39.夜明けは近い
「ん?」
ロウビル公爵はふと人の気配を感じて目を開けた。
戦士たる腕はなまっているとはいえ、勘はまだまだ生きている。
彼はいつもベッドに忍ばせている剣を抜刀した。
もしも敵がいれば一撃のもと叩き切る。
公爵は油断せずに寝室のドアを少しばかり開けた。
なぜか甘酸っぱい花の匂いがして、人の気配が漂っているような気がする。
だが、室内に誰かが潜んでいる様な気配はない。
(まさか何者かに侵入されたというのか!?)
ロウビルは少しばかり狼狽すると部屋の外へと出る。
すると見張りの兵が一人、ドアの前で立哨していた。
サリュートに命じられてロウビルを守っていた兵である。
「おお、見張りご苦労。ところでこの部屋に入った者はおったか?」
その言葉に兵士は首を振って否定した。
「いえ、サリュート様に命じられてから半時間ほどここにおりますが、ネズミ一匹通してはおりません!」
「そうか・・・。いや、ご苦労。このまま警戒を解かぬように」
「はっ!」
ロウビルは寝室へと戻ると目を閉じながらため息を吐く。
「もう年かのう。この部屋には窓もなく、隠れる場所すらない。侵入者がいたとしても見張りの者が全く気付かないなどという事はなかろう。そもそもこの城の塀を越え、数多の警戒網を突破することなど不可能じゃ。それこそ透明になるか、兵士に化けるかなりせんとの。いやそれだけでも無理かの。いっそ瞬間移動でもできれば、もしかすれば可能性があるかもしれんが」
そこまで呟いてから、彼は「バカバカしい」と言って自嘲気味に笑った。
「滑稽なことよ。そのような慮外なことがあるわけがない。やはり老いて気が小さくなったのだなあ」
そして、「早くサリュートに跡目を譲ろう」。
そう決意して、今度こそ彼はぐっすりと寝室で眠ったのであった。
・・・
・・
・
「あ、危なかったわ」
白髪の少女が青白い肌を更に青くして大きく息を吐いた。
その言葉に同感だ、とばかりに他の3人も頷いた。
「あのロウビルさんという方、只者ではありませんでしたわ。私たちの気配に気づいてすぐに起き出して来たのですから」
「あれは私でも戦ったら負けるかもしれないッスね。そこそこの相手なら勝てるんスけど、あれはちょっと分からないっスよ。よくて相討ちっすかねえ・・・」
「私の場合だとテレポートで背後を取った時に一撃で仕留められるかどうかだな。失敗したら死ねる」
そう言って全員が「ふー」とため息を吐いた。
ここはジルムの町の役所の一室。
そう、彼女たちはラッガナイト城からスミレのテレポートによって、一瞬で徒歩1か月の距離を飛び越えて帰還したのである。
テレポートの発動はロウビルが部屋に入ってきた直前であり、まさにぎりぎりのタイミングであった。
もしもビブリオテーカの収蔵が少しでも遅れていれば、透明化していようと気配で存在が露呈し、致命的なことになっていただろう。
まあ、ともかく、とスミレが肩をすくめた。
「作戦は成功だな。ビブリオテーカの大図書館にラッガナイト城塞の戦力情報は所蔵された。あとのことは兄様と姫がお考えになるだろうよ」
そう言って作戦終了、と一旦チームの解散を告げるが、一向に誰も立ち去る気配がない。
「おい、テメーら、さっさと自分の部屋に戻れよ。私はこれから行くとこがあんだよ」
スミレはしっしっ、と追い払うような仕草を見せる。
「あーら、スミレさんったら。どこに行くおつもりなのかしら」
「本当っす。まさかまさか」
「一人抜け駆けしようって言うんじゃないでしょうね?」
その言葉にスミレは一瞬、固まると、ワハハハハ、と引きつった表情で笑い声を上げる。
「馬鹿言うんじゃねーよ。何だよ抜け駆けってのは」
だが、その不自然な態度に他の3人の鋭い視線が集中する。
「貴方の魂胆なんてばればれなのよ。どうせ一人で作戦報告を館長にしに行くつもりなんでしょう」
「うわぁ、一緒に死線を潜り抜けたチームを差し置いて、一人だけ抜け駆けっすか。サイテーっす!!」
「さすがの私でもドン引きですわ」
そんな非難めいた言葉にスミレは焦り出す。
「ば、馬鹿野郎。そんなじゃ、そんなんじゃねーよ・・・、だからだな、その・・・、ああもう!なら全員で行けばいいじゃねーか!!」
その言葉に他の3人は天啓を得たようにポンと手を打つと、早速とばかりにドアへと駆け出した。
「お、おい、てめーらッ! 抜け駆けはなしなんじゃねーのかよ!!」
だが3人は聞こえないフリをしてイッシの部屋へと続く廊下を全力で駆ける。
「うっわ、おめーらまじかよ。私の方がドン引きだよ!」
そう言ってスミレも駆け出した。
・・・
・・
・
「お前ら一体、いま何時だと思ってるんだ・・・」
明け方近くの深夜にいきなりベッドに潜り込まれたイッシは眠気眼をこすりながら文句を言った。
・・・が、彼女たちが任務を頑張って遂行してくれたことも理解していたので、
「とりあえず報告は後で聞くから、いいから寝ろ」
そう言って詰めかけた少女たちを追い出さずに、広々としたベッドの上で一緒に惰眠を貪ったのである。
そうして朝方、イッシを起こしに来たプルミエがその光景を発見し激怒したことは言うまでもない。