いろいろ起こりすぎて、ちょっと思考がついて行かないよ。
ゲームの世界かと思ったら、何かやたらリアルだし、狩りの生活はつまんないし…。
帰りたい…。
そんなホームシックを起こしたら、変な動物?魔獣?とかいうのに襲われて、一瞬死を覚悟したよ。
しばらく家を留守にするという事で、入念な準備をしている。
今度はここに来た時のそのままの手荷物じゃない。今度は中央に行くことも想定しているから、2~3週間は動けるようにと、食料やら薬草やらをかばんに詰め込んでいた。
教科書等はここに置いておくことにする。自分の世界に帰るときに、ここに必ず寄って行こうと思ったからだ。
ライルさんにそう告げて、衣類などが入っている棚の上にその本類を置いた。
その本をライルさんが見て、「なんて書いてあるんだ?」と言っていた。
僕はその教科書に書かれている文字と、書かれている内容をざっくり教えた。
「ガッコウという場所は、そういう事を教えるんだな。お前が帰る時に文字とか少し教えてくれ。」
ライルさんはそう言って少し笑った。
僕は少しうれしくなって、「じゃ、じゃぁライルさんは狩りを教えてくださいね!」と返した。
ライルさんは「ああ」と短く答え、自分の荷物を背負った。
「じゃあ行くか。」
そう立ち上がろうとした時だった。
ドアを力強くたたく音がした。
ライルさんがドアを開けると、そこにはヘレが立っていた。
「ライルさん戦場に行ってしまうんですか!」
ヘレは焦っているような、悲しんでいるような、怒っているような複雑な声色で言った。
「いや、戦地には向かわないよ。補給を手伝うだけだ。」
そう言うと、ヘレは今度ははっきりと怒ったような、絶叫に近い声で言った。
「そうやって出て行って、死んで帰ってきたんですよ!父さんは・・・」
そこまで言って、ボロボロと涙を流し始めた。
僕はその光景を見て、オロオロとするばかりで、どう声をかけたらいいのか迷ってしまった。
普段ヘレに話しかけないから、なおさらどんな言葉をかけてあげたらいいのか見当もつかない。
ライルさんはゆっくりヘレに近寄って頭を撫でた。
「アジテは、俺に『この村を守ってくれ』と言って、この魔石を俺に託したんだ。」
そう言って、手のひらに乗せてある緑色の小さい石を見せた。小さく何か文様が描かれている。
僕が持っていた石とは色も文様も違っていた。
「だから、ヘレの父を死なせてしまったのも俺の責任でもある。」
アジテはヘレの父だった。しかし、補給部隊という事で、大事ないと判断したのだろう。だから村を一人で守るライルさんに魔石を渡したんだ。それが逆に死んでしまうなんて、なんという事だろうか。
誰もそのことは予想できなかったのかもしれない。
「だが俺は死ぬつもりはない。この魔石で自分を守り、そしてこれからもこの村を守っていくつもり・・・。」
最後まで言い終わらないうちに、ヘレが叫んだ。
「じゃあ僕も連れて行って!」
「えっ?」
「へっ??」
ライルさんも僕も変な声を出した。お互い理解できないといった感じで顔を見合わせる。
っていうか、ヘレの一人称って『ぼく』なのか。などと関係ない事を考えていた。
「ここでは居場所がないから・・・」
そう言ったところで、ライルさんがハッとしたような顔をした。
「そうか・・・。」
そしてちょっと困った顔をした。
ヘレには何か事情があるんだろうか。ライルさんは何か知っているような感じだけど。
ライルさんはちょっと考えた後、「戦場までは連れていけないが、エディと一緒に行動するなら」という事で了承した。
ヘレは安堵した表情を見せながら、「ありがとう」とだけ付け加えた。
こうして、3人で村から出ることになった。
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僕たち3人が村を出るころには、村の人たちは既に隣の町まで出た後だった。
村の守護がいなくなることで、デッドヘッドからの襲撃から村を一日も守り切れる自信がなかったのだろう。
がらんとした村を後にして、3人は村を後にした。
ヘレの母から何かあるのかと思ったけど、全く何もなく村を出ることが許されるというのが、何か心に引っかかるものがあった。
母と上手くいってないのだろうか?
