氏家レイカという人物
氏家家の屋根から庭先を視界にいれ、五寸釘レオは携帯電話を耳に当てた。レイカ本人からだとは、もはや期待していなかった。想像通り、聞きなれない女性の声だった。
「誰ですか?」
『レイカお嬢様の身の回りの世話をしている、蛇目スズよ。あまり時間がないから、手短に言うわ。黙って聞いて』
レオは、下から発見されないように屋根の上に寝そべりながら聞き続けた。返事も返さない方が賢明だろう。声は続いた。
『お屋敷のすぐ近くで、レイカお嬢様は車にはねられて亡くなられたわ。今、お嬢様の死体のすぐ近くにいるの。旦那様は、事故があったこともお嬢様が死んだことも、外には漏れないようにして、あなたのお母様を呼んだの。あなたのお母様は、不思議な力があるって言われているわ。レイカお嬢様は、昨日までずっと……レオさんの話しかしなかった。家の中に、楽しいことなんかなかったのよ。その上、死んでまで自由にはさせてもらえない。レオさん、あなたのお母様を止めて』
「そのつもりです」
黙って聞いていたが、スズの話が終わったことを確信し、返事をした。聞いているかどうかはわからなかった。言う前に、電話は切られていたかもしれない。どうでもいい。レオは自分に言い聞かせるために、口に出したのだ。
――レイカが、死んだ……。
レオは、レイカの家の前まで二人で下校したのだ。レイカに付きまとわれる形ではあったが、引き離すと自動的に付きまとう護衛の男達をレイカが不快に感じていたのを知っているため、振り払うこともできなかった。レイカの家の前まで送り届け、ほんの数歩、歩く間に車にはねられたことになる。
レオの姿が見えなくなるまで巨大な玄関の前で手を振り続けるレイカの姿を、はっきりと思いだすことができる。ならば、レイカがきちんと玄関をくぐるまで、注意を怠ってはいけなかったのだ。豪邸に住む財閥の令嬢でありながら、レイカは産れつき徹底的に運が悪かったのだ。
携帯電話を握りしめたまま、レオは上空を仰いだ。レイカが死んだ。その事実が、レオの全身から力を奪っていた。
その事実を、五寸釘クルミなら覆せるのだろうか。
とてもそうとは思えなかった。レオは、半人間としての能力の使い方について、母から手ほどきを受けていた。レオは自分の肉体を強化できても、他人の肉体への干渉は不得手としている。母のクルミも同様のはずだ。しかも、完全に死んだ人間をよみがえらせることができるほどの力の持ち主がいるなど、聞いたこともない。
巨大な正面の門から、黒塗りの車が入ってきた。玄関前で止まる。白い巫女の正装をした、五寸釘クルミが降りた。
白い衣装のクルミを取り囲むように、黒いスーツ姿の男達が居並ぶ。
――母さん……何をする気なんだ。
レイカが死んだという事実を受け入れられないまま、レオは一見古く見えるが最高の技術が使われて葺かれた屋根の瓦を蹴りつけた。




