78.ラッガナイト城塞防衛戦1 ~聖女たちの戦い~
「よーし! 全体止まれ!!」
ロウビル軍はラッガナイト城塞へと続く長い坂道を前に整列した。
時刻は昼頃。
敵の遅滞作戦によってまんまと一日進軍を止められたが、その分ゆっくり休養を取ることができた。
しかも敵は悪魔たるホムンクルスだ。
自分たちの街を化け物から取り戻すのだと、味方の士気はいつになく高かった。
「公爵様たちが帰って来たぞ!!」
「あの悪魔たちを早く追い出して下さい!」
「良かった。これで街は救われる!」
その上、領民たちはそろって兵士たちの帰還を熱狂的に出迎える。
宗教的に悪とされるホムンクルスへの憎悪は生半可なものではなかったからだ。
明確な悪から故郷を奪還するという実に分かりやすい勧善懲悪の図は、公爵軍の帰還をさながらヒロイックなシーンへと仕立てあげた。
(ふむ、予想以上に味方の士気が高い。これは助かったの)
ロウビル公爵がそうほくそ笑んだのも当然だ。
何せ相手はたかだか1000人のホムンクルスとはいえ、不落の城と言われたラッガナイト城塞に立てこもっている。
10倍の兵で攻撃を仕掛けるとはいえ、そう簡単に攻略できるものではない。
しかも城門へと続く道は一本の坂のみであり、道幅も限られている。
一万の兵を自由に展開し、全方位から攻撃を仕掛けられる訳では無いのだ。
「サリュートよ、分かっておるな?」
「はい、父上。これだけの士気があれば長期戦にも耐えられましょう。強行軍に加えて、街をホムンクルスたちに支配されていると知った時、兵士たちがどんな反応を示すものかと懸念していましたが・・・。杞憂で終わりそうですな。この様子であれば脱走兵はまず出ますまい」
彼の回答にロウビルは深く頷く。
クルオーツも隣から自分の意見を述べた。
「その上、このラッガナイトの街自体が我々に食料や武器を幾らでも供給してくれます。言わば不滅の兵站基地です。幾らでも戦い続けられますぞ」
彼の言葉にグラリップも、がはははは、と豪快に笑って口を開く。
「恐れるべきは帝国の魔法使いだけ、と言った所ですかな。とはいえ、ラッガナイト城塞の堅牢なる門はそう簡単に破れませんぞ。死を恐れぬ猛攻を兵たちに強いることになりましょう!!」
語る内容はこの戦いの苦難を予測したものだが、猛将である男は楽しみだとばかりに気力をみなぎらせていた。
グラリップのまさに猪武者たる表情は他の将たちを一層勇気づけた。
ロウビルはその様子を見て「よし!」と威勢よく言う。
そして全軍に向かって下知をくだした。
「作戦通り、まずはグラリップ少将の陸兵、そしてクルオーツのソーサラー部隊は波状攻撃を仕掛けよ! 弓兵も続け! 相手を休ませず、疲弊させるのじゃ!!」
・・・
・・
・
「うっひゃああああ、大変だあああああああ、大変だああああああああ。ミグが大けがしたぞおおお。首がちぎれかけてるぞおおおお」
「み、み、み、み、みんな、おお、お、お、おおおおお、おち、おち、おちおちおちおちおち!!」
「お、お、落ち着け! 落ち着け! え、え、衛生兵を、衛生兵を呼ぶんだ!!」
「はあ・・・。皆、落ち着きなさい。神様への信仰さえ失わなければ必ず救われます」
回復魔法をギフトとして持つレナトゥスは、青い血を地面にぶちまけた少女の傍に走り寄って手をかざした。
すると、ちぎれ飛びかけていた首がすぐにくっつき、生気を取り戻し始める。
ホッと息を吐きながらもレナトゥスは呟いた。
「しかしまあ、これは実際辛い状況ですね」
彼女は城門上の屋上から押し寄せる敵兵の群れを眺める。
ソーサラー部隊と弓兵部隊が魔法と矢を間断なく放って来ており、今のようなあわや致命傷といったケースが出始めていた。
もちろん、親衛隊のソワンが広域回復帯のギフトを発動しているために、簡単な傷であれば徐々に回復する。
だが、今のような命にかかわるような傷は、レナトゥスのような回復要員が急ぎフォローする必要であった。
「ですが、まあ何とかなるでしょう。皆、散開して神様への信仰を示しなさい」
その言葉に、彼女の後ろについて来ていた9名の少女たちが皆一斉に「はい、聖女様!」と頷く。
彼女たちはもともとマロン、クレール率いる第3魔法師団にいた魔法使いだったが、今回の部隊再編によってアルジェ率いる第1軍の城門守備隊へと編入されていた。
全員が回復系魔法を得意とする少女たちである。
なお、レナトゥスを聖女などと呼んでいるのは、イッシへの深い信仰心を抱く彼女を心から尊敬しているからだ。
つまり、この少女たちもまたイッシへの厚い信仰心を持つ者たちであり、言い方を変えればレナトゥスの布教の成果であった。
イッシは必死に止めさせようとしていたが、それが報われる気配は微塵もない。
「回復ー、回復はいらんかねー?」
「今なら毒から麻痺まで何でも治しますよ~。でも目は勘弁な~」
「目潰しは私の方で担当してま~す! 副作用でちょっとハイになっちゃうのはご愛敬ー!」
そんな調子で次々に負傷者を治療してゆく。
彼女たちの言動はかなり残念であったが、腕は確かであった。