50.ラッガナイト城塞占領作戦5 ~カーネ連隊の華麗なる活躍~
「それから、ソワンも本当に良くやってくれたな。おかげで今のところ、こちら側の死者は0だ」
そう言ってイッシが振り向くと、一桁ナンバーを持つNo.0003ことソワンが目を閉じてフワフワと宙に浮いていた。
背中からは白い小さな翼を生やし、頭上には天使の輪っかを浮かべている。
礼を言われた彼女はイッシの近くまでゆっくりと飛んで来くると、当然のように頭を差し出した。
彼が「お前もか・・・」と言いながら撫でると目を閉じたままニコリと笑う。
そして、頭上の輪っかを明滅させながら照れたのであった。
彼女のギフトとは広範囲における味方を徐々に回復するというものである。
重症であっても時間さえかければ治すことができる。
無理なことと言えば死者を蘇らせることくらいだ。
「さて、この玉座の間には文官どもが隠れているようだ。ひとつ話し合いと行こうじゃないか」
「・・・ですがマスター。人間である彼らが私たちとの交渉に応じたりするでしょうか。あまり上手く行くイメージが持てないのですが・・・」
プルミエの不安そうな声に、イッシも「うーん」と唸った。
「まあ、あまり考えても仕方ない。誠心誠意、話し合えばきっとわかってくれるさ!」
そう言ってイッシは玉座の間に通じる扉を開いたのである。
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「カーネ連隊長! そっち行ったで!!」
「分かっているであります! これくらいの弓なんでもないであります!!」
ラピッダの言葉に彼女はすぐに反応して振り向いた。
と同時に勢いよく飛んできた矢を次々と剣で叩き落とす。
長い渡り廊下で待ち構えていた敵の混成部隊の抵抗を撃滅すべく、カーネ連隊は果敢にも突貫攻撃を仕掛けていた。
だが、相手は20名程度と数こそ多くないもののコンビネーションが上手く、なかなか決定打を与えることができない。
「なかなか粘るね、彼ら。このままだと硬直状態がしばらく続きそうだ。僕としては別に構わないけど・・・」
「何を言っているのです。神様への信仰心が問われる時ですよ?」
ワイヤーをクモの巣の様に広げ矢を防ぐパラに、うしろに隠れていたレナトゥスが反論した。
「けど、そう言ったかてどないするん? 無茶して死んでもうたら元も子もないで? 旦那はんの至上命令は生還なんやさかい」
目にも止まらぬ速さで移動しながら敵にヒット・アンド・ウェイを繰り返していたラピっダも、いつの間にかパラの隣に立って意見を述べた。
「ええと、ではそれがしに妙案があるでござる。試しても良いでござるか?」
クナイで矢を払い落としながら、隠密のエルブが皆へと問いかけた。
「了承であります。このままでは他の部隊に遅れをとってしまうのであります。エルブ妙案とは例のアレでありますね?」
「まさしく! 名づけて”寝起きの姫”作戦!!」
彼女はそう叫ぶと同時に、どこからか拳ほどの大きさの球体を取り出すと勢いよく地面に叩きつける。
その瞬間、黒煙がものすごい勢いで広がり、敵味方の区別なくすっかりと廊下を暗闇で覆ってしまった。
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妙な黒装束姿のホムンクルスが地面に何かボールのようなものを叩きつけると同時に黒煙が広がり、辺りは一瞬で暗黒に包まれた。
だが、混成部隊の兵士たちはこれを見て思わずほくそ笑んだ。
(馬鹿な奴らだ!! 焦ってイチかバチかの博打に出やがった。こっちの目も潰れるが、それは奴らも一緒! 慌てずに対処すれば有利なのは防御側のこちらだ! ククク、戦争では焦った方が負ける。所詮は化物の浅知恵だったな!!)
兵士はこれを最大の好機ととらえて、油断なく周囲を警戒する。
少女たちが近づいてきたところを見逃さずに仕留めるつもりだ。
だが、それは何の前触れもなく彼らを襲った。
「うげ!?」
「ぐぎゃっ!? なっ、なんで勝手に!?」
「ぐああぁあぁああぁああ!! 腹がッ、腹が!! 医者だッ、医者を呼んでくれええええっ!!」
兵たちの何人かがいきなり絶叫を上げたのである。
「てっ、敵か!? だが、何の気配もなかったぞ!?」
「お、おい、どうした!? 何があったんだ! クソッたれが! 暗くて何も見えねえ!!」
そう慌てふためいている間に、またも他の兵士たちの口から苦痛の声が漏れる。
「なんで!? どうしてだよ!! 俺の手なのに!? ダメだ! やめろ! 首が取れちゃ・・・」
「ど、どうして俺、・・・が・・・勝手に・・・。は、早く抜いて・・・ぐげ」
そんな得体の知れない断末魔を上げながら、次々と地面に人が崩れ落ちて行く音が響いた。
「くそっ、何だってんだ!?」
そうした混乱がしばらく続いたが、やがて黒煙が晴れて来る。
だが、そこには異様な光景が広がっていたのである。
「な、何なんだよ、これはッ!?」
敵兵たちは自分たちを傷つけていた者の正体を知って愕然とする。
それはホムンクルスの化物たちではなかったのだ。
いや、それは当然であった。
なぜならば、彼女たちは煙幕が張られている間、一人として敵兵に近づかなかったのだから。
「俺は狂っちまったのか・・・?」
敵兵の一人がそう呟く。
それは無理もないことだった。
なぜならば、地面に倒れこんだ死体たちはみんな、自らの剣や槍で己の首や腹を突き刺して自害していたのである。
余りにも奇妙な光景に生き残った数人の兵士たちは、ただただ茫然とするばかりであった。