34.歩く大図書館
「あっちの作戦には兄様がいるからしょうがねーよ。それよりもこっちの作戦に集中しろよな」
分かっていますわよ、とマリゴールドはぷくりと頬を膨らませて拗ねた様子を見せる。
だが、そのスミレの言葉に、離れた場所で準備を進めていたアマレロが、
「でも私もアッチが良かったスけどねー」
と性懲りもなく言った。
黄色の髪をポニーテールに結び、いつもの通り猫の様に茶目っ気のある表情だ。
「だったら今からでもアッチのチームに入れてもらいな。アタシはあんた抜きでも立派に作戦をやりとげてみせるからよ。その代り、成功しても兄様からのナデナデは無しな」
「ええッ!?それはズルいっす。やっぱり私もがんばるっス」
「まあ、アマレロさんったら、本当に単純ですのね。おほほほほほ」
そんな感じで隣の部屋よりもよほど姦しい部屋なのであった。
だが、そんな喧騒の中に、「はあ・・・」とひと際大きな溜め息が響く。
その溜め息の張本人は、それまで部屋の片隅で一人静かに本を読んでいた、白い肌に白い髪を腰まで垂らした、実に大人しそうな少女である。
白髪の少女は読みかけのページにしおりを挟んでパタリと閉じると、いつも通りの眠たげな瞳を他のホムンクルスの娘たちに向けた。
「あなたたち少しは黙って作業をすることが出来ないの? 私の知識が確かなら、参謀本部っていうのは、まず頭脳労働が専門の部署だったはずだけれど」
そう表情を変えずに皮肉を口にするのであった。
だが、その言葉に他のメンバーたちは「にやり」と笑うと、わらわらと近寄ってきて白髪の少女にかまい出した。
「何を真面目ぶってんだよテメー、ビブリオテーカさんよおッ! 辛気クセー本ばっか読んでないで、たまには立って体操でもしたらどうだよ。ほうれ高い高いしてやるよ」
「ちょっ、ちょっと、いや!! やめなさいよッ!?」
「ビブリオテーカさんったら照れてらっしゃるのね。恥ずかしがらなくても大丈夫ですわ。私が遊んで差し上げますから」
「だ、だれがそんなことお願いしたのよッ! って、スミレ! 本当に下ろしなさい!!」
だが、そんな言葉を完全に無視し、スミレはひたすら少女を「高いたかーい」する。
そんな様子を眺めながらアマレロが真面目な顔で言った。
「誰にもかまってもらえず寂しかったんスね。そういう時は仲間にいーれてッ! って言えばいいんスよ。恥ずかしいのは最初だけっすよ。さあ、言ってみるッス。ハイ、いーれー・・・」
「誰が言うか! この馬鹿ッ!!」
ビブリオテーカも1000人の少女たちの中ではさほど小さいわけではないのだが、中でも割と背の高いスミレ、マリゴールド、そしてアマレロの中にいては完全にチビキャラとして扱われてしまうのであった。
はなせーはなせー、とジタバタと暴れるビブリオテーカに、仕方なくスミレが地面に下ろすと、はあはあ、と荒い息を吐きながら彼女は3人を睨みつけた。
別に彼女たちのことは嫌いではない。
むしろ好きである。だがっ!
(このテンションにだけは付いていけない!!)
彼女自身は「歩く大図書館」と言う二つ名で呼ばれる存在であり、静寂と叡智を好む少女なのである。
だから、参謀本部に幹部候補生として編入されたのも当然と言えば当然であった。
だが、しかし!!
「思ってたのと違いすぎでしょっ!!」
そう思いっ切り、思いのたけを叫ぶ。
参謀本部と言えば、戦争の10手も20手も先を読み、その恐るべき頭脳によって自軍を華々しい勝利に導く陰の主役じゃないの!?
だが、そんな絶叫も3人にとっては妹の駄々にしか見えないらしく、にやにやとした表情で生暖かく見守られるだけであった。
そうしてやり取りがひと段落したのを見計らって、スミレが手を叩いた。
「さあさあ、ビブリオテーカをからかうのはこれくらいにしてだ」
彼女がそう言うと、マリゴールド、アマレロはたちまち表情を引き締める。
一方のビブリオテーカは青筋を立てながらも、「冷静に、冷静になるのよ。腹を立てたら負けよ」などとブツブツ言って、何とかいつもの調子を取り戻した。
さて、とスミレは言葉を続ける。
「あっちの参謀本部チームは『腐った林檎』作戦に成功したわけだ。よって私たちは予定通り、『トワイライト』作戦を実行に移す。マリゴールド、もちろん準備は出来てんだろうな?」
「ええ、もちろんですわ。いつでも透明化いけますわよ」
「それじゃあ、アマレロっ! 変身のギフト、大丈夫だろうな?」
「モッチロンすよ。誰にだって化けてみせるッス」
「ようし、じゃあ、最後にビブリオテーカっ!」
スミレの呼び掛けに、歩く大図書館は緊張しつつ、ただコクリと頷いた。
「頼んだぜ。今回の作戦はお前が要なんだからなッ。帰って一番のナデナデは間違いなくお前だ!!」
その言葉にビブリオテーカは再度、首を縦に振ると、
「任せなさい。城にある魔書の1つや2つ、司書である私の敵ではないわ」
そう言って彼女は自信たっぷりに笑顔を見せた。
すると次の瞬間、その部屋にいた全員の姿が消えたのである。
そう、スミレがテレポートのギフトを発動させたのだ。
彼女たちの姿はその時、すでにはるか遠くの驚くべき場所に移動していた。
それは、ある堅牢な壁に囲まれた城塞の「内側」であった。