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79.ラッガナイト城塞防衛戦2 ~悪食のトロペ~

先ほどまで毒矢によって倒れていた少女が立ち上がり、虫の息だった者が目を覚ます。


まさに奇跡の光景と言って良い光景だ。


しかし、そんな風に駆け回る少女たちにも凶刃は容赦なく襲い掛かる。


高所にある屋上とはいえ、相手の飛び道具は絶え間なく放たれているのだ。


数は力。不利な地形を覆すほどの矢や魔法が少女たちに降り注ぐ!


「ご馳走様です!!」


だが、彼女たちが命の危機を感じた瞬間、視界一面に赤い何かが広がった。


そして、気づいた時には敵の魔法や矢は消え去っていたのである。


代わりに「ゲフー」という下品な音を立てながら、一人の少女がたたずんでいた。


いや、それは彼女の口から漏れた音ではない。


その娘の赤いドレスが生き物のようにうごめき、バキバキむしゃむしゃと何かを咀嚼そしゃくする音であった。


そうして、まるで嚥下えんげするかのように、ゴクリ! と大きな音を立てると、満足そうにげっぷをするのだった。


「あ、悪食あくじきのギフト!? トロペさんか。助かった!」


トロペと言われた少女はウフフ、と上機嫌に笑う。


「わたくし達への敵愾心てきがいしんが酸味になって大変美味しゅうございました。ですが、まだまだ空腹は満たされておりません。私を満足させるには、この100倍は持って来て頂きませんと!」


No.0320のトロペは、ともかく何でも食べる、というギフトを持つ少女である。


その容姿は美しく、栗色の髪を背中まで伸ばしていた。


宝石の様な瞳には気品が漂い、まさにお嬢様といった風情だ。


華やかなワインレッドのドレスも見事に着こなしている。


だが、そんな美貌の全てを台無しにするように、少女の着る服は実におぞましい姿をしていた。


そう、そのドレスには幾つもの大きな唇が張り付いていたである。


そして、それが今か今かと口をひらけ、次のエサを待っているのだ!


口の奥には底の見えない闇が広がっている。


「次の一斉斉射、また来ますよ!!」


物見の少女の悲鳴が上がった。


くそっ、と悪態を漏らす周囲とは異なり、トロペは恍惚の表情を浮かべる。


そして周りの少女たちが止める暇もなく、最前線へと躍り出た。


なんと防壁の縁に仁王立ちになってである。もちろん敵からは丸見えだ。


「おい、馬鹿が飛び出して来やがったぞ!」


「撃て撃て!! あの悪魔から殺せ!!」


「ソーサラー部隊も狙え!」


城門前に詰めかけていたロウビル軍は、狙いやすいまとを発見すると、喜んで照準を赤いドレスの少女へ向けた。


「弓兵! 一斉斉射だ!」


「ファイヤーボールを撃ち込め!」


「陸兵部隊はこの隙に梯子を立てかけよ!」


兵たちが口々に叫びながらトロペへと攻撃を仕掛けた。


轟音とともに放たれる凶刃の数々は空を埋め尽くして少女に殺到する。


間違いなく悪魔は串刺しにされ、燃え盛る炎に身を焼かれることだろう。


兵たちはそう確信する。


約束された勝利の光景だ。しかし・・・。


「お、おい・・・、どうしてアイツは何事もなく突っ立ってやがるんだ?」


「い、いや、それよりも俺たちの放った矢はどこ行った?」


「我が魔力の奔流が消え去った。なぜだ!?」


次々に疑問を口にする兵たちに、トロペはドレスをうごめかせながら歌うように言う。


「これはまた濃厚な味わいでした。身を焦がすような熱情が体を突き抜けて行くようです。ですが、少々飽きて参りました! もっと違う味を堪能させてください!」


屋上から意味の分からないことを叫ぶ少女に弓兵や魔法使いたちはたじろいだ。


だが彼らに代わって、城門に立てかけた梯子はしごを上り、陸兵たちがトロペへと迫っていた。


彼女の足元にあるへりに兵の手が掛けられた。


「まあ、次から次へと!!」


トロペが歓喜の声を上げるのと同時に、その男は城壁を登り切る。


そして、目の前のドレスを着た場違いな少女の姿に一瞬驚きながらも、


「ラッガナイトから出て行きやがれ! この悪魔があああぁぁあああ!!」


そう絶叫しつつ、容赦なく剣を突き出して来たのだ。


その一撃は確実にトロペの命を奪わんとするものであった。


狙いは心臓。


躊躇ためらいのない素早い攻撃に少女は体を動かすひまさえない。


ズブッ、と人体が刺し貫かれる鈍い音が辺りに響く。


「ああああぁぁぁああぁああぁあああぁああああああああ!!!!」


そして間もなく悲鳴がこだました。


もちろん、その叫び声を上げたのは・・・。


「美味、美味、美味ですわ~!」


ぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ・・・。


トロペの歓喜の声と肉を咀嚼する下品な音が遅れて屋上に響き渡った。


攻撃は確かに少女の心臓を捉えていた。


突き出された剣はトロペの胸へ深々と突き刺さっていたのである。


それも兵の腕がめり込むほど深くだ。


・・・いや、正確にはそうではなかった。


本当の意味で兵士の腕がトロペの体に飲み込まれているのである。


「はっ、放せ! 放してくれ!!」


「まあ、まあ、そう言わず。遅めのランチをご一緒して下さいな」


「うわあああぁぁああああああ!!」


ガキッ、ゴキっ、という骨の砕ける音を立てながら、トロペのドレスに付いた口が兵の腕をムシャムシャと咀嚼していた。


腕を引き抜こうとしても、とても逃れられない。


いつの間にか生えた鋭い牙が、深く突き立てられていたからだ。

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