魔法使いの実力
火陀レンカに腕をとられて引きずられるように、五寸釘レオは屋敷へと向かった。
「すごい効果ですね。あれも、下級魔法ですか?」
「私たちは精神干渉とか呼ぶけどね。魔法使いにとっては、もっとも初歩の技には違いない。ほとんどの魔法使いは、こっちの力を磨くけど、私は違った」
レオの腕を掴んでいない手を上げ、レンカは手のひらに炎を生みだした。ただの掌である。それだけでも、レオには仕組みがわからない。魔法なのだとしたら、そもそも仕組みなどないのだろう。
「どうしてですか?」
「魔法使いも、体は人間と変わらないからね。人体以外の現象を操作するっていうのは、できるけど、簡単じゃない。長い時間かけて苦労するなんて、好きな奴じゃないとできないってことさ。人間の世界で生きるのに、精神と肉体の操作以上の力は必要ない。同族の魔法使いたちから見下されないように、覚えたのは最低限だけだよ」
火陀レンカの手に生まれた炎は、まるで自ら意思を持っているかのようにレンカの回りを飛び回り、消えた。
「……魔法使いも、人間、ですか」
レオには信じられないことだった。以前はそうでもなかった。火陀レンカにあってから、そう感じたのだ。その本人からいわれても、説得力がないのだ。
「もちろん。怪我をすれば血が出るし、無理をすれば壊れる。ただ、同時に修復し続けるだけの力があるというだけだ。心臓をえぐられても血流を回せば死ないけど、脳が壊れたら死ぬね。もちろん限界はある。マグマの中に落ちて生還したとかいう奴にあったことはないよ」
火陀レンカは当然のことのように話していたが、レオであれば心臓をえぐられた段階で死ぬ。心臓もなしに、血液をめぐらせる方法などあるのだろうか。
知りたくもあり、聴くのが怖くもあった。
これ以上、魔法使いについての無知を晒して、レンカの気分を害させるのも怖かったし、絶望的な力の差を教えられるのも嫌だった。
火陀レンカはレオの腕に巻き付くように体を押しつけていたので、今のところ怒らせてはいないだろう。
二人が向かう屋敷の玄関がけたたましく開き、着物を着た小柄な女性が走り寄ってきた。
レオの母、五寸釘クルミである。
屋敷から出てくるなり、五寸釘クルミは二人の足元にひざをついた。
「お待ちしておりました」
「ああ。火陀レンカだ」
答えながらも、レンカは五寸釘レオの腕に巻き付いたままだった。生地の厚いスーツを通してだが、レンカの体がレオの腕に押し付けられる。レンカの弾力と体温を感じ、思春期のレオは恐れながらも、平常心ではいられなかった。
「赤炎の魔女……」
クルミが呟く。レンカは一顧もいなかった。
「私じゃ不満かい?」
「い、いえ。とんでもありません」
五寸釘レオを片腕であしらう中級魔法使いであるクルミが、恐れたように顔を上げることもできずにいる。レオは悔しくなった。
「母さん、顔を上げてくれよ。そんなへりくだった態度しなくても……」
「この国に常駐している魔法使いは三人だけだ。その中じゃ、私は一番大人しい方だよ」
「解っております」
クルミは相変わらず顔を上げなかった。レンカは続けた。
「あんたに言ったんじゃない。こっちの坊やに言ったのさ。私を怒らせたいのかい?」
火陀レンカは、レオの腕に巻き付いたような姿勢のまま、やや斜めに顔を上げた。女性の上目遣いを恐ろしいと感じたのは初めてだった。
「……いえ」
逆らってはいけない。レオは自分の声が震えているのを感じた。
レンカが指でレオを招く。密着している状況で、招かれてできることは少ない。
レオは顔を近づけた。レンカの顔が迫った。
唇を奪われた。
レンカの舌がレオの口腔に入る。
何のための行為か、全くわからなかった。
レンカはレオを見下しているはずだ。
舌を絡め、唾液をすすり、痛いほど、舌を引っ張られた。
レオの膝が落ちる。
精神が犯されたのがわかった。
頭の中に、レンカに対する絶対の服従心が植え付けられた。
火陀レンカが、くわえていた舌を放し、レオを解放した。
「私は欲しいと思ったものは手に入れる。あんたの息子はもう、私のもんだ」
クルミに投げかけた言葉だとわかった。
レオは地面に手をつき、動けなかった。
五寸釘レオとクルミは、全く抵抗できないまま、地面に這いつくばることしかできなかった。
火陀レンカが開け放たれた玄関に至る。
「早く来な」
呼ばれたレオは、まるで飼い犬のように走りだしていた。




