89.ラッガナイト城塞防衛戦12 ~真実は遠く~
「父上、敵のドラゴンたちが集結するようです」
「ふむ、愚かなことよ。どうやらレッドドラゴンがやられたことで、防御を固めるつもりらしい」
「おかげで、こちらの戦力を集中させることができます。私も出撃します」
サリュートの言葉にロウビルは力強く頷く。
「うむ、敵は図体こそでかいが、それゆえに攻撃は大雑把のようじゃ。街での戦闘は小回りの利くお前が有利。気張るが良いぞ」
「はっ!」
力強く返事をするとサリュートは騎乗し、部隊を率いて駆け出す。
目指すはドラゴンたちが集まる戦場だ。
「死ぬでないぞ、我が息子よ」
ロウビルは祈るような気持ちで遠ざかるサリュートの背中を見送った。
と、そこへ一人の部下が駆け込んで来る。
それはロウビルが放った斥候の一人であった。
いつもは冷静沈着な男であるが、今回は焦った表情を隠そうともしない。
ロウビルの元まで来ると跪く。
「ウェルカか。どうしたのじゃ、そのように慌てて。お主らしくもない」
彼の言葉にウェルカと呼ばれた斥候は、「はっ」と言って頭を下げた。
「申し訳ございません公爵様。ですが、至急のご報告があり戻った次第です」
その言葉に嫌な予感を覚えたロウビルは、「早く申すが良い」と促す。
「はい。ロラ川下流付近の高台に数名の”帝国兵”を発見致しました。断片的ではありますが、会話内容も聞き取っています」
「何と! 恐らくは帝国の偵察部隊じゃな・・・。此度の戦の推移を観察していたという訳か」
ロウビルが素早く察すると斥候は頷きつつ、
「おっしゃる通りかと。鎧にも帝国の紋章がありましたので間違いありません」
と続ける。
ロウビルが見るに、今次の戦いは苦戦こそしつつも、まずまず堅調に推移していた。
確かにラッガナイト城塞の攻略はまだ完了していない。城門には幾つもの口を持つ化け物が現れたという報告も受けているし、また、グラリップ少将に匹敵するほどの射手が敵にいるらしいことも聞いていた。
その上、こちらはこちらで5体のドラゴンが現れ、待機兵との戦闘が始まっている。
こうした展開を完全に予想していたと言えばウソになろう。
だが一方で、ラッガナイト城塞の防御が堅固であることは最初から分かっていたことだ。
何せ自分たちが数十年にわたって王国の安寧を守って来た西方の鎮守府、拠点なのである。
そう簡単に陥落する事が出来ればそちらの方が問題だった。
だからこそ、ロウビルは既に幾つも手を打っている。
正攻法としては城門への波状攻撃だ。
ホムンクルスたちの兵力はたった千程度だと聞いていた。
ならば1万の兵力を有する自軍が交代で攻撃し続ければ、相手の疲弊は免れ得ない、という寸法である。
また、突如現れたドラゴンたちとの戦にしても、街の建物に隠れながら遠距離攻撃が有効であることを確認済みだ。
証拠に既にレッドドラゴンを打倒している。
また奇襲作戦としては自分たちを守らせていた合成獣たちのほとんどを秘密作戦に動員した。
防御を捨てるという思い切った作戦である。
人間には絶対不可能な方法によって城塞内へ侵入させる計画で、だからこそ相手が気付く可能性はまずない。
また、もし気付いたとしても、一旦城内に入り込んだ合成獣を排除することは不可能だろう。
早晩、内側から体を食い破るはずだ。
そして奥の手として、実は城門にはある仕掛けがある。
日の昇っている内は目立ってしまい使えないが、夜陰に紛れて仕掛けを動かす予定だ。
いずれにしても短期的に決着が付く算段である。
だからこそ・・・。
「ふうむ、それでその会話内容というのはどういったものじゃ? すぐに援軍を出してくる様な事はありそうかの?」
そう、帝国からの援軍だけが心配の種であった。
だが、斥候は首を横に振る。
「いえ、奴らはこう申しておりました。『セブパラレス砦攻略にほとんどの人員を取られていて、アケラカ山へ地元の食い詰めどもを向かわせるのが精いっぱいだった。引き続き何とか援軍を要請しているが、すぐには難しいとの回答だった』、と」
その言葉にロウビルは膝を打つ。
「やはりか。アケラカ山にどうやって兵を配備したのかと思っていたが、なるほど地元の傭兵どもであったか。ならば山に詳しかったのも頷ける。じゃが、精々1000の傭兵を集めるので精いっぱいだったようじゃな」
はい、と斥候も頷く。
「ホムンクルスどもを操り城を制圧させることに成功したまでは良かったですが、それを支援するための援軍を出す余裕はないように見えます。早期に決着を付ければ帝国軍の介入の心配はございますまい」
ふうむ、とロウビルは顎に手を添える。
「逆に言えば戦闘が長期化すれば帝国の手が伸びて来よう。セブパラレス砦が敵の大部分を押さえてくれはするが、傭兵なり、西方の貴族どもと手を組むなり、方法はあるからのう」
じゃが、とロウビルはニヤリと笑う。
「そうは行かんぞ、バキラ帝よ。この戦い、早々に決着させてもらおう。今夜の内にものう」
彼はそう言うと、その斥候に引き続き帝国兵たちを監視をするよう指示するのであった。
それら情報が全てタマモのギフトによって見せられた幻であったことにも気づかずに。