思春期という奴だろうか?
反抗期だろうか?
そんな事をもやもやと考えていたが、やはり特に親しくしてないので聞くことは出来ずにずんずんと目的地まで歩くことになった。
ライルさんも特に何も言わなかった。
特に危険な動物にも魔物にも遭遇することなく、半日ほど歩いたところで、道が少し開けたところに出た。
歩行での旅人用の休憩場所だろうか。地面に腰掛ける事ができる大きな石が何個か設置してある。
ライルさんが肩に担いでいた荷物を降ろし、「今日はここで野宿だ」と告げた。
僕たちも自分の荷物を降ろし、石に座って休憩をとる。
ライルさんはすぐに腰を下ろさず、腰につけていたナタの様な大きなナイフを片手に持ち、少し道から外れたところに落ちてある木の枝を集め始めた。
そして、その枝を小さく切り刻んでいく。
僕とヘレはそれを見て、ハッとして重い腰を上げた。暖を取るための薪を集めるのだろう。
そして、十分な薪になる木々を集め、ようやく3人は腰を下ろした。
乾燥した肉と、硬いパンを口に入れながら火を囲む。
「これから、交代で見張りをする。火を絶やすな。そして妙な気配がしたらすぐに知らせてくれ。」
そう言って、ライルさんは石によりかかるように眠りに入った。
僕とヘレは2人で夜の見張りをすることになった。
日も暮れて、たき火の周りはすでに真っ暗だ。
燃え上がる火のパチパチという音以外は音は何もしない。
辺りは静かだった。
じっと火を見つめる2人。会話はなかった。
何か話した方がいいだろうか?
これから長い間、一緒に旅をすることになるかもしれない。
少しでもお互いのことを理解していたほうがいいかもしれない。
そうふと思った。
でも、何を話したらいいのかわからなかった。
そのまま揺れる火の先を見ながらどれくらいたったころだろうか。体感時間では1時間くらいたったように思う。
ふと、ヘレから声をかけられた。
「なぁ、エディ。君は記憶がないとのことだけど、本当に何も覚えていないのか?両親のこととかも?」
そういえば、ヘレには僕が記憶を持っていて、この世界に来た時に警戒していたため、記憶がないと偽っていたままだという事に気が付いた。
僕は「いいや」と否定した後、自分のことを全て簡単に話した。
ここなじゃいところから飛ばされてきたこと。
不安に思って、記憶がないというウソをついていたこと。
慣れない狩猟の生活で、ちょっと嫌気がさして自分の世界に帰ろうとして、ライルさんに迷惑をかけたことなどを。
その事を、簡単に相槌を打ちながら黙って聞いていた。
あまり驚かないところが妙に思えた。
ここじゃない世界から転送されてきた。というのは珍しくないのかな?とふと思った。
そんな事を考えていたら、ヘレがポツリポツリと話し始めた。
「実は、母と上手くいっていない。」
最初はそういう話だった。
うん。それは何となく想像はしていた。
だから、黙って彼女の話を聞く。
「母は僕に、裁縫とか料理とか。そういう家庭を維持していくことを押し付けてきて、僕はそれに耐えられなかったんだ。」
ああ、だからライルさんのところにこの子だけよく来ていたのか。と腑に落ちた。
僕という呼称も、それに反発してついたのかもしれないな。
そんな事をふと思った。
「君は、女が女を好きになるというのはどう思う?」
いきなりすごい告白が始まった。
「えっ?」と思わず大きな声が出た。
彼女を見ると、すごい真剣な目で僕を見ている。
たしか、僕が日本にいた頃テレビで男が好きな男の人がいるというのをテレビで見たことがあった気がした。
でも、女の人が女の人を好きになるなんてことがあるんだろうか?
