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死せる少女と魔法の法則  作者: 西玉
死せる少女
23/26

人類の敵

 五寸釘レオは、住所を告げた。救急車にはナビゲーションシステムがついており、まっすぐに目的地に向かうことになった。通信機から深刻な声が漏れ出てきたが、上手く誘導して電源を切らせることに成功した。さらに、サイレンを鳴らさせる。

 これで、火陀レンカがどんな移動手段を使おうとも、そう遅れることはない。レオは、火陀レンカが本気で氏家レイカをばらばらにするだろうことを疑っていなかった。

本物の魔法使いに会うのは初めてだった。レオのような半人間が自分たちのことを中級魔法使いと呼ぶのに応じて、上級魔法使いと呼んでいる。その上級魔法使いにとって、レイカの父であるサダオが用意できた金額は、あまりにも少なかったのに違いない。

 いったいどんな金銭感覚をしているのか、レオには想像すらできなかった。

 救急車がサイレンを鳴らして長距離移動すること自体がありえないことである。幸いなのは、怪我人が五寸釘レオだけだったため、そのために犠牲になる人間が出ないだろうということだ。もう一人、火陀レンカを銃撃した人間は、救急車より霊柩車の方があっていると誰しもが思うだろう。

 幹線道路を降り、狭い地方道に入る。

 屋根の上を伝うように走っていた、火陀レンカと並走した。

「レンカさん!」

 レオは運転席に身を乗り出し、窓から顔を出した。火陀レンカが横目でレオを見た。五寸釘レオだと認識した。火陀レンカは屋根伝いに走る速度を上げ、救急車の前に回り込んだ。

 火陀レンカは道の脇に立っていた。救急車が横を通り過ぎる。レオのいた後部座席には、窓がない。レオにはどうにもできなかった。救急車の塗装が剥げる音がきこえた。後方の扉が強引に開けられる。火陀レンカが乗り込んできた。

 レオの精神操作は完璧とは程遠い。騒がれないために、同乗していた救急隊員は昏倒させてある。意識があるのは運転席の一人だけである。

「……あれ? おれは、どこに向かっているんだ?」

 意識がレンカに向いたため、隊員の魔法が解けた。レオは慌てて運転席に向き直ろうとしたが、火陀レンカが止めた。えりくびの後ろを掴み、救急車の壁に押し付けた。

「そこのナビに出ている住所だろ」

「……ああ、そうか」

 火陀レンカがいれば、レオが意識を操作し続ける必要はないだろう。レオは肩の荷が降りたような気がした。火陀レンカにも追いつけた。やるべきことはやった。

「精神への干渉も使えるのかい。あんたたち中級魔法使いは下級魔法と呼んでいるようだけど」

「はい。でも、中途半端です。かなり条件が限定されますし、集中し続けないと今みたいに直に正気に戻ってしまいます」

 精神への介入は、魔法使いにとってもっとも初歩の技だと考えられ、一般に下級魔法と呼ばれる。それが下級だと考えられているのは、肉体と生命を操作できる半人間は、例外なくある程度精神への操作を行うことができ、その逆は存在しないからだ。下級魔法も人により得手不得手があり、下級魔法しか扱えない者の方が、下級魔法については上手く使いこなす例も多い。それだけ、精神というのは扱いが難しいともいえる。下級魔法しか使えない者は、下級魔法使いと呼ばれる。もっとも、精神の操作だけが可能で限定的な能力しか持たない場合、ふつうの人間とほとんど区別がつかないため、生涯自分が魔法使いであると知らない場合も多いという。

 精神への干渉、肉体への干渉を、もっとも基本的な魔法として、際限なく使えるのが上級魔法使いと呼ばれる火陀レンカのような人間たちである。上級魔法使いというのは、レオのような半人間が、敬意を込めて呼ぶ通称である。上級魔法使いたちからすれば、魔法使いは自分たちだけで、肉体操作しかできない者はただの人間と変わらないという侮蔑の意味をこめ、半人間と呼ぶ。

「だから、そんなに弱いんじゃないかい? あんたたち中級魔法使いが使える力なんか知れているんだ。使う能力は選んだほうがいいと聞いたことがあるよ」

「上級魔法使いは、そんなに力を使い続けられるんですか?」

「私たち自身は、上級とは思っていない。魔法使いは魔法使いだ。中級以下の魔法使いは、ただの人間とそう変わらない。あんた達が下級魔法と呼んでいるものは、まばたきをするのと同じくらい自然に使えるね。肉体の操作も同じさ。それでも、魔法使いには強いのとそうでもないのがいる。私なんか、可愛いものだよ」

 救急車がサイレンを鳴らしたまま、氏家の屋敷に入った。レイカが死んだことを秘密にしているのだ。きっとレオの母である五寸釘クルミが慌てているだろうと想像した。

 サイレンが止まる。運転していた救急隊員を、火陀レンカは手を触れることもなく気絶させた。

 車から降りると、黒ずくめの男達に囲まれていた。

「何の冗談ですか」

 救急車の後部から降りた五寸釘レオに、男達を仕切っていた祢津ジンベエが渋い顔を見せた。氏家の使用人を取り仕切っている立場の男だ。レオは素早く居並ぶ顔を確認し、クルミがいないことに安堵した。

「魔法使いを連れてきたんです。母に連絡をしてください」

「……本当に?」

「私じゃ不満だっていうのかい?」

 レオの背後に、火陀レンカが降り立った。レオの肩を杖だと勘違いしているように寄りかかる。レオは動かなかった。火陀レンカに何をされようが、抵抗できる気がしなかった。

「早く、連絡を」

「解りました」

 懐から無線機を取り出し、背を向けた祢津ジンベエの背後に、火陀レンカが立った。無表情で居並ぶ黒ずくめの男達に、視線を向ける。

「頭が高いよ」

 強力な精神干渉だ。男達が一斉に地面にひれ伏した。

「……わかりました。すぐにお連れします」

 答えた祢津ジンベエの手から、火陀レンカが無線機をひったくる。

「あんた何様だ。この家を丸ごと灰にされたくなければ、あんたが迎えに来な」

 一方的に電源を落とすと、火陀レンカはジンベエに投げつけた。

「……お前たち、何をしている?」

 ジンベエが不思議そうに尋ねたが、男達は動かなかった。火陀レンカは五寸釘レオの腕をとって屋敷に向かう。誰も妨げはしない。

 火陀レンカは、ひれ伏す男達に視線すら向けず、ただ絶対の服従心を植え付けた。


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