24.ジルム町での決戦(前)
「どうやら、やはり礼儀がなっていない蛮族どものようだな」
その言葉にグレーギンは「はあ?」と声を漏らす。
だが、イッシは気にせずに言葉を続ける。
そう、こうして町の人々の前で堂々と宣言しておく事が、あとあと重要な事実となるのである。
「僕はホムンクルス王国の王、そして彼女たちはその貴族だ。貴様たち一般人どもが気軽に声を掛けて良い存在などではない。にもかかわらず、先ほどの酔漢と言い貴様らと言い、まったくもって度し難い態度だ。我が国の法に基づいて、お前たち全員を極刑に処する」
イッシ自身が道化だと思う台詞を吐くと、それを聞いて、グレーギンどころか傭兵たち全員が嘲笑を漏らした。
「ぐははははは、な、何を言い出すかと思えばッ。お前たちが貴族だと!?」
「ホムンクルスごときが人間様の真似事とはなっ。全く持って笑止千万とはこのことだッ」
「貴様らのような化け物どもが法とは片腹痛いわっ。おとなしく人間の役に立つ道具として奴隷の・・」
だが、その彼らの嘲り言葉が全て終わる前に、アルジェが銀髪を振り乱しながら死神の大鎌を振るい、漆黒のナハトが黒い弾丸となって真っ直ぐに傭兵たちの集団へと突っ込んだ。
それだけで10の首が飛び、また大地もろとも何十人もの人間がばらばらになる。
「な・・・に・・・」
グレーギンが信じられないものを見たように目を見開く。
確かにホムンクルスたちの戦力は、町長のディアンの私室で一度戦ったときに脅威とは感じた。
(だが、あれは透明化していた相手に不意を突かれたからだ。ちゃんとこちらが組織立って行動し、相手を追い詰めれば圧倒できるはずだろうがッ!? 数は力! 戦争とは相手を圧倒する物量がいつの世でも絶対正義のはずだッ!! そう、勇者カザミのような化け物と戦う時を除いては・・・)
だが、この時グレーギンはふとある重要な事実が脳裏をかすめた気がした。
自分が今、目の前にしている者たちは何であったろうか。
そう、自分たちは今まで彼らの事を何と呼び習わしていたのだろうか。
(こいつらもまた化け物と呼ばれた存在じゃねえかっ!!)
周囲でまき散らされる死を目の当たりにして、大きな不安がグレーギンの心を押しつぶそうとする。
だが、彼は相手に飲み込まれそうになっている事に気づき、頭を振って雄叫びを上げた。
「こけおどした!! 奴らを仕留めろ。打ち合わせ通り10人一組で戦え! 相手は早い、油断するんじゃないぞっ!!」
「おうよ!!!!」
という威勢の良い返事と共に、10人が固まり円陣を組む。これで正面にだけ集中し対応することができるのだ。
(相手は速さが売りのホムンクルスッ! スピードに翻弄されない円陣形をとれば、そう簡単に打ち崩されることはねえっ!!)
そう考えた瞬間であった。
「ぎゃああ!」「うげええ!!」「げふうっ!?」
人とは思えぬ絶叫と共に、先ほどまで隣で円陣を組んでいた10人の傭兵たちが、一斉に空を飛んでいたのである。
彼らは全員が腹や顔、腕、があらぬ方向を向いており、ただの怪力程度の力で成し遂げられたものではない。
10人は上空から容赦なく地面にたたきつけられると、その後、ピクリとも動きはしなかったのである。
その付近では漆黒のナハトが天に拳を突き上げるような姿勢で大きく息を吐く。
「なっ・・・なんだこいつは」「ば・・化け物・・・」
そういって付近にいた傭兵たちが及び腰になるが、その後退しようとした先でもまた絶叫が上がる。
「ヒッ」「ギッ」「あっ」
という短くも絶望に満ちた悲鳴とともに、ばたばたと体が地面へと倒れた。
傭兵たちが一斉にそちらに目を向ければ、首から上がない死体が幾つも地面を汚しているのである。
「ばっ、馬鹿な。円陣を組んでいるのに。どうやってその防御を打ち崩したっていうんだ」
その何気なく言った傭兵の言葉に、首を跳ね飛ばした死神アルジェはつまらなさそうに答える。
「なあにが、防御じゃ。こんな布きれにも劣るスカスカのものを、よう防御と言ったものよ」
そういって、また一人の首を正面から跳ね飛ばす。
「本当だよね。失礼しちゃうよ。まさか僕たちをスピードだけの戦士だと思ってるんじゃないの? スピードだけだったらもっと速い子たち、一杯いるもんね。僕のギフトはこれなんだからっ!」
漆黒のナハトが円陣に突っ込むと、突き出された剣に対して構わずに拳を打ち込む!
信じられないことに鉄で出来た剣はやすやすと打ち砕かれ、彼女の拳はオマケとばかりに得物の持ち主である傭兵たちの顎を砕いて行った。
「くそっ、こいつらをまともに相手してちゃあ全滅しちまう。おいっ、てめえら。あの男だ。あのイッシとかいう若造を狙うんだよっ!! そうすりゃあ、こいつらも元の人形に戻るにちげえねえ!!!」
その言葉に、残った傭兵たちが一斉にイッシの方へ向かって駆け出す。
周りの惨劇を目の当たりにしているだけに死にもの狂いの表情だ。
すでに町の人々も先ほどの歓声はなりを潜め、信じられない物を見ているという風にただ立ちすくむだけである。
と、そこに唱和するような幼い美しいソプラノが周囲に響き渡った。
それは手と手をつなぎ呪文を詠唱する姉妹のホムンクルス、クレールとマロンのものである。
『デ・ギネス・エレ・アラヤ。ラ・ギネウスミル・パラヤ。ゴドネス・ウ・デモアール』
その声に呼応するように、それぞれが持った呪文書から魔力の奔流と思われるオーラが立ち上った。