僕が言葉に詰まっていると、
「こことは違う世界から来たというから、この世界とは違う人の見方もあるんじゃないかと思って聞いてみた。どうなんだろうか?やはり変なことなんだろうか?」
ヘレはそう続けた。
僕は「わ、わからないけど」と前置きした後、自分の世界で見た同性を好きになるケースの事を話した。
主にテレビで見たことだったから、深い話は分からない。
だけど、実際に僕がいた頃に女の人の恰好をする男とか、男のことが好きな同性がいたという事はテレビでよく見たからだ。
「そうか・・・。君の世界では男が男を好きになるというケースはあったんだな。」
そう言う彼女はどこかほっとした顔をしていた。
そして、またポツリポツリと語りだした。
「実は・・・。私は、その・・・。同性が好きなんだ。」
ああ、と僕はそれで先ほどの僕の過去が彼女に動揺を与えなかった理由がわかった。
彼女は自分の理解者がほしかったのかもしれない・・・と。
あの小さい村では、彼女の理解者はいなかったのだろう。だから、ワラにもすがる思いがあったのかもしれない。
自分自身が異常なのかもしれないと。
だから、他人が多少変わった経験をしていても、許容できたのかもしれない。
「私はごく普通の家に生まれた。あまり体が丈夫じゃなかった母だから、子供は僕一人だった。だから、母は僕に過度の期待をしていたんだと思う。母は・・・」
苦々しい顔というのが今の彼女の顔だろう。
そんな表情をしながら、彼女は話をつづけた。
「僕に普通に子供をたくさん産んで、家を守る存在として育てたかったんだろう。でも・・・僕は出来ない・・・。」
そう言ってうつむいた。
彼女はよく見るときれいな顔をしていた。
髪を伸ばして、女の子らしい恰好をしていたら、おそらく村の男たちはほっておかないだろうと思うくらい整っている。
「子供を作ることは・・・できないんだ・・・・・・・。」
顔を上げずに言う彼女は、非常に悲しそうに見えた。
話をして気づいたけど、確かに女の子と話している気がしない。同級生の男友達と話している気分だった。
僕は、話す言葉を失い、じっと彼女のことを見た。
僕はまだ初恋という事もしたことがない。
女の子に興味がないわけじゃないけど、家でゲームをしたり友達と遊んだりしることに夢中になっていたからだ。
だから、そんな悩みを持つ彼女に対して適切な言葉が思い浮かばなかった。
しばらく黙っていたままでいたら、彼女から「ありがとう」と言われた。
「聞いてくれて感謝するよ。僕は母からも奇異の目で見られて、村の人たちからも変わった子だと言われ続けたからな。黙って聞いてくれてありがとう。」
そう言った。
「父は・・・。もういないんだけど、あの人だけは・・・。最初戸惑っていたけど、男勢が行う仕事の手伝いをさせてくれたり、少なくとも僕を女として接してこなかった・・・。」
彼女の目から涙が出て、地面にシミを付けた。
父は数少ない味方だったのだろう。そんな存在を先の戦争で亡くしてしまったという事もあり、今朝の出来事があったのだろう。
僕はライルさんが言うように「そうか・・・。」とだけ言った。
そう言えば、僕の両親も元気だろうか。
僕がいなくなって、かなり心配していると思う。
僕ができた時も、高齢だったと言っていたし、二人の間の子供は僕一人だった。
早く帰りたい。
彼女の話を聞いて触発されたんだろう。
早く帰って、「僕は無事だよ」という事を伝えたい。
そう思った。
参観日の日に、一組だけ年齢が違う夫婦だったことが嫌だった。
遊んでくれた時も、すぐに疲れちゃって楽しくなかった思い出。
一人だけ弁当の内容が煮物中心だったり、他人のカラフルな弁当とは違った事。
「お前の父ちゃん、母ちゃんどこなの?おじいちゃんとおばあちゃんしかいないの?」と言われたこと。
そんなうちの両親が一時期すごい嫌だった。
