9.ミトルシア大陸の北の果てにて
「えっと、それは本当かい。半数が賛成したというのは」
「はい、間違いございません。また残りのホムンクルスたちも、どちらに賛成というよりかは、どうするべきかまだ迷っている、といった状況です」
夕日に照らされてそう言うプルミエは表面上はいつもと同じ冷静な表情なのだが、イッシを見る目が妙に熱っぽい。
だが、彼はそうした様子には気付かずに、先日の熱弁を思い返して、思わず恥ずかしさで内心のたうち回るのであった。
(なんであんな演説めいたことを言ったんだろうか。なんだか異世界に来てからというもの、自分が自分じゃないような時がある。注意しよう。何はともあれ今は・・・)
彼は気を取り直すと、顎に手を当てて現状について考え始める。
(それにしても、一部の戦いを好む少女たち以外は、穏やかなホムンクルスたちばかりのはずだ。だから隠れ住むことを選ぶと思っていたんだけれどなあ)
どうも、数日かけてプルミエが、皆の意見を聞いて回ったところ、約半数の少女たちが自分たちの国を創る意思を表明したらしい。
その時、イッシの言葉をそのまま伝えて回ったらしいのだが、
「そこまでの説得力のあるセリフだったかなあ?」
と彼は首を傾げた。
イッシにしてみれば、彼女たちが一人の人間であり、生き物であることは当然で、そのことを改めて言ったまでなのだが。
「まあ、何にしても自分たちで決めて前に進むというのは悪いことじゃない」
そう考えることにする。
なぜなら、そもそも彼女たちが平穏に暮らす方法は一つも存在しないのだから、どんな手段を選んだとしても、その困難さに変わりはない。
ならば、せめて前向きであるべきだ、というのがイッシの思いなのであった。
なお、少女たちの間で彼の想像だにしない現象が起こっていようとは流石に気づく由もない。
イッシの言葉によって自分たちを一個の生命体と認識した彼女たちは、現状への憤りを感じる者が多数あらわれたのであるが、一方でそのことを気づかせてくれたイッシに対する信頼が、なぜか崇拝の域にまで達しようとしていたのである。
もちろん、その急先鋒とは他ならぬプルミエなのだが。
そんなことになっているとは露知らず、彼は自分の事についても考えるを巡らせる。
「自分が彼女たちに付き合うのはなぜだろうか」
ということについて。
たしかに最初に少女たちの境遇を聞いたときは、なんとか助けたいと思ったし、今でも最後まで面倒をみようとは思っている。
だが、最初は国を興すなんてこと考えもしていなかったはずだ。
それが今や、どうすればホムンクルスたちの国を作れるかをずっと考えている。
もちろん、それしか彼女たちが安心して暮らせる場所を作る方法はないし、何よりも人権を無視しているのはこの大陸の国と人々だ。
正義はこちらにある。
(でも僕は正義のために全てを投げ打つような立派な人間ではなかったはずなんだけどなあ)
そんな違和感と内心で格闘している間にも、優秀な秘書であるプルミエは、彼が先日リクエストしたこの世界の地理について情報整理を完了しつつあった。
「マスター、準備が整いました。いつでも可能です」
そう言うとどこから見つけてきたのかこの大陸の地図を机の上に広げる。
「もう出来たのか。早いなあ」
「はい。かつての軍事拠点であったからでしょう。貴重な地図が運良くいくつか残されておりました。私どもの持つ知識から、国や町の名称を補記しています」
「そうか、この世界はこういう風になっていたんだな」
なるほど本当に異世界だ、と言って、イッシは地図を眺めた。
見たところ世界は一つの大陸らしく、小さな島が周囲にある。だがそれよりも外には何もない、と考えられているそうだ。
とても地球とは似てもにつかない地形である。
「確かこの大陸を名をミトルシア大陸。そして、僕たちがいるのはイブール王国、だったかな」
彼女は頷くと、細かな点について補足してくれる。
「はい。大陸は大きく4つの国に分かれています。私たちのいる古き王国イブール。軍事力の高いバキラ帝国、宗教国ラッテン、商業都市国家アバラマです。それが同じ程度の領地を分け合っているような形でしょうか」
そう言って、それぞれの国の場所を指し示す。
「イブールは古くから続く国ということもあって領地が帝国についで大きいです。帝国はもとは小さな国でしたが、前の皇帝が領地拡大を進めたために、現在では最大の領地を治める国となっております。宗教国家ラッテンは各国に月の女神ラステルをまつった教会を立て、多くの信者を持ち、各国に隠然たる影響力を有しております。彼らの教義にホムンクルスを邪悪とする点があり、明確な敵になりますね。また、アバラマですが、これは利にさとい商人たちが作った国で財力が高いです」
おおよその位置はイブールが大陸の左上で、バキラは右上、ラッテンが左下であり、アバラマが右下となっている。
さて、イッシたちがいるイブール王国に注目してみると、赤い印が付けられている場所があった。
「それが私たちがいる場所です。イブール王国の中でも北の端あたりでしょうか。イブールの首都ラフィアが王国の中央あたりにありますが、徒歩でおよそ1ヶ月程度の距離です」
そうか、と彼は頷く。
「このあたりの領地を治めている貴族がいるはずだがそいつの名前は何という」
「ウェハル家がおさめており、現在の領主は長男のロウビル公爵という男ですね。税の取立てが厳しく、領民からは蛇蝎のごとく嫌われております。領民のことは自分が甘い蜜を吸うための道具としか思っていない、とのこと。しかしながら、狡猾であることと、国王への寄付、まあ賄賂ですね、これを欠かさないために上からの覚えは良いようです。また小心な性格からか常備兵をかなりの数、保有しているとのことです」
かなりの数の兵か、やっかいだな、とイッシは思う。
「ちなみにその規模がどれくらいかはわかるのか」
「いえ、申し訳ございませんが」
とプルミエは頭を下げる。
「セイラム様より賜った知識にはそこまでの詳細な情報はありませんでした。これ以上の情報ということになれば、諜報活動が必要になるでしょう」
ふむ、とイッシは顎をさすると、違う質問をプルミエに投げかけた。
「ちなみにこの国の王の名前は何なんだ?」
「はい、現国王はイブール家の長男、メフィアンですね」
「では、このあたりで一番近い町はどこかな。それなりに発展しており、ある程度流通が活発である方が望ましいんだが」
「それでしたら、歩いて2日ほどの距離にジルムという町があります。人口は1万人ほどで北部ではもっとも発展している場所です。町を治めるのは貴族であるホワン家のディアン。領主より派遣された行政官です」
なるほど、とイッシは了解する。
「では早速のその町に斥候を・・・」
イッシが何かを言いかけた時、いきなりバンッ!という音を立てて部屋の扉が開いた。
そして空間把握のベルデが緑の髪を揺らして慌てて飛び込んできたのである。
「たいへんだー。武器を持った人間たちがねー、50人くらい砦に向かってきてるー」
そう気の抜ける調子で、深刻な情報を伝えてきたのだった。