第2話『隊員』
リアスが任務について語ろうとした時、太い腕が上がった。
「少佐。ドゥシャの姿がないぞ?」
ビルがそう言うと、面倒くさそうにリアスは頭を掻いた。
「もう。あの子影薄いから忘れるのよ」
彼女はそう言うと脇に挟んでいたホルスターから回転式拳銃『コルト・シングル・アクション・アーミー』通称ピースメーカーを取り出した。
ピースメーカーは45LCといった経口のバリエーションが豊富で、40種類近くあった。また、リアスが使用する.44ー40弾はウィンチェスターライフルと共有可能な設計されており、多くの者に好まれたヒットプロダクトである。
先ほどまでいたテントへと戻って行った。すると、中から発砲音が6回連続で響き渡った。
周りにいた兵士達は何事かと銃声が聞こえた方に視線が集まるも、ゲイト達を見ると否や、心底飽きれた様子で罵倒が相次ぐ。
「てめぇらいい加減にしろ!」
「とっととくたばってイーターに喰われろ!」
「地獄に落ちろキチガイ共!」
罵声が飛び交う中、ビルは一言簡単に謝罪を入れ、ガッセンは中指を立てた。
周りの兵士達の怒りが上がり始めた時、テントからリアスが出て来ると兵士達は一斉に口を噤ぎ、一向を睨みながら去ってた。
「はん!玉無し野郎共が」
「下品ですよ」
「煩い!」
彼女は空になったピースメーカーをビルに押し付けて、弾を詰めとくように言った。
再び一同の前に腕を組んで立った。しかし、暫くの間、何も発せずにいた彼女の顔が次第に歪み、つま先を何度も地面をつき始めており、明らかに苛立っていた。
「さっさと出て来いビッチ! 穴増やされたいの!?」
リアスが咆哮を上げているとテントが揺れ、中から目元まで深くフードを被った人物が目元を擦りながら現れた。
フードの隙間から褐色の肌が覗かせ、口元は淡紅色に染まった張りのある唇に、膨らんだ胸元からその人物が女だとゲイトは気付いた。
「おはようドゥシャ。ぐっすり眠むれていたようだな」
フードを被った女は頭を振って否定した。
「全然足りない。少佐の独り言が煩くて寝れなかった」
「昼近くまで寝てた奴がよく言うわよ。私が指揮官じゃなかったら筋トレ10っセットに飯抜きよ」
筋力トレーニングは一セットにつき、3種類の腕立て伏せ各30回、腹筋50回、スクワット50回と言うものであった。
「私少佐好き。抱いて」
「今更媚びを売るな。大体ガバガバな奴なんて抱きたく無いわよ」
「少佐に言われたくない」
「あん? どうやらぶっ殺されたいようね……」
リアスが拳を鳴らしていると、ビルが仲裁に入る。
「お互いそこまでにしとけ。新入りがいるんだから」
「新入り?」
フードを被った女は視線を動かして、見知らぬ人物がいる事に気がつく。
「誰?」
彼女がゲイトへと指を指しているとビルは向けている人差指を掴んで腕を下ろさせた。
「彼は今日から配属されたゲイトだ」
「ゲイ? ホモなの?」
「ゲイトだって!」
全員から同じ反応をされることに僅かながら憤りを覚えるも、顔に出ないように気持ちを押し留める。
「本日から配属されることになったゲイト・マッケンです」
「私はドゥシャ宜しくねゲイ」
そう言いってフードを被ったドゥシャはゲイトの胸元に拳を押し付けた。
「おいニガー。テメェ遅れて来てんのにベチャクチャうるせぞ」
「ガッセン! その発言だけは止めろ!」
ビルは先ほどまで温厚に注意していたのとは違い、眉間を寄せて怒鳴った。
「何怒ってんだよ? そのままの事を言ったまでだろ?」
ニガーとはラテン語のネグロ(黒色のこと)から来ていると言われており、アメリカ合衆国等の英語を使用する国では一般的に黒人への侮蔑とされている。2007年2月28日とある市にて「ニガー」という言葉を使用するのを禁止する条例か制定された。
そんな言葉を発言したガッセンは両手を開けながら肩を竦め、左右に顔を動かしながら唖然とした。
