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18.勇者カザミ

死体や血を掃除し、散らかっていた部屋を片付け終わりイッシは「さてと」と呟く。


「それじゃあ、作戦会議を・・・」


「ご主人様ぁ、ずびばせん!」


彼が話始めようとした矢先、そう言って鼻をすすりながら謝罪の言葉を口にしたのはナハトであった。


みすみす傭兵団のリーダーであるグレーギンを取り逃がしたことを反省していたのである。


「なかなかの逃げ足。無理のない面もある。でも、処罰を決めるのはイッシ」


「姉者の言う通りなのである。だが吾輩もナハトはノータリンなりに頑張ったと思うのである」


擁護するように、姉妹型ホムンクルスの二人が言う。


ちなみに、No.998とNo.999には先ほど名前を与えてある。


具体的な活躍こそまだだが、この作戦に参加するご褒美ということにしてある。


それぞれ、マロンとクレールとした。


「そうは言いますけれど」、と金髪を縦ロールにしたお嬢様、No.468が言った。


彼女にはマリゴールドという名前を与えている。


「グレーギンさんを逃がしたのは失敗でしたわねえ。一番望ましかったのは、町の皆さんが知らないうちにディアンさんとアマレロさんが入れ替わることでしたけれど。でも、それが失敗した以上は、この場で主力部隊を打倒し、速やかにこの町を制圧したいところでした」


その言葉にナハトはますます肩を落とすが、プルミエは、


「いえ、そうでもありませんよ」


と言った。


「グレーギンはきっと今度は決戦を挑む気持ちで襲って来るでしょう。つまり町中に散った戦力を結集させてやって来ます」


なるほど、とイッシは頷く。


「確かにそれは助かるな。こちらはあちらの戦力がどれくらいなのか知らない。町中の敵戦力をグレーギンがまとめてくれるというのなら、それを殲滅するのが手っ取り早いだろう」


「そういう考え方もできますのね」とマリゴールドが感心したようにつぶやく。


「だとしますと反対にあの時、グレーギンを倒してしまっておりましたら、見えない敵戦力を膝元に抱えたまま、この町を治めるはめになっていたかもしれないですわね」


「ああ、そうだな」と頷きながらイッシはナハトの肩に優しく手を置いた。


「まあ、そういうことだから、そんなに落ち込むな。それにな、戦いが作戦通りに行くことなんかない。国家というものに戦争を仕掛けている以上、これからも色々な局面で戦闘がおこるだろう。だが、イチイチすんなりとは行かないだろうさ。だから逐一落ち込んでいたりしたらキリがないぞ」


その柔らかな言葉にナハトは泣き止むと、笑顔を浮かべて「ハイっ」と元気よく頷いたのである。


・・・

・・


「いよお、グレーギンじゃねえか。何してんだこんな所で」


傭兵たちの詰所へとやって来たグレーギンに、嫌らしい笑みを浮かべながら声を掛けたのは、彼が絶対に会いたくない相手である勇者カザミであった。


(くそっ、よりによってこんな時に嫌な奴に会っちまったもんだぜ)


内心で悪態を吐きつつも、表面上はにこやかに勇者に返事をする。


「カザミ様じゃねえですか。どうしたんですか、こんな辺境の方にいらっしゃって。驚きましたぜ、てっきり帝国との戦争に行かれているものだと思っていやした」


その言葉にカザミは馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、


「ふん、てめえみたいな中途半端野郎には関係のないことさ。なんでも100人斬りのグレーギン、なんて名前で売り出してるらしいじゃねえか。お笑い草だねえ。かつて俺と戦ったときは、殺さないで下さいって、泣いて謝ってたもんだがなッ」


その言葉に、グレーギンは笑顔の仮面が外れそうになるがなんとかこらえる。


そう、あれは帝国側の傭兵として雇われていたときの話だ。


傭兵部隊の先兵として派遣されたグレーギンはイブール王国に侵攻したことがある。


その時に現れたのが王国最強と名高い勇者カザミであった。


カザミは数万にも及ぶ帝国軍を、彼を含めたほんの数人のパーティーで蹴散らすと、そのまま帝国側へ逆侵攻し、ついに帝国の当時の将軍の首を刎ね飛ばしたのである。


おかげで帝国の進軍は停止。


それどころか撤退を始めたところを、カザミたちは殺すのが楽しいとばかりに敗残兵たちを追い詰め、徹底的に殺戮して行ったのである。


その光景はまさに地獄であった。


もちろん、攻撃を仕掛けたのは帝国であり、王国の領土を侵犯した兵士たちを殺してはいけないなどという都合の良いルールはないが、それでもあの嬉々として人間を殺戮する所業は、悪魔の仕業であるとしか表現できないものであった。


幸いにもグレーギンは、殺されそうになったところを、帝国の将軍の居所を教えるという交換条件で見逃されたのである。


そのおかげで命は長らえたものの、自分の生まれ故郷である帝国には二度と帰ることが出来ない体になってしまった。


(だが、今はそんなことはどうでも良い!!)


重要なのは目の前のカザミをどうやり過ごすか、ということである。


(この悪魔野郎のことだ。ホムンクルスが攻めて来た、なんて言えば、喜んで戦争をおっ始めることだろうよ。まあ、そこまでは良い。だが、ディアン様が殺された事がこいつにバレちゃあ一大事だ。リーダーである俺の責任をこいつは娯楽か何かと勘違いして、嬉々として追及してくるに違いねえ! そうやって人をいたぶるのが好きな奴だ、こいつはっ!! その事はかつて、帝国将軍の居所を暴露した俺を、裏切り者だと周りに吹聴して回った時に嫌という程、思い知らされたッ!!)


「おい、それよりも俺の最初の質問に答えろや。何してんだよこんなところで」


そんなぞんざいな口調で話す勇者に、彼はやはり笑顔を浮かべて応じた。


「いや、何と言われましたも困りやす。俺は少し部下たちの様子を見に来ただけでございやして」


「へえ、部下の様子ねえ。雇い主のディアンは役所に詰めていやがるんだろう。なのに、持ち場を離れていいのかい」


探るような質問に、ここが正念場だと思いながらグレーギンは必死にとぼけた。


「今は違う者が見張っていやすよ。最近は張り付くと言いやしても、そうずっとという訳でもありやせん。こんな片田舎でございやすからね。真昼間から女を抱く時なんかは追い出されるくらいでございやして」


へへへ、と情けなさそうに笑うグレーギンに、勇者カザミは露骨に興味をなくしたように鼻を鳴らすと、


「フン、そうかつまらん。てっきりディアンが殺されでもしたのかと思ったんだがなあ」


と言ったのである。

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