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22.腐り落ちそうな果実

「勇者カザミとバザルおきなはまだ戻らんのかッ!」


50歳ぐらいの男がイライラとした様子で、隣に控えていた男を怒鳴りつけた。


豪奢な玉座に深く腰掛けたこの男こそ、イブール王国の至高、メフィアン王である。


場所は首都ラフィアにある居城であり、この国における権力の中枢であった。


王に詰問された側近のゾリス宰相は、しかし冷静に、かしこまった様子で頭を下げる。


「はい、今しばらくかかるものかと。邪神復活を企んだ魔法使いセイラムが北の果て、ジルム近くまで逃亡したため、勇者たちにこれを追わせました。幸いながら、使いの者によりますれば、すでにセイラムを打ち滅ぼした模様。ですが、どうしてましても遠方の地。すでに帰途についたものと思われますが、かの者達の力でいくら急ぎましても7日は掛かるものかと・・・」


「そんなことは分かっておるわッ!!」


そう言ってメフィアン王は傍らの葡萄酒の入ったグラスを払いのけ、怒りを露わにした。


中に入った赤色の液体が血のように床に広がる。


「ゾリス宰相、貴様も分かっておろう。帝国がまたしても戦争を仕掛けてきそうなのだ。戦力の増強が国境付近で見られると、先頃報告があったばかりじゃろう。あの戦争好きのバキラ帝めがッ!! 以前の戦いで虎の子の軍を全滅させられたせいで躍起になっておる。何せあの大敗のせいで皇帝の権威は地に落ちたからのう。帝国では内乱の萌芽がいたるところで生まれているそうじゃ」


「いい気味じゃッ!! しかし、だからこそ!」と唾を飛ばしながら続ける。


「今回は失った権威を復活させるために、本気で王国に戦争を仕掛けて来よるつもりじゃ。だから、勇者を、そしてバザルおきなを今すぐ呼び戻せッ! でなければこの国はッ、ぐっ、ゲフ!!」


「お、王よ、あまり興奮されてはまた病が悪化されます」


「うるさいッ!!」


そう言ってゾリス宰相から差し伸べられた手をメフィアン王はすげなく打ち払った。


宰相は内心で大きくため息を吐く。


(王も昔はこうではなかったのだが・・。すべては帝国の侵略におびえる日々が心の弱い王を変えてしまった)


もともとバキラ帝国は、数ある小国の一つに過ぎなかった。


それを若き王バキラが、瞬く間に周囲の国々を併呑して行ったのは、ほんのここ20年ほどの話なのだ。


それまで大陸には様々な王国が割拠しており、その中でもこのイブール王国は最も歴史と由緒ある、そして広い領土を持つ王国だったのである。


長くこの大陸には平穏な時代が続いていたのだ。


だがそれは帝国によってもたらされた戦争に次ぐ戦争により、あっけなく終止符が打たれた。


今やこの国を除いて他の国々のほとんどは、すべてバキラ帝国に飲み込まれてしまった。


残っているのはイブール王国、宗教国ラッテン、商業都市国家アバラマだけである。


だが、そのイブール王国も既に次々と帝国に領土を侵食されており、今や最盛期の半分程度の所領しかない。


その絶望的な状況を打破するために実行したのが、今や歴史の中にうずもれた暗黒時代における秘術、勇者召喚儀式だったわけなのだが・・・。


(確かに呼び寄せたカザミ少年はよくやってくれている。帝国の侵攻を食い止めたのも一度では無い。先般など、敵将軍の首を刎ね、失地を回復させまでした。王が彼に依存する気持ちはよくわかる。だがっ!!)


しかしそれは、カザミを増長させ、王国で好き放題させることと同義になってしまっていた。


彼は道端で犯罪者まがいのことを平気で行うし、歴史の古い貴族に対しても傍若無人にふるまう。その尻拭いに自分がどれだけ苦労をさせられていることか・・・。


誰であろうと気に入らなければ殺し、気に入れば露骨に優遇する。目についた女は攫い犯し、善良な国民や商人からは金品を巻き上げた。


その苦情や嘆願はすべて宰相の元へと届いている。


だが、王に掛け合っても、何も取り合ってはくれない。それどころか・・・。


「そんなことで勇者カザミの機嫌を損ねてしまってどうするのか」


などと言われ、叱責を受ける始末だ。


(だが、このままでは国が立ち行かない。王という絶対の法をゆるがせにして、貴族たちが忠誠を誓うであろうか。いいやそんな国は存在できない。現に貴族どもの中には、秘密裏に反乱を企てている者も多いと聞く。帝国と勇者にばかり目を配り、内政がおろそかになっているからだ。私の目の黒い内はなんとか、育たぬ内に刈り取れてはいるが、もし私がいなくなれば・・・)


ゾリス宰相はそんな気持ちが表情に出ないようにしながら、王の方を盗み見る。


ちょうど医務長が呼ばれ、王の脈を計っているところであった。


宰相はその光景が丸でこの国の病を見ているような気がして、思わず首を振ってそれを否定するのであった。


・・・

・・


「お、やって来た、やって来た」


ジルムの町は夕方を迎えようとしていた。


場所は中央広場で人々の往来も多い。


だが、今日の広場はいつもとは少しばかり違った様子を見せていた。


中央広場に佇む異様な人影に、町人たちが近づかないように避けて通ったり、遠巻きに眺めたりしていたからだ。


その人影とはもちろんイッシ、プルミエ、アルジェ、ナハト、マロン、クレールの6人であった。


純粋な戦力を持たないマリゴールドやアマレロはこの場にはいない。


町の人々はすでにイッシを除く少女たちがホムンクルスであるということに気付いていた。


それほど、金色の瞳とはホムンクルスの特徴として知れ渡っているのである。


それに、ホムンクルス自体は珍しいものの、奴隷などで見かけぬわけではない。


だから彼らは少女たちを一目見ただけで、それだと理解したのである。


だが、これまで見たホムンクルスたちの様子とは異なり、彼女たちはひときわ奇異な様に町人たちには映った。


なぜならば、人形であるはずの彼女たちが己の心を持ち、どこか面白がるように堂々とした様子で佇んでいたからである。


そう丸で自分たち人間のように・・・。


そして、今まさに何かが始まりそうなただならぬ雰囲気に、周囲の人間たちはホムンクルスたちに声を掛けることはできず、かと言って無視しきることもできずに、ただ取り巻くようにしていたのである。


だが、どんな時代にも馬鹿な人間というのはいる。


やじ馬たちの中から一人の酔っ払いが場違いにも現れたのである。

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