16.100人斬りのグレーギン
「ディアン様っ、何かごぜえましたかっ!」
ディアンが僅かに立てた物音を耳ざとく聞きつけたグレーギンとその部下たち10人が一斉に部屋へとなだれ込んできた。
だが、部屋には異常は一切なく、その上、主のディアン自身もピンピンしているのだった。
「お前たち、どうかしたのか?」
そう言って、自身の執務机にゆったりと腰掛けるディアンは、いつもの大儀そうな口調で話す。
手前にある応接用のソファは空であり、テーブルには飲み差しの紅茶が置かれてある。
グレーギンはかしこまりつつ、
「いえ、失礼いたしやした。俺はてっきり・・・。ところでディアン様、さきほどお越しになっていたご令嬢はどうされたんで」
ふむ、とディアンは軽く頷きながら、
「先ほどお帰りになられた。何やら急用が出来たとのことでな。私も少し疲れた。一人にしてくれないか」
すると、その言葉を聞いたグレーギンはやや目を細め、
「ほう・・・そうですかい・・・。わかりやした。おい、お前らいいな」
そう言うと、部下たちは頷く。
だが、不思議なことに誰ひとりとして部屋から出ようとはしない。
いや、むしろ扉を塞ぎ、ディアンを取り囲むようにじりじりと間合いを詰め始めたのだ。
その様子を訝しがってディアンは声を荒らげた。
「おい、貴様達、なんのつもりだっ。私は疲れたと言ったんだぞ。早く部屋から出てゆけッ!」
しかしグレーギンは首を振ると、険しい目でディアンを睨みつけた。
「ああ、さっさとそうするようにしますがね。けれどそれは、さっきからディアン様の姿でしゃべっているてめぇと一緒にだっ!」
その言葉と同時に、部下たちが一斉にディアンへと飛びかかる。
「くそっ、私はディアンだぞッ!? 何のつもりだ!!」
そう言って彼が血濡れのナイフを取り出して、斬りかかってきた部下の一撃を受け止めた。
だが、グレーギンは厳しい目つきでディアンの方を睨みつけると、
「舐めんじゃねえよ、この偽物がッ!! ディアン様はな、自分のことを、わたし、だなんて呼ばねえんだよ。俺、とおっしゃられるんだ、この間抜けがあっ!!」
そう叫ぶグレーギンに、焦った表情をしていたディアンが突如として、唇を耳元まで裂けさせて笑顔を浮かべた。
そして、受け止めていた部下の剣を信じられない程の力で押し返したのである。
「ぐわっ!?」
と言って弾き飛ばされた男が他の者たちを巻き込んで尻餅をつくいた時、「ギフト解除」という声が部屋に響く。
するとそこに現れたのは、黄色の髪をポニーテールに結んだただの少女であった。
いたずらめいた表情がまるで猫のような娘である。
そして、先ほどまでいたディアンの姿はもはやどこにもない。
「テメエが化けていやがったんだな! さっきの令嬢もアンタってわけだ。おいッ、本物のディアン様をどこにやりやがったッ」
「えー、それなら目の前にいるじゃないっスか。どこ見てんるんすかねぇ」
そうからかう様な口調に、グレーギンが「はあ、何を言って」と言いかけた時である。
突如としてディアンがソファの上に現れたのである。
だが、その顔からはすでに血の気が失せ、心臓からは驚くほど血が流れ出している。
息をしている様子はない。すでにこと切れているのだ。
(こ、こいつはおかしいぞ、変だッ!! 確かに今の今までソファには誰もいなかった。そいつは間違いねぇ!! だが、だったら、どういうことだっ。どうしていきなり目の前にディアン様が現れたッ!?)
そこまで考えたとき、何もない空間が微かに揺れたような気がした。
この時、長年戦場で培ったグレーギンの勘が最大級の警告を発する。
彼はある事実に気が付いて叫び声を上げようとするが、
「てめぇらっ、気をつけろ。見えねえ敵がっ・・・」
だが、それは少しばかり遅かった。
彼は叫びながらも大きく飛び退いた事で、目と鼻の先にまで迫った何かを辛うじてかわすことが出来たが、他の部下たちは反応することすら出来ずに、
「ぐげっ!?」「うがッ!!」「何がっ!?!?」
そんな言葉にならない悲鳴を上げながら、全員が首を胴体から跳ね飛ばされ、命を落としたのである。
「おうおう、よう躱したのう。完全に殺ったと思ったのじゃがな」
「だね。かなり腕が立つみたいだ。油断できないよ」
「貴方たち、あまり油断をしないように」
そんな何もない空間から声が響いたと思うと、次の瞬間、信じられないことに銀髪の少女と褐色の肌の少女、そして薄い青色の髪をした少女が姿を現していた。
「ですが、あと一人でですわ。このまま皆さんで制圧してしまえば宜しいのではございませんか?」
「そう簡単じゃない。相手は一流の戦士。見えない敵の攻撃をかわすとは驚異」
「その通りなのである。まったく、No.468は油断大敵という言葉を知るべきなのである。そしてNo.999の姉者の爪の垢を煎じて飲むべきであーる」
「No.998さんは少し姉離れをするべきかと思いますけれども・・・」
そうしてやはり何もない空間に美しい娘たちが現れるのであった。
No.468と呼ばれた少女は金髪を巻き毛にしており、どこかのお嬢様といった風なその喋り方も相まって、豪奢な雰囲気を醸し出している。
No.998とNo.999はそれぞれ姉妹の関係にあるようで容姿はとても似ている。だが、前者は茶色の髪なのに対して、後者は水色の髪をしていた。どちらもショートカットである。
そしてその色彩はどこか二人の性格を表しているように思われるのであった。
「その金色の目・・・ホムンクルスの化け物どもかっ!? 透明になっていた、ってことかよ、なんてぇデタラメだっ!!」
そう言うとグレーギンは改めて剣を構え直す。
「やる気みたいだね。せっかく気付かれないうちに町を乗っ取る作戦だったのに、オジサンのせいで台無しだよ。まあ、そううまくは行かないと、ご主人様も言ってたけどね。さぁ、第2プラン発動だ! オジサンの相手は僕がするよっ!! さっきの動きで大体の実力は分かったからね。ぐっといってバババっとやって終わりだよ!!」
「相変わらず何を言っとるのかわからん奴じゃなあ・・・」
そんな呆れた声をだした銀髪の娘、死神アルジェは後ろへと後退する。
そして代わって、漆黒の髪を揺らす暴力の権化、ナハトが前に出たのであった。