「いいから! その言葉を二度と使うんじゃないぞ!」
「あぁそうかよ」
面倒くさそうに髪を掻き毟り、フードで表情が見えないドゥシャの方へと視線を動かして、呟いた。
「悪かったな。"ニガー"」
「ガッセン!」
激昂したビルがガッセンの元へと歩み寄ろうとしたとき、裾をドゥシャに掴まれた。
「ありがとうビル。けど大丈夫」
「だけど!」
激昂するビルを首を振ってから、宥めるようにドゥシャはフードの隙間から笑みを浮かべる。
太い腕に力が入っていたビルだったが、ドゥシャが宥めたことによって力が抜けていった。しかし、火に油を注ぐように痩せこけた男が再び口を開く。
「助かったぜ売女。後でタダで抱いてやるよ」
再び口論になると思われた瞬間、今まで黙っていた少佐であるリアスがオイルライターのフリントを勢い良く何度も回す音が響く。そして、毛細管現象でオイルを吸い上げたウィックへと点火させ、タバコに火をつけた。
肺の隅々まで行きわたるように深々と吸い込み、煙を上げるタバコの先端は勢いよく根元へ向かって燃え広がった。
リアスは吸い込んだ分を吐くように、口から大量の煙を噴き上げた。
「別に戯れ合いを止めるつもりはないけど、それは私の話を止めるほど大事なことなの?」
突き刺すような鋭い目つきで、一同を見渡す指揮官に隊員達は皆口を塞ぐ。
「どうなの?」
吸っているタバコを見つめながら、何も発しない隊員達にリアスは問い続ける。そして、その問いにドゥシャが答えた。
「大事じゃない」
「何が大事じゃないの?」
「少佐の話を止めるほど大事じゃない」
リアスは「そう」と呟くと根元まであと僅かまで燃えているタバコを一気に吸い上げ、煙を吐きながら地面へと落として、残り火を靴底で踏み消した。
「だったら始めから黙ってろ。馬鹿共が」
ガッセンは弄っていた手榴弾を地面へ放り投げて、舌打ちを鳴らして吸いきったタバコを投げ捨てた。
「それじゃ次の任務について言うわよ」
彼女はそう言って新しいタバコに火をつけた。
「次の任務は西にある自軍の前線よりも先へ進み、敵情とイーターの調査を兼ねた斥候行動よ」
「少佐、俺たち以外の部隊は?」
「私たちだけよ」
「……でしょうね」
「あの、すみません」
ゲイトは手を上げて話を遮る。
「ここは学校じゃないのよ? いちいち手なんて上げる必要はないわ。それでなに?」
「この特分隊は他の人達は何処にいるのですか?」
リアスは瞬きを繰り返してから答えた。
「ここにいる私達だけよ」
「え?」
ゲイトは自身の耳を疑った。
「私を含めた5人ですか?」
「そう言ってるでしょ」
「正確に言えば、何人かは病院のベットで寝て、後は敵地でくたばったのと、イーターの餌になっただな」
軍曹の言葉を付け加えるようにガッセンが呟いた。
それを聞いたゲイトは絶句した。基本8人以上で構成される分特隊だというのに、それがこの特分隊では5人しかおらず、ましてや、この少人数でイーターが潜む地へと遠征するというのだから。
「いつ出立すんだ?」
リアスは身につけていた腕時計を見てた。腕時計はガラスの部分に亀裂が入っていた。
「この時計がイカれて無ければ、あと30分よ」
「はぁ!? もう直ぐじゃねぇか!?」
「えぇそうよ。どっかの能無し共が大事な時間を無駄に使ってくれたおかげでね」
咥えているタバコを噛み締め、眉間に皺を作って嫌悪感を発してリアスは言った。
「とりあえず早く準備を済まそう」
リアスはため息混じりに肩を落として「本当にその通りね」と言ってテントの中に戻っていた。
上官がテントの中へと入って行くのを見送ると、各自準備を始めた。
ドゥシャはリアスの後を追うようにテントの中へと入り、ガッセンは放り出した手榴弾を拾い、火薬を詰めて始めた。
「ゲイト。出立の準備手伝ってくれないか?」
