座している。