だけど、今だからこそ思う。帰りたいって。
帰ったらいろいろ甘えるんだ。
そして、親コウコウという事もしよう。
いつも疲れた顔をしている両親の方でももんでやろうか。
彼女の告白を聞いて、より一層自分の家への気持ちが強くなった気がした。
「ん・・・・・。」
そう思っていたら、ライルさんが起きた。
「お前たち。何か変わったことはあったか?」
僕たち2人は首を振った。
少しだけ、お互い理解したという以外は特別何もなかった。
「じゃあ2人とももう寝ろ。後は俺が見張りをしよう。」
僕らはその言葉に甘えるように眠りについた。
僕だけはここ最近あったことを思い出して、なかなか眠りに就けそうもなかったけども。
日が少しだけ山から顔を出したところで、僕とヘレは起き上がった。
まだ少し眠いまなこをシバシバ瞬きして、ライルさんとヘレにおはようのあいさつをする。
ヘレはどこかすっきり顔をしていた。
昨日の告白が彼女を軽くしたのだろうか。それとも朝が強い性質なのだろうか。
それはわからないが、僕たちは軽く食事を済ませて目的地へと急いだ。
ーーーーーーーーーーーーー
今日は晴天なり。
雲一つない空。
そういえば、空が青いという事は、この世界にも大きな海があるんだろうか。
考えてみたら月もあったな。
大きさもちょうど自分の世界の者と同じくらいだった。
ただ、数だけが違ったけども。
この世界にある月は4つ。それぞれ夜に2つ、昼くらいに2つ見えた。
あの村で眠れない時、その2つの月をよく眺めていた。
そういえば、僕の世界では月を開発するという動きがあったけど、こっちではないんだろうか・・・?とかぼんやり考えていたものだ。
向こうの世界との違いと言えば、この世界には魔法があるという。
まだ見たことはないが、よくゲームで見ていたように炎を飛ばしたり、かまいたちを起こしたりするんだろうか。
小さい頃に読んだ、アラビアンナイトのように、魔人をランプから召喚したり、空飛ぶ絨毯とかあるんだろうか。
とても道は平たんで、小鳥のさえずりが聞こえてとてものどかだ。
昨日のヘレの話を、最初は思い返していた。しかし、僕はきっと普通に女の子が好きだろうし、恋愛経験もない。だから彼女を楽にしてあげる言葉も見つからない。
ライルさんはヘレの事を知っているようだったけど、特にその事について触れずに前を歩いている。
ヘレも黙々とライルさんについて行っている。
だから僕も考えるのをやめて、気持ちがいい空を見ていた。
しばらくそうやって歩いていると、開けた場所に着いた。
昨日野宿したような小休憩が取れそうな場所よりも、はるかに広い。
目の前には山が2つ連なるように立っており、真ん中がきれいに切り取られたようにまっすぐの道になっている。
道に面している山の部分は、剣で切ったようにまっすぐの岩肌になっており、幅は大人が10人くらい並んで通れるほどの広さがあった。
その入り口に、僕ら3人は着いたのだ。
既に数名のグループが僕らが来るよりも早くについていたようだ。
最初、彼らが僕らを見るとギョッとしたような驚いた表情を見せた。
周囲のメンバーを見てみると、大人の男が4~5人になって固まっている。対して僕らは子供が2人の3人だ。驚くのも無理ないかもしれない。
直ぐに、近くのメンバーの一人がライルさんに話しかけてきた。
「よう!ライル。久しぶりだな。」
立派にひげを蓄えた男が話しかけてきた。
がっしりとした体を見るに、動き回るというよりも力仕事を得意とする様だった。
「ああ、ガジ。久しぶりだ。旅から帰ってきたときは、村から離れられんかったからな。挨拶にも行けなくてすまない。」
そう言って、少し顔をほころばせた。仲がいいんだろう。ガジと呼ばれていた男が「いやいや、気にしてねーよ」と言いながらライルさんの肩をバンバン叩く。
