51.ラッガナイト城塞占領作戦6 ~寝起きの姫作戦~
「俺は狂っちまったのか・・・?」
敵兵の一人がそう呟く。
それは無理もないことだった。
なぜならば、地面に倒れこんだ死体たちはみんな、自らの剣や槍で己の首や腹を突き刺して自害していたのである。
余りにも奇妙な光景に生き残った数人の兵士たちは、ただただ茫然とするばかりであった。
だから彼らは気づけない。
その腕や手に目に見えないほど細いワイヤーが巻きついていることに。
そしてそれがパラの方に静かに巻き取られて行ったことに。
「うまく行ったでござるな! ”寝起きの姫”作戦!」
嬉しそうに言うエルブにレナトゥスは、
「何でそんな妙な作戦名なのですか?」
と首を傾げた。
「なんか、あれらしいで。プルミエはん寝起きがめちゃ弱いらしいんや。ほんでこの前な、朝ごはんを旦那はんに作ろうとして指切ったみたいや」
「え、まさかそれだけですか?」
レナトゥスが念のため確認すると、ラピッダは「せや」と答えた。
「はあ、こういうことですか? エルブの煙幕で動けなくしてから、パラのワイヤーで操って”自傷させる”作戦だから”寝起きの姫”ってことですか? えーっと、何だか無理がありませんか・・・? まさか普段、神様とずっと一緒にいる姫様を妬んで、この間抜けな作戦名を無理やり付けたのでは?」
その疑問にラピッダは焦った様子で首を振った。
「い、いや、そんなことないでっ! なあっ、エルブ!!」
「もっ、もちろんでござるよ。真面目なパラもそう言っているでござる」
そう水を向けられた彼女は後ろめたそうに目を逸らす。
「ちょ、ちょっと!? ちゃんと話を合わせるでござるよ」
「う、うん。そうだね。連隊長の指示だった気がするよ」
「あっさり裏切ったであります!? パラ、恐ろしい子ッ、であります!!」
だが、そんなやり取りをしている間にも敵兵の一人が迫って来た。
「舐めるなよ、化物風情がっ! 仲間たちの恨み晴らしてくれるッ!!」
そう叫んでレナトゥスへ斬り掛かったのである。
彼女の格好はまさに神官であり、とても戦えるようには見えない。
手に持った装備も杖ひとつだ。
いかにもくみしやすそうに見えたのだろう。
そして、それはある意味間違いではなかった。
なぜならば彼女のギフトとは治癒なのだ。とても敵と戦えるようなギフトではない。
だが・・・。
ドゴンっ・・・!!
そんな地味で鈍い音が聞こえたかと思うと、斬りかかった兵の頭が胴体にめり込んでいた。
そしてそのまま後ろへと倒れこむ。
それをやったのはもちろんレナトゥスだ。
別に魔法を使ったわけでも奇策を弄したわけでもない。
彼女はただ手に持った杖で相手を力いっぱい殴り付けたのである。
「相変わらずとんでもない聖女様やで・・・どんな馬鹿力しとるんや・・・」
「信仰心の成せる技です。私の力ではありません。あなたたちも入信すればこうなれますよ」
「い、いや遠慮しておくよ」
パラが冷や汗をかきながら首を横に振った。
「レナトゥスの信仰している神様って、本当に殿なのでござろうか・・・。なんだか別人のような気がするでござるが・・・」
そんな会話をしている内にカーネが生き残りの兵士たちをあっさりと始末する。
「連携さえ崩れれば恐るるに足りず、でありますね。さあ次の獲物に向かうのであります」
「ああ、その前に皆さん、私の前に来てください。今のうちに回復しておきますから」
レナトゥスの言葉に4人が集まった。
彼女が皆に手をかざし、
「いと賢き神の元に穏当なる調べをもて魂の摩耗を再生したまえ」
と唱えると、たちまち少女たちの身体から傷や疲れが消えた。
「ソワンはんの全体回復も悪うないけど、やっぱレナトゥスはんのは違うねえ。こう身体の芯からポカポカしてくるっちゅうか、ほぐれるっちゅうか」
「君は一体何歳なんだい? まあその通りなんだけど。僕も繊細なワイヤー裁きで疲れてた指が完全に回復しているよ」
「それがしも右に同じでござる。これならまだまだ火遁の術を連発できるでござるな!」
エレブの言葉にカーネは慌てながら、
「狭い通路でそれ禁止であります!! 陛下いわく、狭い場所で火を使うとサンソというのが不足して、窒息死するそうでありますよ!?」
「おおっ、そうでござったな。では水遁にするでござる。なあに、それがしに掛かればどのような術も思いのままでござるよ」
「それだと結局、私たちが呼吸できないという点で一緒なのでは?」
レナトゥスが冷静にツッコミを入れた。
と、そこでカーネが急に声を張り上げる。
「すごい勢いで気色の悪い匂いが近づいて来るであります!! ラピッダ、全員を連れて緊急後退!!」
その言葉が彼女の口から出た瞬間、5人の姿がそこから消えた。
ラピッダが他のメンバーを抱え、風よりも早い速度で移動したからである。
次の瞬間、今まで彼女たちがいた場所に壁を突き破って醜悪な怪物が転がり込んで来た!!
「待つのであーる!」
「終局」
そんな姉妹のホムンクルスたちの声とともに。
・・・
・・
・
時間は少しさかのぼり・・・。
『こういうことです!』
部下の報告に、マロンとクレールは顔を見合わせて思わず溜め息を吐いた。
目の前に現れたのは巨大な人型の化け物である。
おそらくクルオーツたちが作った合成獣の一つだろう。
だが、その姿はあまりにも醜悪だ。
体躯は人間の数倍はあり、頭部は極めて肥大化している。
体躯は人間の数倍はあり、頭部は極めて肥大化している。
顔のほとんどを鋭い歯を並べた口が占めており、対象を捕食する獰猛な意図を隠そうともしない。
目は飛び出すように付いていて、グロテスクにギョロギョロと周囲を見ていた。
体には幾つもの縫合跡がある。数え切れない程の種を掛け合わせた跡なのだろう。
だが、その融合はうまく行ってはないようで、身体は傷んだ内臓のようにドス黒く変色していた。腐りかけている証拠だ。
「ううーん、見るに堪えないのである。どうやったらここまで勘違いした作品を作れるのであーる?」
だがマロンはその恐ろしい怪物を目の当たりにしても、ひどく冷静な感想を口にするだけであった。