屋上にて
五寸釘レオは、火陀レンカに荷物のように担ぎあげられた。火陀レンカは魔法使いである。死んだ人間と血で、無残に汚れた階段に向かい、手の平を向けた。突然生まれた炎が通路を舐めた。階段の下から、足音が昇ってくる。火事の連絡がいったのだろう。魔女はレオを担いだまま上階に向かった。
屋上に出ると、レオは捨てられた。
「下の消火で手一杯でしょうから、しばらくは人が来ないわ」
自分の体を直せということだろう。レオは首だけで理解したことを示し、自分の肉体に意識を向けた。
「……遅いわね」
何に向けた言葉だったのか、レオは強引に理解させられた。火陀レンカはレオの服を剥いだ。レオの服のボタンがはじけ飛んだ。火陀レンカの服同様の赤い肉体が空気に触れる。火陀レンカが口にしたのは、レオの回復速度だったのだ。魔法使いの能力のほとんどを、レオは知らない。穴だらけのレオの肉体に、火陀レンカが手のひらをあてがった。
「オレも、燃やすつもりですか?」
「下らないことを言っていないで、修復に専念するのね。たった八億では割に合わないわ。あんたの修復分は、別に請求するわよ」
初めて、火陀レンカが人間らしい感情を示した。レオは答えた。
「オレが怪我をしたのは、あなたの命令です」
「つまり、私の命令を実行するだけの能力がなかったということでしょ」
火陀レンカの言う通りだった。レオに返す言葉はなかった。その一方、火陀レンカの手があてがわれた下で、レオの肉体は確実に回復しつつあった。胃に空いた穴がふさがり、レオの肉体をむしばんでいた鉛の塊が体外に排出される。レオ一人では、衰弱して死ぬと推測していた。
「オレの雇い主には、もう金はないようです。オレにも支払い能力がない」
「なら、体で払う?」
「役に立てますか?」
肺の穴もふさがり、傷もなくなりつつあった。皮膚の下に新しい皮ができていた。確かに、これほどの能力なら死んだレイカの肉体も修復できるかもしれない。
「ハサミと一緒よ。使い方次第ね」
火陀レンカが立ち上がる。もう治療は終わったということだろう。階段がある向こうから、騒々しい足音が聞こえていた。レオは服を治そうとしたが、ちぎれたボタンを直す方法はなかった。
「どうやって、ここから降ります?」
レオも立ち上がったが、大量の血が流れている。足元がふらついた。人間たちが大勢いる中を突っ切りたいとは思わなかった。火陀レンカは屋上の端まで歩いた。慌てている足取りではない。レオも従った。
「ああ、いいお店があるわ。あそこにするわ」
「えっ?」
火陀レンカが何を言っているのかわからなかった。地上の一画を見ているのは間違いない。
「行かないの?」
「い……行きます」
息が切れていた。動機が激しい。抑えることもできるだろう。そうすべきかどうかもわからなかった。
「前言撤回するわ。体で払うにも、あんたでは使い道もない」
「……申し訳ありません」
「別行動にしましょう。どこに行けばいい?」
レオは住所を告げた。
「了解。先に行くわ」
言いながら、火陀レンカは屋上から飛び降りた。真っ赤な服を着ているという自覚がないのか、人目につくことも恐れずにビルの屋上から飛んだ。まっすぐに落ちていく。
レオは下を覗き込んだ。なんの仕掛けもない。魔法使い火陀レンカは、ただ飛び降り、地面に降り、歩きだしていた。
――あれが、魔法使いか。
階段を上る足が聞こえた。通常よりよく響く足音は、重い装備を持った人間が昇ってきていることを示していた。消防士たちだろう。雑居ビルの中で火を放てば、当然の反応だ。すぐには屋上には来ない。途中でスプリンクラーが作動し、全身が焼け焦げた男が、焼かれるより酷い死にざまで転がっているのだ。時間はある。
レオは深呼吸し、屋上から身を踊らせた。人目につかないよう影を選び、屋上の縁を掴んで壁に張りつき、もっとも近い足元の窓、つまりビル最上階の一室の窓ガラスを割り、室内に侵入した。
もう、体が動かなかった。
意識がかすむ。
レオは罪に問われるだろうか。
人間たちに見つかる。
自分の体を強化する。それが五寸釘レオの能力であり、人間の体である以上、限界はある。
レオは眠りに落ちた。頭の中で、氏家レイカが泣いていた。泣きながら、レイカの頭部が落ちた。落ちた頭部が泣き続けていた。頭部を拾い上げた女は、真っ赤な服を着ていた。




