命の値段
五寸釘レオとクルミの前に現れたのは、あまり品が良いとは言えない老人だった。顔のしわは深く刻まれ、まだらに残った真っ白な頭髪が汚く見えた。ジャージに白衣といういでたちは、医者というより客の少ない整骨院の整体師を想像させた。
「早かったわね」
クルミに対し、老人は小さく手を上げた。
「お前さんは変わらんな。わしと同じ年齢とは思えんわい」
「年の話は聞きたくないわ。そっちのお嬢様よ」
「わかっておる」
老人は杖をついていた。レオの目には、百歳を超えているのではないかと思えた。クルミも同じ年齢だとしたら、普通の人間であれば、レオを産めるはずがない。
老人は杖をつきながら、レイカの死体が置かれたベッドに近づいた。杖を置き、手を伸ばす。折れた首、割れた頭蓋骨を持ち上げる。そのまま、レイカの死体をまさぐり続ける。レオには、何をしているのかわからなかった。
「……母さん」
聞きたいことはたくさんあった。だが、クルミは質問を許さなかった。
「ワタシの年齢について、他言したら命はないと思いなさい」
聞きたいことではなかった。だが、質問が許されないのは同じことだった。レオが口を開く前に、クルミの指示が飛んだ。
「御屋形様を呼んで来て。たぶん、必要が出てくるわ」
クルミが『御屋形様』と呼ぶ相手は一人しかいない。その呼び方そのものが、五寸釘が一族として、氏家に仕えていることを表している。『御屋形様』とは、氏家の現当主である、レイカの父親だ。
「その必要はない」
言ったのはレオではない。レオの背後から、天幕をめくる男がいた。真っ白い髪とひげを下げた体格の良い老人だ。レイカの父ではあるが、年齢は孫ほども離れている。そのためか、老人がレイカを溺愛していることは間違いない。
「申し訳ありません。お足音で、サダオ様と気づきませんでした」
レオの攻撃では膝すら地面についたことのないクルミが、床に両膝をついた。
「構わない。それだけ、レイカを助けることに集中していたということだろう」
「恐れ入ります」
「御屋形様、レイカはもう……」
話しかけたレオは、膝を折られて尻餅をついた。クルミが動いたことすら気づかなかった。尻餅だけでは済まなかった。気が付くと、頭を掴まれ、床に押し付けられていた。
「構わない。この子は以前、誘拐されたレイカを助けるためにずいぶん働いてくれたことは知っている。表ざたにはしていないし、真実はクルミから聞かされたわたししか知らないことだ。レイカも兄のように慕っているということじゃないか。言いたいことがあれば、聞かせてもらおう」
「いえ、この子はまだ幼く、サダオ様の耳に入れられるようなことは、何も言えませんから」
クルミは、まるでレオを三歳児でもあるかのように言った。レオに反論はできなかった。押さえつけられた頭が、割れるほど強く絞められていたのだ。
クルミの携帯電話が鳴った。サダオの許可を得てから携帯電話に耳を当てる。レオは解放されたが、鋭い視線で睨みつけられたままだった。
「わかりました。ちょうどこの場にいらっしゃいますから、聞いてみます」
携帯電話をいったん耳から外し、クルミがサダオに尋ねた。
「お嬢様の蘇生には魔法使いの力が必要です。魔法使いを動かすには、お金がかかります」
「いくら必要だ?」
「最低十億は必要です」
「わかった」
「ありがとうございます」
クルミが頭を下げ、携帯電話に戻った。サダオは険しい顔をして天幕から出ていった。金策に行くのだろうか。いくら資産家でも、簡単に用意できる金額ではないはずだ。
「レオ、あなたにやってもらうことができたわ」
携帯電話を戻しながら、クルミがレオに告げた。いい予感はしなかった。




