課せられた難問
五寸釘レオの見ている前で、治癒の力を持つ老人は氏家レイカの死体に触れていた。顔に手を這わせ、首筋に指を這わせていた。体内の骨を正常な位置に戻そうとしているかのように見える。
レイカは死んでいた。血が廻らない顔はどす黒く、瞳孔が開いたままだった。それでも、老人が手を触れた時から、わずかに血色がよくなっているように見えた。
「本当に生き返らせることができるのかな」
「そこまでの力はないわ。あの人は、半人間の力を他人の生命と肉体のみに向けて使えるように訓練してきた。だから、ワタシやレオが自分の肉体に対してできるのと、同じようなことを他人の体に行えるということよ。拳や筋力を強化して鉄板を貫けば、逆に拳が砕けて皮膚が裂けるように、できることには限界がある。瀕死の人間を元気にするのと、死んだ人間を生き返らせるのは、全く違う行為よ。彼がしているのは、死体がこれ以上腐食しないように、体内のまだ生きている細胞や組織を延命しているだけ。死んだ人間を生き返らせるだけの力は、魔法使いしか持っていないわ」
クルミがレオに説明する時は、レオが知っていなければならないことだと決まっている。半人間の限界や魔法使いのことを知っていなければならない状況に、レオはこれから直面するのだ。
レオ自身にもそれを拒むつもりはなかった。
「それで、魔法使いを雇うには、十億円かかるということ?」
クルミは小さく肩をすくめた。機嫌がいいのではない。半ばあきらめているように見える。
「御屋形様が用意できる金額が、おおよそそれぐらいだということだけよ。魔法使いは気まぐれで、魔法使いたち自身が決めたルール以外には絶対に従わない。魔法使いたちは独自のネットワークを持っていて、そこにアクセスする窓口が、日本では神社本庁なの。神社本庁に、十億円の用意があるから死んだ人間を生き返らせてほしいというメッセージを送ると、そのメッセージが魔法使いたちのネットワークに流される。やってもいいという魔法使いが現れれば、レイカお嬢様は助かるし、見つからなれば、レイカお嬢様にはこのまま死んでいてもらうしかない」
「では、このまま待っていればいいのか?」
「なら良かったけどね。魔法使いたちは、ほとんどお金に興味がないのよ。私たち半人間が必死に訓練して身に着ける精神や肉体を操る技術を、当たり前に使えるのが魔法使いだからね。店から何を持ちだしても、金を支払ったように思いこませるなんて簡単なことよ。でも、お金があればわざわざ魔法を使わなくてもすむから、便利な道具であることは間違いない。どんな金額を提示しても、魔法使いが自分から名乗りを上げることはないわ。でも、魔法使いを見つけて、こちらから声をかければ、情報が流れていれば手を貸してくれるかもしれない。そのための十億円よ。だからレオ、もうわかるわね」
「魔法使いを探して来いかい?」
「時間はないわ」
「二四時間だ」
レイカの死体に触れていた老人が答える。
「その時間の理由は?」
レオが尋ねると、老人は顔も上げずに答えた。
「わしが眠らずにいられるのが、それが限界だということだ。これ以上腐敗が進行すれば、いくら魔法使いでも、このお嬢さんを助けることは不可能だ」
「死体を冷凍すればどう?」
クルミが尋ねた。老人は少しだけ顔を上げた。顔を上げられないほど集中していたのではなく、気分の問題らしい。
「危険だな。状態を保存できるが、まだ生きている細胞まで死んでしまうかねもしれない。それが確実なら、わしを呼んだりはしないだろう」
「わかったよ。探してくる。魔法使いの特徴は?」
老人が顔を上げた。クルミもレオを見る。悪い予感がした。クルミが告げた。
「そんなものがあるなら、苦労しないわ」
レオは絶望した。