いつの間に横に立っていたビルがゲイトの肩に手を置きながら話掛けてきた。
「は……、あぁ。わかった」
ゲイトはビルと共に先ほどの場所から少し離れた所に張ってある汚れたテントを二つ片付け始めた。
「すまんな。配属されてこんなんで」
「前の隊でもこういうことがあったから慣れている」
「戦争だと何処の部隊でもぎくしゃくしちまうよな……。けど、少佐や他の奴らも下品だけど良い奴なんだ」
ゲイトは骨組みをひたすら抜いていき、外装部の布だけになったテントはビルが均等に畳み始めた。
「ゲイトにもあんなこと言っちまったけど、許してやってくれないか?」
「許すも何も、別に気にしてないさ」
ゲイトは動かす手を止めずに淡々と答えた。
「あんな事言われても気にしないなんて、お前は大した奴だよ」
ビルはゲイトの顔を見ながら、勇ましい顔で微笑を浮かべた。
小さく折り畳まれたテントの布を紐で強く結び、骨組みを小袋に入れるとビルはリュックへ詰めると言ってその場を離れた。
ビルは銃器等の点検をしているガッセンの元へ行き、笑いながら語り掛ける。そんなガッセンは鬱陶しそうな表情をしてから暫くしてゲイトの方を見て「ありがとよホモ野郎」と叫びながら中指を立てていた。
直ぐにビルが叱るような声が飛んで来る。
ゲイトは視線を外し、黒い手袋を填めた手を見つめた。
「集まったわね、行くわよ」
子供一人が入る程のバックパックを背負った男女が銃器をぶら下げていた。
集団の先頭に立つリアスはブロディルメットとという戦闘用ヘルメットを顎元で固定する紐をぶら下げ、頭に乗せているだけとなっていた。また、先ほどの服装から軍服の上着を羽織るだけでボタンを止めずに着ている。
胸元が膨らんでおり、そこにピースメーカーを装備していると思われた。しかし、彼女はピースメーカー以外の銃器、小銃などの銃を持っている様子は無かった。
ガッセンも同様に崩れた着かたをしており、バックパックとM1903をそれぞれ別々の肩に引っ掛けるようにして背負い、腰元には弾倉と銃剣以外に手投げ手榴弾が幾つもぶら下がっていた。
ビルはしっかりとした身嗜みで軍服をを着用して肩には、軍が支給をしたM1903では無く、大日本帝國が開発した三十年式歩兵銃を、反対の肩には布に包まれた銃器らしき物体を担いでいた。
ドゥシャは戦闘用ヘルメットの代わりに軍服の下にフードを被り、M1903を抱えるように両腕に挟まれていた。
一行は西の方角へと歩を動かした。
彼女達が駐屯地を歩いていると、多方向から鋭い視線が向けられた。
一部の人間は人混みに紛れて罵る輩もいた。
確かに彼らの態度は反感を買うようなことをするようにも思われるが、何故此処まで邪険に扱われているのかゲイトは不思議でならなかった。
「何で俺たちは嫌われてるか教えてやろうか?」
感情を読み取ったかのように最後尾にいたゲイトの隣にいつの間にか立ってビルは語りかけてきた。
「それは俺たち全員が軍から厄介者とされているからだ」
彼はそう言ってから「ゲイトは別だぞ?」慌てて付け加えた。
「この特分隊に来る奴らは、大抵何か不祥事を行った者が集められる。言わばこの軍は厄介者の島流しの隊とされているのさ」
ゲイトは特分隊のメンバーの言動を振り返り、心の内で納得した。だが、幾つか気になる点があった。
「けど、何で少し距離を取る形で野次を飛ばすんだ?」
「それは特分隊だからさ。他よりも危険度は高いし、何よりもイーターとの遭遇率は比にならないからな。今俺たちが行う任務が正にそれだな」
特分隊の主な行動は斥候任務もあるが、一番重きを置かれるのはイーターの生態を調べることにある。故に特分隊は前線に行くのと同様に、最も配属されたくない部隊であった。
この作品を手に取ってくださった方々、本当にありがとうございます。
ご期待を添えれるよう今後も努力する所存ですので、何卒宜しく御願い致します(硬い