死せる少女ともう一人の半人間
五寸釘レオは、分厚いビニールの天幕に入り、ただ立ち尽くした。
自分の肉体を自由に操作できようと、他人の精神に干渉できようと、心は強くならなかった。
氏家レイカは死んでいた。
綺麗な死体ではなかった。
顔は潰れ、首の方向はまっすぐだが、喉の不自然な盛り上がりは骨が折れているのだ。
車に激突されたと聞いていた。
車はレイカの右側にぶつかったのだろう。右腕と右足が折れていた。服を着ているが濡れて見えるのは、皮膚が破れて内臓が飛び出しているのかもしれない。
五寸釘クルミが前に出た。レオとクルミのほかには、誰も天幕の内側に入ろうとはしなかった。
「母さん、何をするんだ?」
「何も。ワタシにはなにもできないわ」
母が手を伸ばし、レイカの死体に触れた。頭部から、肌に触れる。レオは目を背けたかったが、視線を外さなかった。クルミが何をしていようが、同じことがレオにもできるはずだ。見逃すつもりはなかった。
クルミはただ、レイカの首の向きを直しただけのように見えた。
携帯電話を取り出し、滑らかな動作で相手を呼び出す。慣れた手つきだった。レオは母が電子機器の取り扱いに長けているという記憶はなかった。
電話を耳に当て、クルミは話し始めた。
「おそらく即死ね。人間には修復不可能なのは間違いないわ。すぐに来られるの?」
クルミは誰かにレイカの様子を伝えていた。相手の声を聴くために、レオは聴力に意識を集中した。
『もう、屋敷の前におる。直接見ないとわからんが、わしだけでは無理じゃな』
「ええ。わかっている。本庁に連絡済みよ。すぐに回答があると思うわ」
『ならいいがな』
レオには解らないことのほうが多かったが、クルミは質問するすきを与えなかった。クルミは携帯電話を懐にいれ、天幕の外に顔を出した。正門前にいる人物を連れてくるように命じたのが聞こえた。
「母さん、説明してくれよ。レイカをどうするつもりなんだい? オレに、何をしろと言うんだい?」
天幕の外から顔を戻し、クルミがレオを見た。レイカの死体を前に、当然のことながら、クルミの表情は真剣そのものだった。
「氏家のお屋敷の裏手にある小さな神社の経営で、どうして生活していけると思っていたの? 五寸釘家は代々半人間の家系で、氏家の財力と権力で守られてきた。その代わり、氏家の命令にはどんな命令でも逆らうことはできない。氏家の家系は、子供が少ないうえに体が弱かったから、五寸釘の者は使用人として命をかけて氏家の直系を守ることが義務付けられていた。レオ、あなたもレイカお嬢様のためなら、いつでも命をかけられるでしょう」
ゆるぎない言い方は、自分の言葉を疑っていないことを意味していた。レオは言葉にすることをためらい、小さく頷いた。中学生のころ、どんな代償でも払う覚悟で誘拐犯人の元に乗り込んだことがあった。クルミは続けた。
「レオは気づいていないかもしれないけど、ワタシがそうなるように仕組んでいたのよ。年が近いし、レイカお嬢様はレオに気があるようだけど、レオは分をわきまえてレイカお嬢様を女性として見たことはない。ワタシが、そうなるようにずっと幼いころからそう言い続けてきたからね」
「母さん、オレが知りたいのは、そのことじゃない」
「わかっているわよ。氏家の直系の人たちは、体が弱いうえに災難に巻き込まれることが多かった。このレイカお嬢様が典型ね。ワタシたち五寸釘家の者は、氏家の人たちを守るために、自分の体を鍛えると同時に、万が一守り切れなかった場合に回復させる手段を用意することを求められた。半人間の能力には個人差があるけど、自分の肉体強化と他人の治癒能力を同時に持つことは、ワタシたちにはできなかった。だから、外部の半人間と協力して、高い治癒能力を持つ人をいつでも派遣してもらえるようにしてあるのよ。レオは知らないでしょうけど、半人間のことを良く思わない人間も多いから、人間の社会で生きるために半人間はいつくかの組織を形成しているわ。そのうちの一人が、いまこっちに向かっている人よ」
治癒能力を持つ半人間は数少ない。半人間の能力は産れ持ったものだが、その能力を何に使用するかは自らの選択によって決まる。ほとんどの半人間が、本人の肉体強化を選択する。長く生きることができるし、職業選択の自由が広がるからでもある。自らが半人間であることを知らないで育つ者も多く、知らない間に力を行使すれば、力は外部には向かわない。治癒能力に長けた半人間は、幼いころからそうなるべく育てられた者に限ると言われている。
部屋の天幕が動いた。
めくられた天幕の間に顔を見せたのは、腰の曲がった老人だった。




