14.ホムンクルスの姫
「・・・ター、マスターッ!!」
イッシがめを覚ますと心配そうな顔をして覗き込むプルミエの顔が見えた。
どうやら少しの間、意識が飛んでいたらしい。
だが邪神アデキと会っていたのは夢などではなかった、と彼は確信する。
(それほど恐ろしいオーラを放っていたんだ)
あれがただの夢などと言われても、その方が信じられないほどに。
「ん、いや、大丈夫だ。少しボーっとしてしまったようだな」
そう言うと、よほど心配をしていたのかプルミエは大きく息をついた。
そんな彼女をイッシは感慨深げに眺める。
邪神はホムンクルスたちを「自分が作った」と言った。
だとすれば、その邪神の影響を受けている自分にとって、彼女たちは無関係な存在では無いという事だ。
(だから、彼女たちを守りたいと思ったのだろうか。例えこの国や世界を敵に回してでも・・)
だが、邪神はあくまで成長を促したのみで、人格を変えるような形で影響を与えたわけではない、とも言った。
なるほど確かに邪神が彼女たちに向ける造物主としての気持ちが、自分に影響を与えた面もあるのだろう。
(だが、彼女たちの不幸な境遇に同情し、戦うつもりになったのもまた本当だ。今となってしまっては自分の感情も、邪神の感情も混じり合って区別がつかない。ならば、この今の感情に従うのも間違いじゃあないだろう)
イッシはこの時、異世界から迷い込んだ自分がここで何をするべきなのか、という命題に完全に終止符を打ったのであった。
「マスター、あのどうされましたか。私のことをじっと見つめられて。少し恥ずかしいです」
プルミエが恥じらう様にして下を向いてしまう。
彼は彼女の方を見ながら、邪神から告げられた一連の真実を告げるかどうか一瞬迷う。
だが、これは自分が墓まで持って行くべき真実なのだろうと考え、とっさに別のことを告げた。
「すまない。そう言えばプルミエにはまだお礼を言っていなかったと思ってな。いつもありがとう」
そう言って頭を撫でると、彼女は更に赤くなって俯いてしまった。
「ほお、姫でもやはり照れることがあるのじゃな。館様の前では我らは皆、形無しといったところかの」
アルジェがからかうように言う。
「姫?」
おお、そうですじゃ、と彼女は頷いた。
「プルミエはファーストナンバーを持つ少女。我らにとっても特別なホムンクルスなのじゃよ。なぜならそのギフトというのが」
「あっ、ダメっ! それは秘密です」
俯いていたプルミエが慌てた様子でアルジェの口をふさぐ。
顔はますます真っ赤になってゆでダコのようだ。
「やれやれ、仲の良いことだ」
そんな感想をイッシは漏らすと、頭を切り替えて次の行動に思いをはせる。
そして少し考えてから皆に宣言した。
「よし、じゃあ一旦、砦に帰ることとしよう。だが、こうして盗賊たちに場所がバレた以上、第2、第3の襲撃があるかもしれない。僕たちはそうなる前に手を打つ必要がある」
その言葉に周りの少女たちは緩めていた表情を引き締めて頷く。
そして代表してプルミエが期待したような声音でイッシに尋ねた。
「では、とうとう始めるのですね」
その問いかけに、彼は大きく頷く。
「そうだ、始めよう。まずは僕たちの領地から最も近い町ジルムへ兵を動かす」
彼がそう宣言したとき、空に浮かぶ赤色の星が妖しく瞬いたのである。
・・・
・・
・
「ほう、この情報は本当なのかね」
口元にいやらしい笑みを浮かべながら町長のディアンは言った。
禿げ上がった頭に口ひげを蓄えて上品そうな出で立ちではあるが、いかにも人を馬鹿にしたような目つきをしている。
時刻は昼前。外を見れば上り始めた太陽が世界を明るく照らしていた。
「へい、確かです。子飼いの賊からの情報でして、昨日のうちに捕縛に向かわせました。じきに報告が来るはずでございやす。捕まえた後は勝手なことをせず、まずディアン様に商品を収めるようきつく申し付けております」
その大男、グレーギンが言うと、ディアンは「うむ」と大儀そうに頷いて爪の手入れを再開する。
「邪悪なるホムンクルスではあるが、せめて俺の役に立ってもらおう。ちょうど、それが欲しいという依頼が他の貴族から舞い込んでいたところだ。せいぜい高く売りつけてやるとしよう。まったく、本来ならばすぐに殺されてしかるべき人形どもを、せめて人の役に立てようと、こうして善行を積むのは気持ちの良いものだ。なあグレーギン、貴様もそう思うであろう」
はい、おっしゃる通りで、とグレーギンと呼ばれた男が卑しく笑うと、ディアンは満足したように頷いて退室を促す。
大男は頭を下げると部屋から出て行く。
一人になったディアンは頭の中で算盤を弾き始める。
(ようやくツキが回ってきたようだな。俺はこのような田舎で終わるような男ではないのだ。ホムンクルスは数十人の規模と聞く。一体でも貴重なホムンクルスが数十とは景気が良い。その金で高い官職を買う。まずはこの辺境をウェハル家のロウビル殿から奪い取る。無論、多少の抵抗はあるだろうが現在のイブール王メフィアン様は実に利に聡いお方と聞く。より多くの誠意を見せれば、ご一考頂くことは十分可能だろう)
無論、ホムンクルス達には地獄を見てもらうことになるだろうが、
「所詮は邪悪なる人形よ。どう扱おうが、女神ラステル様もお許し下さる」
そう言って形ばかりの祈りを捧げると、葡萄酒をグラスに注ぎ、自らの未来に祝杯をあげたのであった。
だが、ちょうど彼が未来への栄光を確信していたとき、
「いやあ、なかなか活気のある町だな。だが、あまり人々の顔に笑顔がないようだ。そう思わないかい、アマレロ」
町の入口に一人の旅人めいた格好のイッシと、
「ほんとうっすね! 人口1万人で北部ではもっとも栄えている町ってのは伊達じゃないっす。ただおっしゃるとおり、少し元気がないようではありますが」
アマレロと呼ばれた変身能力をギフトとして持つNo.456が彼の町へとやってきたのである。
なお、アマレロの姿はその能力によって少女の姿から気品に満ちた若き令嬢に変身している。
また、目の色もホムンクルスの特徴的な金色から一般的なブルーに変わっている。
そしてそれに加えて、彼らの背後で多数何かが動くような気配があったのだが、イッシたちは気にせずに目抜き通りを真っ直ぐに進んでいくのであった。
そう、ディアンの卑小な笑みなどとは比べ物にならないほどの邪悪な微笑を浮かべながら。