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75.蜃気楼作戦(後)

ははっ、とグラリップは返事をすると、慌ただしく天幕を出て行った。


「父上、我々はどうしますか?」


「今は待機するしかあるまい。それにしても凄まじい矢の量じゃな・・・。しかし、幸いながら敵の弓の腕は良くないようじゃな。見てみてよ、火矢をかなり放って来ておるが、あさっての方向に飛んでおる」


天幕から少し顔を出しながらロウビルは言う。


その言葉にサリュートは頷いた。


「こちらは奴らのように大量の松明をいてはおりませんからね。恐らく我々の場所を正確に把握していないのでしょう。逆に奴らは自分たちの居場所を知らせている様なものです。なるほど、確かに敵は戦略面では大したものですが、戦術面ではお粗末な限りですな」


彼のセリフにクルオーツも同意する。


「恐らく敵の主力はセブパラレス砦に張り付いているのでしょう。そういう意味ではアケラカ山にいるのは帝国の中でも残りカスなのでしょうな」


「そういうことじゃろうの。だが油断は禁物よ。弱兵どもとは言え、奴らの狙いは時間稼ぎじゃ。恐らく守りに徹するぞ。上方じょうほうに陣取った奴らの方が地理的に有利。容易には行かぬと思え」


ロウビルの厳しい言葉に、サリュートとクルオーツは「はっ」と答えるのであった。


・・・

・・


「おお、タマモよ、わらわらと出て来たようじゃぞ。このまま進軍されるのではないかとヒヤヒヤしたがの。まずは成功のようじゃ」


「わらわのギフトが役に立ったようでホッとしたぞえ。奴らにはこちらが1000の松明たいまつを掲げた、間抜けな帝国兵に見えておるはずだ」


アルジェ声をかけられたタマモは微笑んだ。


「実際の人数は100人しかおらんのにな。しかし本当に気づかぬものじゃな。さすがに100と1000では大違いじゃと思うのじゃが。敵の目も節穴じゃのう」


呆れたように言うアルジェに、タマモは肩をすくめた。


「わらわなりに色々工夫をしておるのよ。あえていい加減な場所に矢を放つことで、偽物じゃと確認できんようにしておるとかな」


「そうじゃったの。それにしても、よくそんな悪どいことを考えつくものじゃなあ」


感心するアルジェにタマモは憮然とする。


「せめて狡猾こうかつと言って欲しいぞえ」


そう言って耳をしなだれさせるのであった。


「それはそうとして」とアルジェは話を変える。


「そろそろ作戦を第2段階に移そうかと思っておるが良いかの? 出来るだけロウビル軍を引っかき回さぬといかんからのう」


タマモも気を取り直して口を開く。


「もちろん良いぞえ。というか、後は逃げるだけではないのかえ? ひどく仰々しい言い方をするのじゃなあ」


アルジェは若干、顔を赤らめる。


「やかましいわい! 逃げるのも大事な作戦なんじゃ!」


タマモは「分かった、分かった」となだめるように言う。


結局、彼女たちはそれから30分ほど攻撃を続けた後、接敵する前に山頂の方へと部隊を後退させ始めたであった。


・・・

・・


「父上、敵が後退を始めました」


「そのようじゃな。松明の光が徐々に山頂へと向かっておる。やはり時間稼ぎが目的か。まったく実に狡猾こうかつなことじゃの」


サリュートのセリフにロウビルが答えた。


一方、クルオーツは隣で「いえ」と首を振る。


「きっと愚か者でしょう。見たところ弓兵がほとんどの様子。にも関わらず山頂へ逃げております。このまま追い詰めれば、じきに地形の上下は反転。こちら側が有利になりますぞ」


その言葉に「確かにのう」とロウビルも頷く。


「もともと捨て駒なのかもしれん。腕の劣った弱兵たちの集団じゃ。ていの良い餌だったのかもしれぬな」


「なるほど、時間さえ稼げれば生死は問わぬという訳ですか。こちらとしては無視は出来ぬ状況。それを見抜いての・・・」


「うむ。そういう意味ではやはり狡猾なのやもしれんな。兵の死なせ方をよく理解しておる」


彼らはひとしきり戦況について語り合うと、話題を今後の進軍計画に移した。


今回、グラリップを討伐隊長として2000の兵を向かわせたのだ。しかもその内容は山狩りである。


かなり疲労してしまう事は間違いなく、最低でも一日、兵に休憩を取らせなければ進軍を再開することは難しい。


「グラリップ少将の疲弊した2000を置いて進軍する事も、まあ可能といえば可能ですが・・・」


クルオーツ少将の言葉にサリュートは即座に首を振った。


「馬鹿な・・・。戦わずして2000の兵を失うなど考えられん。他の兵たちへの士気にも関わるぞ」


彼の言葉にロウビルは頷き、


「そのとおりじゃ。もはやこうなっては仕方あるまい。8000で城へ向かうはあまりにも愚策・・・。必勝を期するためにも明日は兵たちを休ませることとしよう」


彼の言葉に反対する者は誰もいなかった。


・・・

・・


やがて明け方近くになってグラリップは兵たちを連れて戻って来る。


だが、なぜか彼は憔悴しきった様子である。


それもそのはず。なぜならグラリップは一度として敵兵と交戦できなかったのだから。


彼はこうべを垂れてロウビルに謝罪した。


「申し訳ありやせん。奴ら結局、一日中、山中を巧みに逃げ回りやがりました。俺たちも全力で追い掛けたんですが・・・。不思議なことに奴らの近くまで行くと、たちまち物凄いスピードで離れやがるんです。また、信じられねえことに、時には追いかけていた方とは反対側にいきなり現れることもありやした。まるで幽霊のようでしたが・・・、恐らくはアケラカ山を相当熟知している連中だったんでしょう」


悔しそうに口にするグラリップ。


だが、討ち取る事こそ出来なかったものの、散々追いかけ回したことで、奴らを山からは完全に追い散らしたようだ。戻ってくる様子もない。


「ただ山中を駆けずり回りましたんで、かなり疲弊しておりやす。すぐの行軍は厳しいですぜ」


「分かっておる。本日は兵を休める。まんまと帝国の作戦に乗るようでシャクではあるがな。なあに、たかだか一日のことよ。むしろ強行軍の疲労を取る良いチャンスじゃ。勝負は明日に持ち越しじゃな」


ロウビルの的確な采配に、部下の将たちは皆、頷くのであった。

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