半人間の真実
動かなくなった男達を横目に見ながら、五寸釘レオは壁に背中を預け、ゆっくりと腰を下ろした。こすりつけた背中の壁に、べっとりと血がこびりつく。
少女を救出するときに流れた血のほぼすべてが、レオの血だった。
誘拐された少女、氏家レイカ《うしいえれいか》は、男達から距離をとってレオの体の反対側に、寄り添うように座った。警察がかけつけるまで、数分とはかからないはずだ。ほんの一時、レオは少女と話せる時間がつくれたことを感謝した。
「……世の中に、魔法使いと呼ばれる人間がいる」
「突然だね」
話し出したレオに、レイカは黙って聞いていたわけではない。大きな目を見開き、身を乗り出していた。少女のことはよく知っていた。痛む腕を少女の肩に回し、抱き寄せた。少女は緊張したように体を硬くした後、急に震えだした。
誘拐されていた事実を、また思いだしたのだろう。
「オレは、魔法使いじゃない。成り損ないってところだ。オレたちは中級魔法使いとか名乗っているが、本物の魔法使いたちは、オレみたいなやつのことを『半人間』と呼ぶらしい。オレは、自分の体の機能を意識して操ることができるし、会話を交わすことで、相手の意識をすり替えることができる」
少女は返事を返さなかった。ただレオの胸に頭をつけ、震えていた。
「レイカが誘拐された後、魔法使いたちの組織にレイカの居場所を教えてもらった。ただし、『人間たちの社会の出来事に魔法使いが力を貸すことはできない』といわれた。だから、オレは一人だけで来た。どうやってレイカの居場所を見つけたのかは、オレにも説明はできない。普通の人間相手なら、どんな奴でも負けないつもりだったけど……ちょっと甘かったな」
レオの体内に、鉛の銃弾が残っていた。時間をかければ、自力で体外に出すこともできる。今のレオにそれだけの力は残っていなかった。体内に残った銃弾が肉体の組織と癒着する前に、人の体を治療することができる中級魔法使いに助けを求めた方がいいだろう。レイカは言った。
「レオはすごい人……昔からそうだった。わたしは、親がお金持ちなだけの普通の子だったから、ずっと憧れていたの」
少女がレオの話を理解しているのかどうかレオにはわからなかった。レオは少女の気持ちが嬉しかったが、このまま少女の近くにいてはいけないとも思っていた。
「今まで、レイカに向かって精神を操る魔法をつかったことはない。そのことは信じてほしいけど……レイカが思っているほど、オレはすごい人じゃない。オレは自分の肉体の機能を操れる。それは、人間の一流のアスリートが長い訓練を重ねて可能とすることを、イメージするだけでできるようになるということなんだ。骨が折れたり筋肉の繊維が切れても、体調がよければ一瞬で直すこともできる。だから、通常の無理は怖くない。それに……脳の機能も自由にできる。一度見た教科書はすべて記憶できる。人間と機械を比べて、機械のほうがすぐれているというようなものだ。オレは、すごい人間なんかじゃない」
「……お兄ちゃん」
少女は突如、ずっと幼いころ、少女がレオを呼んだ時の呼び方をした。記憶が混濁したわけではないだろう。少女はレオに呼びかけている。
「オレは、レイカの兄じゃない」
「お兄ちゃんは、わたしのそばに居るのが嫌なの?」
「……違う」
最近では、一緒に登下校することもなかった。学校であっても、会話を交わすこともない。いつからそうなってしまったのか、レオにはわからなかった。ただ、昔から知っていた少女が誘拐されたと聞いて、黙ってはいられなかったのだ。
ずっとそばにいたという感覚はない。だが、少女がどう感じていたのか、レオにはわからなかった。
「お兄ちゃんがずっとわたしのそばに居てくれるなら、人間じゃなくてもゆるしてあげる」
いつの間にか、少女の震えは止まっていた。レオには、少女の言葉の意味がわからなかった。ただ、『ずっとそばに居て』ほしいといわれたことだけはわかった。面と向かってはいえなかったのかもしれない。少女の頭はレオの胸にあり、少女の呼吸が睡眠時特有のものに変わっていく。
パトカーのけたたましい音が聞こえてきた。
五寸釘レオは地面に少女を寝かせ、わずかに回復した足の筋肉に力を込めた。
空き家の屋根の上から、警察に保護される少女を確認し、誘拐犯人のアジトとして使われた倉庫から離れた。




