62.ミグサイドベリカ防衛戦6 ~反乱軍の逆襲~
「なるほど。ではアブニール様は何十年も生きていらっしゃるのですね?」
桃色の髪をしたナハトの副官セージが質問するとアブニールは素直に頷いた。
「ええ、50年以上は生きてるわ。それくらいまでは数えてたっていうか、何となく覚えてるんだけど、その後は曖昧ね。もしかしたら、もっと経ってるのかもしれけど・・・分からないわ」
「ですが、それが本当でしたらすごい事です。我々ホムンクルスの寿命は10年程度と言われています。人間のように老化するわけでもないのに、ただ動かなくなるのです。何が原因でそうなるかはわかっていません」
「そこに何か秘密があるのかもしれないね。アブニール、君がどうしてそれほど長く生きられているのか、何か思い当たる節はあるかい?」
ナハトの質問に少女は、「そうねえ・・・」と考え込む。
「たぶんだけど、私も一度寿命を迎えた様な気がするの。ちょうど10年くらい経ったある日、体中がばらばらになるような激痛に襲われたわ。手足も動かず、目を開く力もなくなって・・・死を覚悟したのよ・・・でも・・・」
「でも貴女はこうして生きている。なぜなのでしょうか? 何か特別なことがあったのですか?」
セージの言葉にアブニールは首を振り、
「いいえ。思い当たる節はないわね。ヴァンパイアと呼ばれて人間たちが差し向けた刺客に追い回される日々だった。ある意味、単調な毎日でね。日中は逃げ隠れしてねぐらを探し彷徨う、夜は襲撃に怯える、そんな感じよ。おかげで体はボロボロ、傷が元でひどい病魔が私を襲ったわ。高熱が出てね・・・ちょうどその頃ね、寿命が来たのは」
ウーン、とナハトは唸った。
セージも眉根を寄せて首を振る。
「将軍、残念ながら我々の見込み違いのようですね。どうやらアブニールさんの長寿は彼女だけに現れた特別な性質のようです。わたしたちが参考にできる点はなさそう・・・ナハト将軍?」
彼女はナハトの方をギョッとして見た。
ナハトはただ唸っていたわけではなかった。大きく目を見開いてアブニールの顔を凝視していたのである。
アブニールの髪はボサボサで表情すら見ることは出来ない。
辛うじて、くすんだ金髪の奥に鈍い光を放つ大きな瞳がチラリと見えるだけである。
「えい!」
すると何を思ったのかナハトは脈絡もなく手を伸ばすとアブニールの髪を後ろに払う。
「ヒエッ、もう乱暴はやめてくださいお姉様!?」
少女が怯えた声を出すが、ナハトは構わずに彼女の髪を後ろで結えた。
そうして、
「見てごらんセージ。彼女の瞳を」
と言ったのである。
セージもアブニールの方を見て驚いた。
なぜなら、少女の目は金色ではなかったからである。
「なるほど・・・。アブニールさん、これは生まれた時からなのですか?」
セージの質問にアブニールは視線を落としながら、
「ひどい病魔に襲われて自分は死ぬんだと思い目を閉じたの・・・。そして次に目が覚めた時、こうなっていたわ」
そう銀の瞳を瞬かせながら答えたのであった。
「セージ、急いでイッシ様の元に行こう。ナルコーゼと引き合わせるんだ」
「はっ」
セージは頷くと、周囲に向かって行動開始の命令を告げた。
・・・
・・
・
「魂が舞うという黄金郷の神話よ。ミトルシア大陸の北の果てにて死の舞踏を再現しましょう。かつて異教を断頭台にかけた時のように、復讐の蜜を知らしめるために」
ラプソディー率いる楽団は美しく、そして禍々しく合唱を歌い上げる。
それとともに周囲へ黒いオーラが絶え間なく瀰漫して行った。
彼女たちの先頭に立って指揮をするのはネクロマンサーのトートモルテ。
地獄の音楽のメロディにのって、自らのギフトの限界を超えた彼女は、ミグサイドベリカ砦の周囲5キロに渡って死者の復活を成し遂げた。
何十年も前に王国へ反乱を起こし、そして敗北した哀れなる兵たちの死体。
一族郎党は皆殺しにされ、その恨みは骨の髄へと染み込んでいる。
とはいえ長い歳月は死者たちから生きていた時の記憶をほとんど風化させる。
残っているのは死ぬ直前に嗅いだ血の匂いと、自分たちを殺した王国兵への憎悪だけだ。
「さすがラプソディーの音楽。私のギフトだけでは何十年も前の死体を立ち上がらせる事は難しい。なのにアナタたちの冒涜の旋律で死の波動を増幅すれば、召された死者たちすらも復活させられる!」
屋上テラスから周囲を見回したトートモルテは興奮気味に叫んだ。
眼下には土の下から蘇った死者の軍団が隊列を組んで進んで行く。
目指すは敵軍一千だ。
「最高! 最高よ!! 死が世界を蹂躙するわ! 生者が命を疑うわ!! さあ、地獄の亡者たちよ、この世の理を踏みにじってあげて!!」
テンションが上がり続けるトートモルテに小休止のパートの楽団員たちは、
「なんかすごい御機嫌だけど、いつもあんな風なの?」
「しっ、触れちゃだめだよ。戦いになると興奮気味になるんだ。作曲中の楽団長と一緒だよ」
「ああ、だから仲がいいのね・・・」
などとヒソヒソ話すのであった。