五寸釘レオという名の半人間
五寸釘レオの受けた傷は深く、手も足もまともには動かなかった。レオの力で完全に治すこともできるが、時間がかかる。
男達の衣服から携帯電話を取り出したレオの手は、真っ赤に染まっていた。無理な筋力を引き出し続けたため筋肉の繊維がちぎれ、出血を生じていた。皮膚の内側で出血をとどめるより、皮膚を割って体外に排出したほうが治癒に必要な時間が短いといわれている。レオ自身の血により、携帯電話は真っ赤に染まっていた。
痛む手を酷使しながら、携帯電話を操作する。
『警察です』
「誘拐された丑家レイカの代理の者です。担当者をお願いします」
電話の向うで、警察の受付担当者が動揺したのがわかった。少し待つように告げられる。
「レイカ、もう大丈夫だ。出てきてくれ」
壊れかけた壁の向こうから、真っ青な顔をした少女が顔を出した。
「……終わったの?」
「ああ。今、警察に電話したところだ。しゃべれるか?」
青い顔をした少女は、小刻みに首を振る。少女とレオの間には、動かなくなった大人の男達が四人いる。本人の言動ほど気丈な少女ではない。幼いころから少女を知っているレオは、これ以上少女の負担になることは避けたかった。
「一言でいい。いたずらだと思われないためだから」
少女に男たちを踏み越えさせるのは無理だと考え、レオは少女に向かって踏み出そうとした。撃たれた右足と尻に激痛が走る。左肩も撃たれている。自分の肉体を操作出るのが、肉体に対するレオの能力である。しかし、修復する十分な時間はない。
予期していなかった激痛に耐えきれず、レオは膝をついた。
「レオ、大丈夫?」
気が付けば、少女の顔がすぐ近くにあった。男達を踏みつけて駆けつけたのだろう。
少女は、レオが思っていたほど弱くなかったのかもしれない。
「ああ。少し、疲れただけだ」
「……よかった」
言いながら、少女はレオの肩に触れた。手がレオの血で染まり、少女は固まったように静止した。
携帯電話から声が漏れる。
『君は何者だ?』
しわがれた、鋭い声だった。
「パパ?」
少女が悲鳴に近い声をあげた。
『レイカか? そこにいるのか?』
警察が、誘拐された家に直接電話をつないだのだろう。レイカの家には、警察が詰めていたはずだ。家の主である少女の父が直接電話にでることにしたらしい。
「うん。大丈夫。レオが……」
自分の名前を出され、レオはすぐに少女から電話をもぎ取った。耳にあてた。
「電話はこのままつないでおく。位置はそちらから探ってくれ」
そのまま、男達の上に携帯電話を捨てた。
少女に向き直ると、心配そうな、不服そうな、複雑な表情をしていた。
「オレのことは知られたくない。普通の人間じゃないことが警察とかに知られると、レイカのそばにいられなくなるかもしれない」
「……レオは、普通の人間じゃないの?」
「昔から、ずっとそう言っていたと思うけどな」
幼いころから、少女にはそう言い続けていたつもりだった。
「うん……ごめん、信じていなかった」
「そうか……まあ、仕方ないな。少し、話せるか? 時間ならあるだろう? 警察が迎えに来るまで」
「レオは、体は大丈夫なの?」
「そのことも話すよ」
レオは痛む体を操り、少女が隠れていた崩れかけた壁に戻ろうとした。
やはりふらつき、少女に支えてもらうことになった。
少女はレオの血で汚れたが、今度は避けようとはしなかった。