49.ラッガナイト城塞占領作戦4 ~キメラ~
「これはなかなかひどい有様なのであーる」
「醜悪」
ラッガナイト城塞には少し離れた場所に魔法研究所が建設されており、そこでは日夜クルオーツ率いる魔術師たちが怪しげな実験を繰り返していた。
それには勿論、人体実験も含まれており、どこからか攫われて人間たちの変わり果てた姿がそこにはあった。
無論、女子供もいる。
彼らは額からゴブリンの角を生やし、肩甲骨からはガーゴイルの翼を生やしていた。
あるいは、首から上だけが人間で、四肢はオークという者もいる。
他にも多種多様だ。
だが、姉妹のホムンクルスたちは嫌悪を感じこそすれ驚きはしない。
そもそも魔術の神髄とは常識の外にあるものだ。
魔術の権化とも言うべき魔将軍の片翼、茶色の髪をした妹マロンは何でも無いといった調子で口を開いた。
「合成獣の実験をしていたようである。ただ、どれも成功はしていないようであーる」
その言葉に、もう片翼の姉クレールは水色の髪を揺らして淡々と答えた。
「至極当然。相克する魂を無理に融合しようとしている。センスが皆無で発想が原始的。生と死、光と闇を別の属性と勘違いしている証拠。命とは魔力。魔力とは単なる波長」
魔術師たちが何百年にも渡り探求する真理をサラリと口にした彼女は室内を見回す。
書架に並ぶのは古の時代に記された呪いの書であり、棚には赤や緑といったおどろおどろしい色の液体が入った瓶が幾つも並ぶ。
机の上には新しい魔法理論が書きなぐられた羊皮紙が幾つも散らばっていた。
いずれも赤い塗料が使われているようだ。
おそらくは哀れな人間たちの血液が使われたのであろう。
「呪詛を増す方法としては堅実」
「ただ、憎悪だけでは純度不足なのであーる。ちゃんと星辰の運行と正しい呪いの理論を踏まえなければ意味がないのであーる」
そう言うと彼女は近くにあった羽ペンで羊皮紙に何事かを書き加えた。
数字で3・1・5と書かれた部分を9・3・2と修正する。
「これで術式としては最低限の形にはなったのである。けど、他の部分が酷過ぎるのである」
「最初からやり直した方が賢明」
ちなみにこの魔法理論はクルオーツらが10年もの歳月をかけ、苦心した末にやっと生み出した新魔術なのであった。
「おそらくは失敗作が集められた部屋なのである。それよりも部下たちがそろそろ戻ってくるのであーる。誰もいないようなら制圧して今後使用させてもらうのであーる」
「名案。見たところ得るべきものは絶無。なれど建物自体は良質」
などと姉妹が呑気に話していると、部下数人が向かった部屋の方から、ズガアァァァアアン! という爆音が鳴り響いた。
そしてすぐに「ゴ・・・ロ・・・ズ!! グオオォオォオォォオオン」という獣の様な咆哮が聞こえて来たのであった。
何だ何だと姉妹が顔を見合わせている内に、部下たちがドアを蹴破るようにして戻って来た。
「しょしょしょしょ将軍!! 大変です!! 部屋の奥に一匹、すごい化け物がいまして!!」
「へ、変なところはどこも触ってないんですよ?」
「そそそそそうです! ちょっとガラスカプセルに入っていたから、ノックしてみただけなんです。そしたらいきなり目を覚ましてましてですね!!!」
「ああ、もう!! お前たち少しは落ち着くのである!! 要するにどういうことなのであるか?」
そうマロンが叫んだ時、ドアばかりか周囲の壁すらも破砕するようにして巨大な人型の化け物が姿を現した。
その姿はさっき見たどの合成獣よりもよほど醜悪である。
体躯は人間の数倍はあり、頭部は極めて肥大化している。
顔のほとんどを鋭い歯を並べた口が占めており、対象を捕食する獰猛な意図を隠そうともしない。
目は飛び出すように付いていて、グロテスクにギョロギョロと周囲を見ていた。
体には幾つもの縫合跡がある。数え切れない程の種を掛け合わせた跡なのだろう。
だが、その融合はうまく行ってはないようで、身体は傷んだ内臓のようにドス黒く変色していた。腐りかけているのだ。
『こういうことです!』
部下の魔術師たちが声を揃えた。
彼らのあんまりな報告に、姉妹は顔を見合わせて思わず溜め息を吐いたのである。
・・・
・・
・
「マスター、この先が玉座の間のようです」
「うん、そうみたいだ。抵抗はあったが大したこと無かったな」
彼がそう言って後ろを見ると、数百人の人間たちが廊下に倒れていた。
襲いかかってきたのは剣士、槍兵、魔術師などの混成部隊であったが、イッシを含めた11人の親衛隊は特に苦労なく突破した。
「フェアン、広域念話帯のギフトはまだ保ちそうか?」
イッシの後ろでギフトを発動し続けているNo.0600のフェアンは「ハッ、問題ありません!」と力強く答えた。
長い黒髪の大人びた表情をした少女で、顔つきも凛々しい。
「すまなかったな。どちらかと言えば君のギフトは兵站向けだったと思うが、今回の作戦には不可欠だったんだ。許してくれ」
そうイッシが謝ると、「そっ、そんな恐れ多い」とたちまちアワアワと慌て出した。
「このような名誉な職につけて頂いたこと、私の人生で最良の日です。それに元々私は剣が得意ですので心配には及びません」
彼女は自信に満ちた顔でそう言うと、イッシはさもありなん、とうなずいた。
なぜなら、後ろに倒れている人間たちの1割くらいは、このフェアンがやったものなのである。
彼女は疾風のように駆け、人の目では捉えられない速度で太刀を振るう。
敵兵はかまいたちに遭遇したがごとく一瞬で切り刻まれ、屍を晒して行ったのであった。。
はっきり言って、剣技がギフトと言われても納得してしまうほどだ。
だが、彼女の真のギフトはそれではない。
この戦争を支える情報通信網そのもの。
念話による集団通信を可能にする、広域念話帯ことそが彼女のギフトであり、剣は・・・ただの趣味らしい。
なお、この戦いにおいてイッシとプルミエはほとんど直接手を下していない。危険そうな相手が現れた時だけ介入していた。
戦いは親衛隊の少女たち任せている。
これはもちろん彼女たちにより多くの実戦を経験させるためであった。
「それから、ソワンも本当に良くやってくれたな。おかげで今のところ、こちら側の死者は0だ」
そう言ってイッシが振り向くと、一桁ナンバーを持つNo.0003ことソワンが目を閉じてフワフワと宙に浮いていた。
背中からは白い小さな翼を生やし、頭上には天使の輪っかを浮かべている。
礼を言われた彼女はイッシの近くまでゆっくりと飛んで来くると、当然のように頭を差し出した。
彼が「お前もか・・・」と言いながら撫でると目を閉じたままニコリと笑う。
そして、頭上の輪っかを明滅させながら照れたのであった。