43.そして始まる新たな戦争
「ミグサイドベリカ砦か。懐かしい響きよの」
部下からの報告に、「これで決まったな」と納得の色を示したのはロウビル公爵である。
かつて帝国が王国の貴族をそそのかし、反乱を誘発した際に使われた敵側の砦であった。
何十年も放置されていたようだが、どうやらまた帝国側の砦として利用されていたらしい。
ロウビルも若い頃にその戦いに参加している。まだ父が存命の頃であったが。
「すっかり忘れておったわ。こんなことであれば潰しておけば良かったの。とはいえ、帝国が砦を拠点に此度のホムンクルスの反乱の準備を進めていたことは間違いないようじゃ」
その証拠に砦は最近使われてた形跡があるという。
あの砦の場所を知る者は少ない。それこそ王国の重鎮か、もしくはかつてあの砦を使い反乱を起こした関係者・・・。
「その上、部下からの報告では補修跡もあったようじゃ・・・つまり・・・」
準備だけではない。この後も何かに使用する予定があるということだ。
恐らくは今回の反乱における重要な駐屯地の一つなのだろう。
確かに考えてみればジルムの町は塀も何もなく防御には不向きだ。
敵からの攻撃を受ければひとたまりもない。
特に兵站部隊などはそうである。
「なるほど、兵站部隊の拠点として利用するつもりじゃな。あとは、奴ら攻城戦を仕掛けるつもりのようじゃが、それが失敗した時の逃げ込み先と言ったところか」
やや前線との距離が伸びてしまうことになるが、兵站は戦場における生命線。リスクを低くするための戦略的判断だとすれば納得できる。
何よりも、敵にしてみれば今回の反乱は勝つことよりも、むしろ長引かせて王国側の不和や内乱を起こす事こそが目的だ。
ならばミグサイドベリカ砦に兵站部隊を残すことは長期的にも合理的と言えるだろう。
「見事じゃな、バキラ帝よ。まさに謀略のお手本のような一手よ。じゃが、このロウビルがおる限り王国の安寧は揺るがぬッ・・・!」
そう言って彼は、新たな指示をサリュートへと下したのであった。
・・・
・・
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「第1軍団長は前へ」
「わかったのじゃ!」
イッシの声を受けて前に進み出たのは美しい銀髪をなびかせた幼き少女、死神アルジェである。
場所は役所にある大講堂だ。
「次に第2軍団長は前へ」
「僕だね。了解だよ!」
次に漆黒のナハトが元気よく前に進み出た。
彼女たちの後ろにはそれぞれ399人のホムンクルスの少女たちが控えている。
「うん、君たちを軍団と呼ぶのはそれぞれの戦闘力が一騎当千と確信しているからだ。死者が出ないように努めよ」
「はいっ!!」
「よし!! 次に第3師団長は前へ」
「はいっ、なのである!」「前進」
次に進み出たのは、魔将軍のマロンとクレール。
彼女たちの後ろには選ばれた98人の少女たちがいた。いずれも魔法の素養の高いものたちだ。
「うん、君たちは師団とするが、あくまで戦力規模を換算したものだ。第1軍団長、第2軍団長とは同格である」
「お気遣い無用なのであるマスター殿。このマロン、至上からの下知を喜ばぬような女ではないのであーる!」
「イッシからの心遣いは受領。その御心に報いるよう必ずや結果を奉じる」
「ああ、まだ魔法の使用に不慣れな者も多い。導いてやってくれ。では次、親衛隊長のプルミエ、前にでよ」
「はい、マスター」
進み出たのは、元帥であるファーストナンバーを持つ青色の少女、プルミエである。
何がそんなに嬉しいのかニコニコと微笑んでいる。
「僕の親衛隊隊長として傍にいるように」
「はい! 喜んでッ!!」
彼女は感極まったように返事をする。
プルミエの後ろにも他の親衛隊のメンバーが9名控えていたが、彼女と全く同じ表情をしていた。
「う、うん、励んでくれ。さ、さて、兵站部隊」
『はいっ!!』
ベルデ、フォルトウーナロッソ、アマレロ、マリゴールド、スミレが声を揃えて返事をする。
「お前たちには兵站部隊を率いてもらう。決して攻撃の届かない遠方からギフトによる支援を行え。まあ、戦闘が出来なくもない君たちだが、本格的な戦闘となれば難しいだろう。前線の死傷者が0になるようにそのギフトを振るえ!!」
『了解ですっ!!』
彼女たちの後ろにいた85人の少女たちも声を揃えて返事をした。
「なお、兵站部隊の待機拠点については計画の第1段階時点ではジルムの町を考えていた。しかし、これを変更する。諜報部隊からの情報では、そろそろ恐怖で縛り付けていた町人たちが反乱を起こしそうな雰囲気とのことだ。そこで兵站部隊は一旦、安全な場所・・・あの最初の砦まで移動してもらうことにする。第2段階時点では呼び戻すのでそのつもりでな」
兵站と言っても本来の役割である糧秣の確保は、イッシの血を貯めた物を回せば事足りる。また武器もそれぞれのホムンクルスがそのギフトに応じて所持していることが多い。
兵站部隊が確保すべき物資は少なく、いずれも町から徴用することで足りてしまった。
このような経緯から、兵站部隊の役割は食糧確保という本来任務ではなく、完全に諜報や謀略、奇計といった側面に偏っていたのである。
従って、彼女たちは必ずしも前線に張り付いている必要はないのであった。