「前回の部隊は残念だったよな。」
と表情が硬くなりながらガジは言葉を続ける。
「俺たちはまだお前のところよりも大きな集落だったから、何とか働き手を全員失わずに済んだんだ。お前のところはライル一人しか男が残らなかったそうじゃねーか。」
男はライルさんの両肩に手をのせながら言った。
心配しているんだろう。そんな感じが言葉の端々から感じられた。
ライルさんはその言葉に応えるように、現状をかいつまんで話した。
そして、守り手が完全にいなくなるので、近くの町まで女子供を避難させたという事も。
「そうか。そっちじゃデッドヘッドが出たか。俺たちのところは大丈夫だとは思うんだが、気を引き締めねぇとな。」
とガジさんが言った後、
「それはそうと、何で子供を2人も連れてきた?実際に戦場に参加するわけじゃねーが、危険だろう?」
そう言って僕とヘレを交互に見る。
「ああ。この2人は、途中で分かれて中央に行くんだ。・・・そういえば、ガジは転移の魔法というのを知っているか?」
というライルさんの言葉に、ガジさんは「うーん?」と腕組をして考えている。
「中央か?喧嘩をあっちこっちに売りまわって、あそこの中は今ごたごたしているはずだぞ?それと、転移の魔法か?うーん。俺は知らねーが、ヤハトの街にいるエイフェという魔術師がいるんだが。そいつなら知っているかもしれねぇなぁ。」
ガジの言葉に、ライルさんは一言「ありがとう」と言い、僕に顔を向けた。
「という訳だから、お前たちは中央に行くのをやめて、ヤハトの街に行け。ヤハトはこの谷の間を抜けた後、東にまっすぐ行ったところにある。エイフェという魔術師だ。忘れるなよ?」
と、僕とヘレの肩にポンと手を置き言った。
「ま、とりあえずこの谷の間を抜けるまでは俺たちと一緒だ。」
ガジはそう言って、僕ら2人を見てニカっと歯を見せて笑った。
とりあえず、僕たちの目的がはっきりしたところで、集団の奥にいる一人の男が立ち上がった。
周りの革で作られたジャケットやら、灰色のシャツやらなにやらというのとは違って、盾の模様が服の前面に描かれた服を着ている。色も鮮やかな青色で、身なりからも高価そうな格好だ。
「さて、みなさんもそろったところで、出発いたします。場所はこの谷の間を抜け、まっすぐ行った第1拠点となります。」
はきはきと全グループに聞こえるように見渡しながら言った。
そして、僕たちは彼の後ろをついて谷の間へ入っていった。
ーーーーーーーーーーーーー
歩いていて夜になった。
盾の模様の入った青い服を着た男が「ここで小休止を取ります。空が少し明るくなり足元が見えるようになったら出発を再開します。」といった言葉を皮切りに、みんながそれぞれの場所で腰を下ろす。
「気温が低いのでこちらの方で暖を作ります。肌寒いと感じたものはこちらへ来てください。」
そう言って、青い服の男がなにやらぼそりとつぶやいた。
直ぐにその男の目の前に大きな炎が上がった。
そして、手荷物から薪を何個もその炎に投げ込む。
驚いた。
今見たのが魔法の一つだろうか?
ヘレも「うわー」とか言っている。初めて見たのだろう。
そして、周りのメンバー全員、そのたき火の前に移動した。
寝る者。干し肉をかじる者。皆腰を下ろしながら勝手にふるまっていた。
戦闘には参加しないと言っても、前回の補給部隊が全滅したのだ。
その事実からか、皆の表情は決して明るいものではなかった。
ガジさんのグループは僕らの隣にいたが、先ほどの出会ったような豪快さは消えて真面目な顔をしていた。
ここにいる全員緊張しているのだろう。会話はぼそりぼそりとしか聞こえてこない。
僕たち3人も、黙ったままじっと座っていた。
周りをぐるりと見まわしてみる。
東京の高層ビルの様な岩肌に左右をはさまれ、その隙間からは星々がのぞいている。
あの中に僕の世界があるんだろうか?
