64.ラッガナイト城塞占領作戦14 ~誠実な外交努力~
今、首を落とした男は、この公爵領の宰相という職にある人間だったようだ。
国政の実質的なトップと言ったところだろう。現にとても偉そうだった。
まあ軍中心の政治みたいなので高がしれているのかもしれないが。
「先程も言ったとおり彼女たちは皆、貴族である。無礼な口を聞けば我が国の法に照らして処断せざるを得ない。こちらは法治国家なのでな。それで、次に偉い者は誰だ?」
だが、文官たちは顔を見合わせるばかりで誰も前に出ようとしない。
どうやら、権限が分かれていて誰が偉いか決めきれないようだ。
「はあ、もう面倒くさいな。まともな話し合いも出来ないとは呆れたもんだ。もういいや、プルミエ」
「はい、マスター」
「城の人間たち全員を、とりあえず地下牢に放り込んでおいてくれ。牢の数が足りないかもしれないが、とにかく詰め込んでくれれば良い」
「承知しましたが、お話し合いはもう宜しいのですか?」
「操り人形を作ろうかとも思ったが、やはり人間を使うというのはいやだな。どうせ裏切る。もう少しそこは合理的にやることにした」
はあ、と首を傾げるプルミエに、イッシは微笑んだ。
「とにかく、この後の防衛戦争に勝ってからの話だ」
「承知しました。では第1軍の手が空いていますのでアルジェたちを呼びましょう」
そうしてくれ、と答えるイッシに「あとそれから」とプルミエは続けた。
「ナハトから至急の報告があると連絡が来ています。何でもケース2に該当する事項とのことです」
彼は驚いた顔をすると、
「君たちの生存に関する事項じゃないか。分かった、すぐに来るように伝えてくれ」
そうプルミエに指示を出す。
彼女は頭を下げると親衛隊の一人にナハトを呼びに行かせた。
・・・
・・
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「そういう事ならナルコーゼをすぐに呼んだ方が良さそうだ」
イッシの前にはナハトと彼女が捕まえたアブニールという名の少女がいた。
少女はかつて人間たちにヴァンパイアと呼ばれたホムンクルスとのことだ。
だが重要なのはナハトからの報告にもあったように、彼女が何十年にも渡り生きながらえているという点である。
「それにしてもアブニール、君は本当にホムンクルスなんだな? 瞳の色が金ではないようだが」
は、はい、と少女はチラチラと上目遣いにイッシを見ながら口を開く。
他人との交流など久しくしていなかった彼女にとって、上位者との会話というのは難しいものであった。
それにそもそも人間に迫害されてきた彼女とすれば、人であるイッシにすぐ心を開ける訳もない。
ないはずなのだが・・・。
「あ、あの王様、やっぱり王様は金色の瞳の方が好きなんですか!」
「へ?」
いきなり自分でもよく分からない質問をしてしまう。
どうにもイッシを前にした時から気持ちが落ち着かないのだ。
「あっ、す、すいません。何でもありません。えっと、目の色は物心ついた時は確かに金色でした。でもある日を境に青色に変わってしまったのです」
「さっき言っていた高熱が出た時だな。ちょうど寿命を迎える頃だとも言っていた。そのことと、君が生きながらえたことに何か関係があると思うかい?」
イッシの質問に少女は「うーん」と頭を悩ます。
だが、何も思い浮かばない。
「すいません、王様。やっぱり思い当たることがありません」
申し訳なさそうにするアブニールにイッシは首を横に振って、
「いや、アブニール。君は僕たちの希望だよ。申し訳ないが一度身体を見させてもらいたい。それによってホムンクルスの少女たちを救う手段が見つかるかもしれないからね」
そう言ってアブニールのそばまで近づくと肩に手を置いた。
「はっ、はい! 粗末な体ではありますが、王様に喜んで頂けるなら全てを差し出させていただきます!」
「い、いや。見せるのはナルコーゼという医者にであってな・・・。ま、まあ良い。よろしく頼むぞ」
はい! と少女が元気よく答える。
イッシは彼女の過去に少し興味を覚えて少し話を続けた。
「だが、ヴァンパイアと誤解されて刺客を放たれていた頃は大変だったろうな」
その質問に彼女は遠い過去を思い出すような目をしながら、
「そうですね。当時は苦労しました。毎日色々な刺客がやってきたのです。騎士に傭兵、賞金稼ぎ、それに魔術師まで。選り取りみどりでしたね」
と答える。
へえ、それはすごいな、とイッシは感心した。
「魔術師まで相手にしていたとは驚いた。彼らは数がそれほど多くないと聞いたけど」
「おっしゃる通りです。私も魔術師に狙われたのは一度だけですね。毒魔法が得意な奴でした。高熱が出たのも傷口からその毒が入ったことが原因だったと思います」
「何だって?」
彼女の言葉にイッシは固まった。
アブニールは急にイッシが無言になったため不安になってオロオロとしだす。
自分が何か彼の機嫌を損ねるようなことを言ったのかと思ったのだ。
だが、彼は何かを考える様にしばらく目を閉じている。
アブニールが何か言おうとすると、脇に控えていたプルミエが人差し指を立てて「しー」と呟いた。
ナハトの方を見ると、彼女も「しー」と同じ仕草で頷く。
アブニールもイッシが口を開くまで沈黙を保つのであった。