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8.それはみすぼらしい砦で始められた

「大変、失礼を致しましたッ!」


そう言って平謝りするのは、結局1時間ほどして料理が届けられるまで指に吸いつき続けたプルミエであった。


「いや、かまわないし僕の方も悪かった。なんだか挑発するようなことを言ってしまって。僕の血は何か適当な容器にためるようにして、それを1000人に定期的に回すこととしてくれ」


彼女は、はい、と素直に頷きつつ、先ほどの血の味が忘れられないのか、イッシの人差し指をちらちらと見つめる。


それに気づかないふりをしながら、運ばれてきた何かの肉を焼いたものに、香草らしきものが添えられた遅めの夕食をとった。


「それで、だ、プルミエ」


食事が一通り片付いてから、イッシはこれからの計画を語る。


「約束した通り、僕は君たちを守りたいと思っているが、それには何通りかのやり方があると思っているんだ。その方法を今日、砦の床をきながらずーっと考えていた」


掃除しながらそのような重要なことを並行して考えていらっしゃったなんて、さすがマスターです、という彼女の言葉を受け流しながら彼は続きを話す。


「だが、今から話すことを決めるのは僕ではない。最後は君たちに決めて欲しいんだ」


なぜなら、これはイッシだけは決められない話なのだから。


場合によっては、少女たち全員の気持ちを聞かなければならないだろう。


「1つは」


とイッシは告げる。


「今のように、人々からかくれてひっそりと暮らすことだ。生き延びるという意味では一番成功率が高い方法だな。森の奥地や、人の訪れない場所をなんとか見つけ出して、そこに拠点を作る。田畑を耕し、放牧をすれば、まあ飢え死にするようなことはない、かもしれない」


なるほど、と彼女は神妙に頷く。


たしかに様々な困難はあるだろうが、成功する可能性は高いと感じる。


「リスクが低く、確実性が高い方法でございますね」


ああ、とイッシは頷く。


「さて、次の方法はどこかの村や町で暮らすことだ。もちろん、迫害を受けることになるし、場合によっては殺されることもあるだろう。だが、人間たちに奴隷のように仕えれば何とか生き延びることも・・・、ってこの方法はもういいか。採用する理由がまったくないな」


イッシは自己完結して言い切る。ただプルミエは、


「マスターに不自由なく暮らしていただくには、そちらのほうがきっと宜しいのですが」


とつぶやくが、彼ははっきりと首を横に振った。


「いや、やめておこう。ここまで君たちに関わった僕だ。あまりに寝覚めが悪すぎる」


そして、少し時間を置いてから、うん、と一度だけ頷くと、


「さて、プルミエ」


と、どこか重々しい声で語りかけた。


とても一介の高校生が出せるような迫力ではなく、彼自身もなぜかこういったことができるのかわからないのだが、もはやこういう態度が自然という気がして来ていた。


「は、はい」


「最後の方法だがな」


そう声をひそめる。


彼女は何か重要なことを告げられるだろうという予感を覚え、その言葉を聞き逃すまいと固唾かたずを飲む。


やがて、イッシの口からある単語が語られたのである。


「国、だな」


「はい?」


プルミエはマスターに対して失礼な口を聞いてしまったと思いつつも、彼が何を言っているのか理解できずに困惑の表情を浮かべてしまう。


だが彼は彼で、そう深いことを考えているわけではなかった。


そうイッシが考えていたのは単純な事実でしかない。それは、


「ホムンクルスの王国を作る。そうすれば君たちが迫害されることも、また理不尽な差別に悩まされることもないだろう」


という事だけなのであった。


だが、やはりプルミエには、マスターの言っている意味を完全に理解することができない。


いや、むしろ、彼女自身が理解することを拒否しているのかもしれなかった。


彼女は頭を振る。


なぜならばそれは、


「私たちに人々を害し、土地を奪い、占領せよ、というのですか」


ということに他ならないからであった。


そう彼女の質問は当然であった。すなわちホムンクルスとは、


「私たちは人に造られた人造生命体です。つまり人とは私たちの造物主。人間に仕えるために生まれてきた私たちが、人に対して弓引くなど許されるのでしょうか」


プルミエは思い悩む。


そうだ、ホムンクルスとは人に造られた存在。


そんな自分たちが人にしいするような真似をしても良いのだろうか。


いや、そんな事をして良い訳がな・・・


「別にかまわないだろう」


彼女のマスターはホムンクルスの禁忌をやすやすと破ったのである。


・・・

・・


やはり、「自分が自分じゃないようだ」と思いながらイッシは話し続けた。


「プルミエ、この世は分からないことだらけだ。僕もそうだ。君に偉そうに確信を持って言えることなんてほとんどない。だが、一つだけ言えることがある」


それはいったい、と戸惑う彼女に、彼は自信をもって告げる。


「相手が言葉をもって接するなら、こちらも言葉をもって接するべきだ。相手がナイフをもって迫るなら、こちらもナイフを持つべきだろう。理不尽や暴力には、同じ手段で対抗しても良い。つまり、環境に適応しろ、ってことだよ。君たちは生き物なんだから」


「生物。わたしたちが、人形ではなく、生き物・・・」


「そうだ」とイッシは大きく頷く。


「ここに来るまでの間、何度か君たちの話す言葉に違和感を覚えていた。そう、自分たちのことを、人形、だと言っていたときだ。だが、君たちは召喚魔法で異世界にさ迷い込んだ僕を何度も助けてくれた。本来ならばどこかで間違いなく野垂れ死んでいただろう僕をだ。そして、何度も笑いかけてくれたし、言葉もかわした。危険も一緒にくぐり抜けた。そんな優しい君たちが、人形であるはずがない!」


その言葉にプルミエはなぜか体が震えだした。


それはとても表現のできない感情の奔流であった。


あえて言うなら自分のいる世界が急速に塗り変わって行く瞬間だった。


そうか、そうだったのですね、とプルミエは呟く。


「私たちは生き物。人形では、ない」


その言葉をプルミエが口にしたとき彼女の意思が急激な変化を起こし始めた。


理不尽には理不尽で対抗しなければいけない。


そういう風に自分たちが生存できる環境を作り出さねばならない。


だって私たちは「ただの生き物」に過ぎないのだから。


相手が害意をもって接するのであれば、私たちも害意をもって事に当たらねばならないのだ。


(なぜ、そんな当たり前のことに今まで気付かなかったのだろうか)


ふと、プルミエは窓ガラスに映る自分の容姿を目に止めた。


はて、自分はこんな顔だったろうか、と違和感を感じる。


なぜならそこに映し出された表情は、いつものと変わらない冷静な表情でありながらも、どこか熱狂じみた炎を瞳の奥に秘め、口元に喜悦を宿した不思議な顔だったからである。


プルミエは視線を目の前の愛すべきマスターに戻す。


そしてその時、再び彼女は天啓に打たれることになった。


(ああ、わたしは何よりも、大きな勘違いをしていたッ!)


そうだ、この世界の人々は神などではなかった。


どうして今まで気付かなかったのだろうか。


「私たちはマスターに見つけてもらう事で生き物になれたのですね。なら私たちホムンクルスの神とはすなわち」


そう言ってイッシのことをずっと見つめていたのである。

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