それとも次元がそもそも違うんだろうか。
早く帰りたい。
「エディ」
ライルさんが話しかけてきた。
「この後離れ離れになるが・・・」
ライルさんは簡単にこの後について話してくれた。
ヤハトの街までの事。
これからは俺が教えた狩りの知識を使って、食料を調達したり小銭を稼げとかいう事。
まるで弟子に教えるように、ライルさんは言葉をつづけている。
そんな時だった。
「アレ、何だ?」
後ろの方でそんな声がした。
僕はライルさんの話が途中だったが、ふと気になって後ろを見た。
後ろは2人の見張りが立っていた。
こんなところでも凶暴な魔物でも出るんだろうか?そう思い、ライルさんに聞いてみたら、「いや、しかし何が起こっても良いように用心のためだろう。」と答えてくれた。
そう言われてほっと胸をなでおろす。
補給部隊がやられたというのは、もしかしたらこういう場所で襲われたんじゃないか?という不安があったから、その思いが解消されて安心したのだ。
そうして安堵したとき、後ろの方で「ぐあ!」という叫び声が聞こえた。
直ぐにその後ろで「てきしゅーーーー!」という声。
皆が立ち上がり後ろを見る。
二人のうち一人が倒れ、もう一人は上をきょろきょろと見まわしている。
「あ!あそこ、ぎゃぁぁあああ」
残った見張りの男が、自分たちの進行方向の左の岩肌の上を指さしたとき、男の右肩に矢が飛んできた。
「皆!散りじりになって西の岩肌上を注意!矢が飛んでくる!身を隠せないものは私の元へ!防御をかける!」
青い服を着た隊のリーダーがそう言った。
直ぐに皆が散って、地面に生えるように置いてある岩の陰に隠れる。
「エディ。ヘレ。ここから動くなよ。」
そう言って、ライルさんはぶつぶつと独り言を言った。
直ぐに僕とヘレの周りに風が巻き起こった。
その風でたき火は消え、あたりが真っ暗になる。
僕は何が起きたのか理解も、そして反応すらできず、座ったままの恰好でいた。
ヘレを見ると、立ち上がってナイフのような小さい刃物を右手に持って構えていた。
「ヘレ。お前も動くな。」
ライルさんにそう釘を刺される。
「はさまれた!前後から数十人来るぞ!」
誰かがそう叫んだ。
ダダダダという走る音を暗闇で聞きながら、僕はぶるりと身震いをした。
汗がすごい。
肌寒いはずなのに、体中から嫌な汗が流れていた。
あのデッドヘッドと出会った時と同じ感覚。恐怖だ。
僕とヘレの周りの風をはさむように、前後で戦闘が起こっている。
敵の顔は、犬のような顔をしていた。
遠目でもその異様な顔立ちははっきり見えた。
(なんだあれ?面?)
被り物にしては、全員の顔がずいぶん精巧に作られていた。
その獣の顔をした者たちは、皆戦い慣れているのだろう。そこら中にいる男たちを軽々となぎ倒していく。
それでも、数はこちらの方が多く、敵の攻撃が止まるスキをついてこちらの反撃が入る。
男の悲鳴。絶命したんだろうか。
犬のギャウンというような声。
しばらくそんな音が聞こえた。
ふと、それらが無くなった。
静かになる。
周りにいた人々はみな倒されていた。
前にいたリーダーも見えない。倒れたのだろうか。
犬の顔の者たちはこっちを見ていた。
「来るぞ。」
ふと、近くにライルさんが立っていた。
「あ、あんな数に勝てないよ!降参しよう!」
ヘレがそう言った。
しかし、ライルさんに近寄ろうとしても、先ほどの自分たちの周りに起こった風のようなものが邪魔をする。
はじかれるようにして、僕の隣へしりもちをついた。
「その防壁は、あと残りわずかしか持たない。それに向こうは俺たちを全滅させる気の様だ。」
ライルさんの言葉にハッとして見てみると、後ろから10人。前から6人ほどの犬の顔の奴らが走ってくる。
速い。
あっという間に前から3人、後ろから4人がライルさんにものすごいスピードで近づいた。
僕とヘレの事は気にもせずに、ライルさんを囲む。
ふう・・・とライルさんはゆっくりと息を吐いた。
ライルさんの後ろにいた一人が長い剣で切りかかる。
その動き度同時にライルさんは自分の前に動いた。前の者も切りかかる。
ライルさんはふと横にずれた。横の者は蹴とばそうと動く。
ライルさんは反対側にくるりと回る。
すごい動きだ。
まるで踊っているかのようにライルさんは前後左右に揺れるような動きで敵の攻撃をかわしていく。
ガン!という音がすぐそのあとに鳴る。
後ろにいた敵が吹き飛ばされた。
何をしたんだ?
