36.司書のテイスティング
彼女たち全員の意思がまとまったと見てビブリオテーカが口を開いた。
「味わいからすれば間違いないと思うわ。ただし匂いを放つ本の場所まではけっこう距離がありそう。あと、その本の近くには、似たような悍ましい香りを放つ書がたくさんある様なのよ。おそらく、この城が秘蔵するもっとも重要な情報が集められた場所。つまり、ロウビル公爵の私室か何かだと思う」
「だとすれば」、とスミレが口を開いた。
「慎重に、だができるだけ手早く済まさないといけねえな。この城の守りは堅牢で、優秀そうな見張りの兵もごまんといやがる。マリゴールドの透明化も気配まで消せねえし、アマレロの変身もどこかでボロが出るか分からねえ。私のテレポートも精度が高くねえから、その部屋まで直接飛べねえからな。見つかればけっこうなピンチな状況ってわけ・・・」
そこまで口にした時、
「おい、誰か中にいるのかッ!?」
そう言って部屋のドアを激しく叩く音が聞こえた。
いちおう小さな声でしゃべってはいたし、周囲に警戒はしていたのだが、耳ざとく聞きつけた兵士がいたようだ。
マズイッ! と少女たちが慌てて振り向くが遅かった。
一人の体の大きい屈強な兵士が鬼のような形相をして、少女たちを睨みつけていたのである。
「なんだあぁ!キサマらは! 賊どもかあ!!」
相手が女であろうと油断しないのはさすが城塞を守る兵士であると言えよう。
男は大声で叫びながら剣を抜くと、ドスドスという音を立てながら少女たちへと迫ってきた。
「ひええ」
とビブリオテーカが思わず尻餅をついて後ずさり、マリゴールドとアマレロがかばうようにして前にでた。
二人の手には短刀が握られている。
だが、なぜかスミレの姿がその場所に見当たらなかった。
いくら紫の少女であっても暗闇に溶け込んで消えてしまう訳もないのだが。
だが、その答えはすぐに出た。
「こっちだよ、オッサン」
「コパッ、ぎ、ぎざま・・・いつの間・・・に・・・」
そう言って屈強な兵士は目を剥いた。
彼の首はぱっくりと開き、地をしたたらせながらヒューヒューと空気が漏れる音を立てていた。
そうしてすぐにズシンという音を立てて倒れこむ。
テレポートによって背後へと瞬間移動したスミレが、短刀で兵の首を後ろから切り裂いたのである。
「見えてる距離なら自由自在なんだがなあ」
不満そうな口ぶりでナイフを振って、こびりついた肉と血を落とす。
だが、男が立てた大声や足音は周囲を警戒していた兵たちに聞かれてしまっていたようだ。
「なんだっ」「どうした!」「大きな声と物音がしたぞ!!」
という声がしたかと思えば、たちまち警邏の兵たちが何人も集まってきた。
そして部屋の中の光景を見て顔をこわばらせたのである。
「何だビルクじゃねえか、こんなところで何してやがる」
「ああ、すまんすまん。物音が聞こえたかと思って踏み込んだんだが、ネズミだったようだ。騒がしてすまなかったな」
そう言って中から出てきたのは、先ほど首をかき切られて死んだはずの男であった。
「何だよ、またネズミかよ。しかし何年もこうして見張りをしているが、今のところ一度も城内で賊なんて見たことがねえぞ。今日こそは出番かと思ったんだがなあ。ったく、俺たちはネズミたちから食料を守る掃除夫じゃねーんだぞ!!」
「違いねえ。だがまあ、何もなかったんだろう、ビルク? それにしても中が若干散らかっているようだが?」
「あ、ああ。どうやら踏み込んだ時の衝撃で倒しちまったようだ。直しておくよ」
その返事を聞いて集まってきた兵士たちは肩をすくめたり、あくびをしたりしながら元の警備場所へと帰っていった。
「うまく行きましたわね。暗くて地面の血が見られずに済んだのは幸運でしたわ」
「だが、この兵士、ビルクって言ったか。こいつが死んでることはすぐに露見するだろうよ。たぶん定時報告があるだろうからな。今みたいにアマレロが化けて誤魔化しきるにも限界があるぜ」
そうっスねえ、と言って屈強な兵士が振り向いた。
だが、その口ぶりは黄色いポニーテールの少女のものだ。
彼女はビルクの姿から元の姿に戻ると、コキコキと肩を鳴らした。
「ここまで派手にやってしまって、斥候としては失格っすねえ。まあ、主様も私たちにそこまで完璧を求めてないみたいッスけど。死なずに戻って来ればオッケー、って口酸っぱく言ってたっすからね」
お優しい方ですから、とマリゴールドが応じる。
スミレもうんうんと力強く同意してから、
「さてと、それじゃあ行くとしようか。ほれ、てめえもいい加減起きろ!! いつまで腰を抜かしてやがるんだ。司書の威厳はどうしたよ。また高い高いしてやろうか?」
そう言うと、地面で座り込んだままのビブリオテーカへと近づいて手を差し伸べた。
「だ、誰が・・・ッ!?」
と言い返して立ち上がろうとするが、どうにも足に力が入らないようであった。
「えーっと・・・ありがとう。助かるわ」
そう言ってスミレに手を貸してもらいながら、彼女は何とか立ち上がったのある。
「なんだか小鹿みたいになってるッスね」
なんとか立ち上がる彼女を見てアマレロがからかうように言った。
そのセリフを最後に、次の瞬間にはその場所から少女たちの姿は消えていた。
マリゴールドの透明化のギフトが発動したのである。
部屋の片隅にはポツンと兵士の死体が残されていた。