28.叙勲
「別に宜しいのではないですか?」
そう言って微笑んだのは、常にイッシへ献身的に付き従うプルミエである。
美しい青髪を揺らして、形の良い唇をキュッと釣り上げている。
その魅力的なプロポーションとも相まって官能的ですらあるが・・・。
「え?」
と当事者であるホムンクルスのファーストナンバーに言われてイッシは戸惑った声を上げる。
「マスターは以前、私たちホムンクルスが人々に受け入れられるには、学校と言うものを作って、幼い頃から文字を教育し、そして聖書というものを普及させ、その中でホムンクルスを善側として書くしかない、とそうおっしゃっていらしたじゃないですか?」
それはそうなんだが、とイッシは呟いた。
「やはり君たちとしても差別されたり、住民から恨みのこもった視線で見られるのは嫌だろう。せめて住民の少しくらいは、君たちに同情する奴がいてくれても良いと思うんだが」
そう言うとプルミエはあっさりと、
「ですが、やはりどうでも良いのではありませんか?」
と同じ言葉を繰り返したのである。
えええ? と言って固まるイッシにプルミエはにこりと笑った。
「私たちにとってはマスターであるイッシ様だけが大切なのです。他の人間たちなどどうでも良いと思います」
そうニコニコとして言い切るプルミエに「いや、しかしだな」、とイッシは言う。
「将来的には仲良くなってもらうわけだから、少しくらい交流があるくらいの方が本当は都合が良いんだが・・・」
その言葉にプルミエは「なるほど」と頷くと、
「では、何人かの人間の子供をさらって来ることと致しましょう。いえ、できれば孤児が宜しいでしょうね。そして実験的に子供のころからホムンクルスが善であるという思想を植え付けるのです。成人してから世に放ち、人間社会へ溶け込ませます。うまく王国や教会に潜り込ませることができればしめたものです。内部からホムンクルスに有利な施策を実行させましょう」
彼女の語る、まさに悪役さながらのセリフにイッシが冷や汗を掻いていると、コンコンと扉を叩く音が鳴った。
「じゅんびかんりょー。大広間にあつまってー」
扉を開き顔だけ出したベルデが、開口一番そう告げて来た。
「よし行こうか。ところでプルミエ、今の話だが具体的な施策として文書にまとめておいてくれ。悪魔のような話だ。だが悪くない」
「さすがマスターです。すぐにまとめさせて頂きますね」
・・・
・・
・
「プルミエは前へ出よ」
「はい、仰せのままに、マスター」
大講堂に集まったホムンクルスたち1000人のうち、これまでの戦いで特に活躍の著しかった面々を叙勲してゆく。
こんなことをなぜ今さらするのかと言えば、王国とちゃんと戦争をするためであった。
(うちの国って、まだまったく軍事組織ってもんがないんだよな。ジルムの町までは所詮チンピラに毛の生えたような集団を相手にするだけだったから良かったようなものの、これからはそうはいかない。・・・そのうち作らなくちゃ、と思ってたから丁度いい)
ジルムの町を占領したからには、その事は嫌でもこの北部一帯を占領する領主、ロウビル公爵に早晩知られるだろう。
ならばそのうち、自分たちを倒すための軍がやって来るに違いない。だからこそ・・・。
「では、プルミエには賢者の証としてここにミスリルの指輪を授ける。そして同時に元帥として任命する」
「拝命致します。私のマスター様」
そう言って受け取った指輪を薬指に嵌めると、彼女は顔を赤らめてイッシの顔を見た後、改めて熱い吐息を漏らすのであった。
(打ち合わせだと人差し指だったはずなんだが・・・)
「う、うん、頼んだぞ。全軍をまとめるように」
「はい」、という最高に明るい声で答えるとプルミエは元の場所に戻って行った。
(・・・えっと何だったかな。ああ、そうそう。だからこそ、こうやって叙勲とともに軍の階級をともかく決定してしまうことにしたんだ)
まだ日の浅い彼女たちの階級を決めるのは難しいが、今後のことを考えれば急務であった。
とはいえ、階級を適当に決定すれば、ややもすれば少女たちの間に妙な軋轢が生じかねない。
(考えすぎかもしれない。けれど、叙勲と一緒に階級を任命すれば、納得感もあるだろう)
叙勲式とはつまり、そんなイッシの考えに基づいた、急ぎの軍立ち上げの儀式でもあったという訳である。
「ではアルジェ、ナハトよ、共に前に出よ」
「賜った」「了解だよっ!」
という返事があって、銀髪をたなびかせたアルジェと漆黒の髪と肌を持つナハトが前に進み出た。
「お前たちには死神と鬼神としての働きを見せてもらった。その証としてここにガーネットの腕輪とスピネルのネックレスを授ける。そして同時に左将軍、右将軍に任命する。それぞれは400ずつのホムンクルスを編成し、元帥のもと、隊をまとめよ」
「承知したぞ、我が館様。わしに任せておくと良い。敵の首を全て晒して館様にこの大陸をプレゼントしようぞ」
「まっかせといてよっ! 僕が目の前の敵を全部なぎ倒して、どんな茨の道だってご主人様のために切り開いてみせるんだから!」
それぞれが受領したアクセサリーを身に着けると、じっ、とイッシの方を見た。
何やら彼のコメントを待っているようだ。
「と、とても似合っているぞ」
二人は顔を見合わせると、にやにやとした表情を浮かべてから列に戻って行く。
「で、では、クレール、マロン、前に出よ」