90.ラッガナイト城塞防衛戦13 ~キメラとの戦い~
「不意を突かれたか。だが、これからはそうは行かんぞ・・・」
首を落とされて地面に倒れる2つの死体を見ながら、合成獣のリーダーは言った。
感情は読み取れない。だが、イッシはその冷静さにこそチグハグさを覚える。
相手は焦っている。そうイッシは確信してほくそ笑む。
合成獣たちの残り8人は、リーダーの言葉を合図に素早く散開し始めている。
先ほどは不意を突くことが出来たが、相手も馬鹿ではない。今後そうした機会を得ることは難しそうだ。勝てないとは言わないが。
イッシ、プルミエ、セルビトラは警戒しつつ敵の出方を見ることにする。
すると間もなく敵が動いた。8体全員が一斉に手を触手のように伸ばし攻撃して来たのだ。
イッシとプルミエはその突きを紙一重でかわす。
逸れた触手はそのまま直進すると、なんと城壁を突き崩した。
「恐るべき攻撃力ですね。まともに受けては無傷とは行かないでしょう」
プルミエが冷静に分析する。
その言葉は彼女らしい皮肉を含んだものだ、とイッシは気付く。
つまるところ、当たれるものなら当ててみな、という挑発なのだ。
だが・・・。
ガシュッ!!
セルビトラはと言うと自慢の出刃包丁で難なくその触手を両断しているのであった。
彼女を起点として、触手が2つに細長く分かれている。
「あの包丁って城にあった普通の包丁だろう? 壁を破壊する程の触手をどうやって切断してるんだ?」
「さあ・・・」
イッシすら驚いている間にも、初撃を防がれた合成獣たちは次の行動に移っていた。
だが、セルビトラの対応に調子を崩されたのだろう。
彼らのうち2人が崩れた城壁に触手を絡め、それを急激な勢いで引き戻し始めたのだ。
体が持ち上がり、空を飛ぶようにしてイッシたちへと凄まじい速度で迫る。
・・・が、それは考えなしの単調な行動だ。
「ふん、くだらない!」
イッシは鼻でわらいながら、急激な勢いで縮まる触手を一本、剣を投擲することで切断した。
「ぐッ!?」
残った片方だけではバランスを欠くらしく、大きく軌道を外した方向に男は飛んでゆく。
と、そこへ待っていたとばかりにセルビトラが包丁を振り上げていた。
「イッシ君、ナーイス!」
彼女が口を開くのと同時に、男の首は胴体から離れる。
どさり、という音とともに死体が大地に転がり、少女が着地した。
もう一人、突っ込んで来た合成獣はすれ違いざま口から触手を伸ばしてイッシを狙ったが、プルミエに難なく切り落とされている。
「げ・・・げ・・・」
舌を切断されたらしく、悲鳴すら上げれない。
宙を舞うというのは途中で軌道を変えられないという拭いがたい難点を伴うのだ。
そうした攻撃をつい出してしまうほど、相手は焦っていたのだろう。
「続けて来ますよ!」
プルミエの言葉通り、合成獣たちは淡々と攻撃を続行してきた。
「仕切り直せばいいものを!」
イッシは鼻で笑う。
決定的な一撃を加えるため、宙を舞った男たちの後ろに隠れていた一人が死角から触手を伸ばした。
ターゲットはセルビトラとプルミエの二人。
どちらも攻撃をした直後のため隙だらけであり、攻撃をかわす術はないはずだった。
「終わりだ」
合成獣のリーダーが感情を窺わせない冷えた声で言う。
彼ら自身には喜怒哀楽といった心はすでに薬と手術によって破壊され存在しない。ただ主からの命令を効率的にこなすだけの継ぎ接ぎだらけの人形だ。
だが、そんな彼らでも時に人間の時に有していた感情を思い出す。そう例えば・・・、
「そんな・・・、そんな馬鹿なッ!!」
そう余りの驚きに慄いた場合などに。
だが、それも仕方なかった。なぜなら、剣を投げ捨てて無力になったはずのイッシが、合成獣たちの必殺の一撃を防いでいたのだから。
しかも、その方法がふざけている。
「素手で・・・受け止めただと・・・」
言葉の通り、イッシは剣を投擲した後にすぐに前方へと突進していたのだ。そして、隠れて接近していた合成獣が触手を放った瞬間、真横からそれを素手で掴んだのである。
「気付いていたというのか・・・。だが、それでもありえん。堅牢なる城壁すら打ち砕く攻撃なのだぞっ・・・!!」
通常ならばイッシの手ごと切り裂く凶刃となるべきものだ。なのにイッシはただ普通に触手を握りしめて平然としている。
「このッ、放せ!!」
彼につかまった男は攻撃が失敗したことを悟るとそこから逃れようとする。
だが、どういった握力をしているのか。触手にめりこんだ指は緩くなるどころか、ますますめり込んで行く。
「や、やめろ! やめてく・・・ぎゃぁぁぁあああああああああああ!」
そして、そのままイッシが力を込め続けると、ついに掴まれていた部分がグシャリとつぶれて赤い血が噴き出した。
「ぐ・・・うぅ・・・」
やっと手を放したイッシからヨロヨロとした足取りで合成獣は後退しようとするが、それを見逃す程、ホムンクルスの姫は優しくない。
イッシの後ろから一本の剣が飛んで来て、その合成獣の顔面に突き刺さったのだ。
男は地面に膝から崩れ落ちる。
突然の出来事であったにも関わらずイッシは特に驚く事も無く、その死体へと近づいた。
そして剣を抜くのと同時に、念のために首を切り落とす。
その剣はもともと自分が最初、投擲した得物であった。それをプルミエが拾って再び投擲した、というわけである。
「ふむ、もっと頑張ってくれなければ面白くないな」
「その通りです。マスターが退屈していますよ? さあ、続きと参りましょう」
彼女は微笑を浮かべながらイッシの隣に並ぶ。
「そうね、この調子でどんどん食材を回収して行きましょう。今日のディナーは楽しみにしておいてね!」
先ほど舌を切り落とされた合成獣の生首を投げ捨てながら、セルビトラもやって来る。
合成獣たちはたちまちの内に半数になってしまった。