46.ミグサイドベリカ防衛戦1 ~そして歴史は繰り返される~
「うーん、ますたー、もうのめませんー、あしたーまたーおねがーいしーます、ムニャムニャ」
「ベルデ、良さげな夢を見てるッスねえ。かあッ!、あやかりたいっす!!」
「人の夢にまでたかるんじゃないの!!」
フォルトウーナロッソが思わず突っ込んだ時、ビクリ、とぐっすり眠りこけていたベルデの肩がふるえ、すぐに、ガバリ! と音を立てて体を起こした。
「ほら、みなさい。あなたたちがうるさいからベルデが起きてしまったわ」
ビブリオテーカが非難するように言う。
だが、ベルデの様子は睡眠を邪魔されただけとは思われない異様な様子であった。
幼い顔ながらも厳しい眼差しで宙を睨んていたのである。
そして何を思ったのか突然、「ちょーこーいきー、くーかんはーく、そりゃー!」と、本人は大真面目に、だが気の抜ける声を上げてバンザーイをしたのだった。
「ちょ、ちょっとどうされましたの、ベルデさん? 夢見でも悪かったかしら?」
そう言って背中をさすり始めるマリゴールドだったが、それに構うことなく、しばらく彼女は何かを計算するかのように黙り込んだ。
そうして数十秒が経過した頃、やっと口を開いたのである。
「てきしゅー!てきしゅー!かずはー、およそー、いっせーん! てきのー、べつどーたいとおもわれるー! ほういはー、きたにー、1キロー! あとすうじゅっぷんで、せってきー!!」
その唐突な言葉に周りの少女たちは一様に『はい?』と口にしたのだった。
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ロウビル公爵軍の幹部たちは一様に驚愕した表情でその報告を聞いた。
「馬鹿な!? 城塞内に攻め込まれているだと!?」
大将のサリュートはその情報にただただ信じられないという気持ちであった。
城の状況は狼煙をいくつか中継する事によって、数十分足らずでこの場所に届けられる。
もしもこれが本当ならばすぐに引き返さなくてはならない。
だが、ここは既に城を発って7日の地点だ。
幾ら急いだとしても帰城に3日はかかるだろう。
「じゃが、本当なのか!? 敵の策という線はないのか!?」
元帥であるロウビル公爵が唾を飛ばしながら叫ぶ。
常識で考えればその公算が一番大きい。
時間は敵側に有利な政治的状況を醸成するからだ。
だが・・・。
「いえ、間違いないようです父上。狼煙には我らにしか分からぬ符丁を紛れ込ませています。今回のは確かに城塞からの危急を知らせる一報と見て間違いありません!」
「ぐうぅぅぅうううぅうう、おのれ帝国め!! ジルムの町のホムンクルスどもは目につきやすい囮と言う事か!!」
そう叫んでロウビルは立ち上がった。
「まずい! まずいぞ! 手薄になった城を落とすことこそが奴らの狙いよ!!」
ですが、と一人の将から声が上がった。
「実に不思議でございますな・・・、我らの防諜をかいくぐり、一体どこに兵を隠しておったのでございましょうか・・・」
そうしわがれた声で言ったのはソーサラー部隊を率いるクルオーツ少将である。
彼は帝国の裏切り者ということもあり、多少はかの国の軍事に通じてはいる。だが、城塞都市を占領できるだけの兵を秘密裏に隠しておくような手腕が帝国にあるとは到底思えなかった。
(それに、城塞は別にからっぽだった訳ではないのだぞ?)
いちおう信頼のおける兵が1000はいて、その上、堅牢なる城壁も存在しているのだ。
彼らが扉を決して開けず堅実に籠城を行えば、数週間は持たせられるはずなのである。
だが、既にその防壁は破られ、城内への侵入を許しているという。
(どんな魔法を使ったというのだ・・・。まさか内通者でもいたというのであろうか?)
「ですが元帥殿! ここで考えていても仕方ありやせんぜ!! 俺たちが敵にしてやられたのはどうやら間違いないみたいだ。ならやることは一つでしょうが!!」
そう叫んだの陸兵を率いるグラリップ少将である。勇猛果敢な将であり、実戦での爆発力は他の追随を許さない。
単細胞ではあるが、その気迫に富んだ声は戦場では重要なものだ。
武で成り上がったウェハル家の将として相応しい男であった。
その言葉を聞いて、ロウビルは力強く頷く。
(そうだ、まだ負けた訳ではない。我らウェハルは長年、王国の安寧を担ってきた由緒ある家柄。たとえこの身が砕け散ろうとも只では死なぬぞ!!)
ロウビルはそう決意すると、たちまち全軍に力強く下知を下した。
「ジルムへの進軍を中止!! ラッガナイト城塞へと進路を取れッ!! また、王にもこの事態を知らせるよう至急使いを出すのだ!! もはやウェハル家の中だけに留められる問題ではない!!」
『おう!!』
という掛け声とともに全軍が転進の準備に掛かる。
「ところで父上、別動隊のアギレスはいかがいたしますか? 秘密裏に先行させたこともあり、既に戦闘が始まっているやもしれませぬ」
その言葉にロウビルは「ううむ」と少しばかり考えると、
「いや、呼び戻しても、どのみち城塞での戦いには間に合わぬ。ならば、ホムンクルスどもの追撃を受けぬためにも、奴らの兵站拠点を引き続き攻撃させることとしよう。挟撃されることだけは避けねばならぬのでな」
元帥の的確な判断にサリュートや他の将たちも納得したのであった。