ライルさんはグルグルと円の中心を動き回っている。
ふと、周りを囲んでいた敵は動きを止めた。
同時にその円をさらに囲むように敵が輪を作り始めた。
2重の輪になっている。
そして直ぐにドドドッという音とともに何人かが悲鳴を上げた。
あっという間に、敵の数が8人くらいになる。
すごい。ライルさんってこんなにすごかったのか。
僕は彼の動きに見入っていた。
不規則に円の中心で踊るライルさん。
敵の円がゆっくりと広がっていった。
その動きに呼応するかのように、ライルさんの動きも広がっていく。
ガツガツという音でさらに3人の敵が倒れた。
その時だった。
一人が僕とヘレに近づいてきた。
剣を振ってきた!
僕はビクッと体を縮こませた。
しかし剣は僕たちに届かず、周りを走る風にはじかれる。
もう一人近づいてきた。
そいつは左手をかざし、何かを言った。
その動きと合わせて、僕たちの周りの風が消えた。
僕はその光景を見ていた。
何もできなかった。
ヘレも動けずにいると思う。
目の前の獣の人は、その後はだらりと両腕を下げたまま膝をついた。
「大丈夫か」
ライルさんだ。
周りを囲んでいた獣人は全員倒れていた。
「だ・・・大丈夫です。」
僕はフラフラしながら立ち上がった。
ヘレも「はい」とだけ言いながら立つ。
「ここを襲ってくるとは・・・。生き残ったのは俺たちだけか・・・。」
ライルさんは周りを見た。
安堵の表情はない。
先ほどまで久しぶりと声をかわしたガジさんも、隊を先導していた青い服の人も。
全員が倒れていた。
僕は恐怖で、地面に倒れる人々を見ることができなかった。
今になって血の気が引いているのがわかる。
寒気がしてきたのだ。
「うぐぅ!」
え?と。何の声だ?と思いライルさんを見る。
ライルさんの後ろから、先ほど飛ばされた獣人がしゃがんだまま剣をライルさんの背を突いていた。
ライルさんは振り向きもせずに、その獣人に剣を突き返す。
「ぐぅぅ」という声とともに獣人が後ろに倒れた。
「ライルさん!」
ヘレは立ち上がり走り寄った。
ライルさんの体にしがみつく。
ライルさんは立っていられないといった感じで、ヘレに寄りかかった。
「最後の最後で油断した。」
そう消え入りそうな声で言った。
「え?うそだ!?あんなにすごかったじゃないか?すごい動きだったじゃないか!?なのに、あんなひと突きでやられちゃうのかよ!」
ヘレが支えながら、叫んだ。
重いのだろう。支えきれずにいるようで、ヘレの体が震えてる。
僕もそれを見て、すぐにライルさんを支えた。
支えて気が付いた。
背中の位置。
心臓のあたりだ。
「ちょっと、立っているのが辛い。ね、寝かしてくれないか・・・」
弱々しい声で言う彼が、先ほどまでとは別人のように力を無くして横になった。
みるみる顔が土気色になっていく。
ヘレと僕はライルさんに近づき、腰を下ろしてぐっとこぶしを握った。
「ヤハトにいるエイフェだ。・・・」
そう言った。
「忘れるなよ?」
その言葉を最後に、ライルさんはぐったりとして動かなくなった。