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The Eternal Memory  作者: 神裂 迅雷
鎖絡めの魔王の子=傷だらけの神童
7/38

7.標的

また会いましたね。どうも神裂 迅雷です。

余計なことは省いて本編をどうぞ!

 那拓らは更に森林の奥まで進んで行く。その道中、リンが思い出した様に那拓を呼ぶ。

「あっそうだ!なっくん!道化師さんと会うとき、舞姫とアーたん連れてっていい?」

「別にいいけど…アリスはあのピエロと面識あるからいいとして、何で舞まで?」

 那拓の質問にリンはニヤニヤする。

「心配?」

「何がだよ?」

「またまた~惚けちゃって!舞姫の心まで道化師さんに盗られちゃうのが。アーたんは盗られちゃったんでしょ?道化師さんの話の時だけアーたんやけに髪を動かしてたし、真剣に聞いてたもん」

「別に気にしてないよ。アリスが誰を好きになろうが、アリスの勝手だろ」

 取り乱す様子がまるでない那拓の返答にリンは肩を落とす。

「ねぇ、なっくんって家族とかじゃなくて、普通に女の子として好きな人とかいないの?何かそういう話しても全然素っ気ないじゃん?」

 肩車されたリンが再び那拓の顔を覗き込むと、那拓の目が虚ろになる。

 まさか…『どうせ俺なんかに好きになられて喜ぶ人いない』とか、『俺なんか誰も振り向いてくれない』みたいな事言うつもりじゃ…でも、その時は、舞姫がいるでしょ?って言ってあげればいいんだもんね。

リンは得意そうな顔で那拓の返答を待つ。

「舞みたいな奴もいるし…例えば…意中の相手と両思いになれたとして…そしたら…俺…暴力ふる…かも…」

「へっ?」

 予想外な方向に飛んだ那拓の自虐に、リンは戸惑いを隠せない。

 なっくん=DV?全然繋がらないんだけど…

「なっくんがDVなんかする訳ないでしょ?私、今までなっくんに暴力振られた事ないよ?」

「でも…俺…高嶺さん…みたく…」

 ダメだ…高嶺さんの名前を出されたら私対応できないよ…高嶺さんに会ったとき私はまだ赤ちゃんだったもん…それになっくんがDVを気にする理由も見当つかないし…あぁ、もう面倒くさいな!この件は後でアーたんに聞こ。私の手に負えないや…

 リンは那拓の額を平手で叩く。

「痛ッ…さっきから額ばっかりやるなよ…アリスじゃあるまいし…」

 那拓は腫れ上がった額を押さえる。

「ゴメン…でも、なっくんが変な所で自嘲し始めるだもん。好きな人がいるか、いないかを聞いてるのだけなのに…」

「俺に選ぶ権利なんか…」

「はぁ~…だ、か、ら!もういいよ…」

 リンは那拓の額の前で手を翳し、手に力を集中する。そして、リンの手が発光しだした丁度その時、那拓達の目の前に高速で何が突っ込んでくる。

「何あれ?」

 それにいち早く気づいたリンは、那拓の頭をヒョイッと飛び越し、那拓とその個体との間に入る。そして、リンは、腰に装備していた投げナイフを専用ケースから取り出し、片手に3本ずつ掴み、右手のナイフを投げると、1回転し、遠心力をのせて左手のナイフを放つ。しかし、ナイフは個体に当たると、高い音を出して弾かれる。個体のスピードは落ちる気配がない。

「なっくん!」

 リンの声と共に那拓の腕がリンの腹まで回り、リンの体をしっかり掴む。那拓はAS状態になり、出せる限りの力で横に跳ぶ。高速で直進する個体は、那拓の腕を擦り、森の木々を次々に薙ぎ倒し、漸く動きを止める。直径80センチ程のニードルボールが、ゆっくりと開き、そこから出てきた2足の足で立ち上がる。

「キメラ…?」

 リンは思わず呟く。

 シルエットは人サイズの山荒らし、手足の形は人その物、更に全身をアルマジロの様な甲殻が覆っている。

 キメラ…対クリーチャー用遺伝子改造生物。基本的な知能を持たせるために人をベースにすることが多い。それに様々な動物の特性を組み込んでいく事で完成する。

 普通ならクリーチャー以外は襲わないんだけど…さっきからアイツの視線は私じゃなくて、なっくんに向けられてるし、それにキメラって基本的に町の中に入って来ちゃダメ、って教育されてるはずなんだよね。あのキメラ、雰囲気的にも何かおかしい…動物らしさがないというか…ダメダメ!今は戦いに集中しないと!

「なっくん、どうするの?」

 リンが那拓の方に視線を向けると、那拓は真っ直ぐキメラと睨み合っている。

「少し本気出す。できる限り殺気を抑えてはみるけど、耐えれるか?」

 そう尋ねる那拓の視線はキメラに向いたまま全くブレない。

「何年一緒にいると思ってんの?もうなっくんの殺気は怖いってよりは、寧ろ安心出来るモノになってるんだよ?」

 リンの言葉に那拓は、はは…と小さく笑う。しかしその笑みもすぐに消え、那拓の目付きは鋭くなる。

 死を想像させる冷酷な瞳から放たれる鈍い光に辺りの蝉の鳴く声が消え、木々の揺れる音だけが聞こえてくる。夏場でありながら、冷たくのし掛かる重い空気。

 蛇に睨まれた蛙の様に敵は硬直する。それとは裏腹に、リンはウキウキしながら両手に一本ずつナイフを持つ。

これだよ!これ!久々に私もなっくんの隣で戦いたかったんだよねー!



o(`^´*)

 普通の山荒らしでさえヤシの実を貫く程鋭く強靱な針だが、キメラの針は更に強化されてるはずだ。その上アルマジロの硬い鎧。

 でも、ここなら人は来ないし、撫子の監視するカメラもない。殺気を出しても、糞みたいな奴等に舞とリンが、(今はアリスも)虐められる心配はない。

 リンが短剣を掴み、那拓から離れるのを確認すると、那拓も、自分の短剣を取り出して逆手に持ち、構えをとる。その途端、那拓の目の光はさらに鈍く、鋭くなり、遂には木々の音まで止む。那拓は両足に力を入れると、恐怖で麻痺したキメラの懐に潜り込み、胸部に短剣を突き立てる。しかし、短剣の刃はキメラの体に傷をつけるのみで、全く刺さらない。

 やっぱり硬いな…仕方ない…

 那拓は、キメラの放った反撃のぎこちない右フックを屈んで避け、逆にキメラの顔に裏拳を食らわす。更にその場で軽くジャンプし、仰け反るキメラの顎に向かって、右足、左足と2発の前蹴りを放つ。そして、那拓は着地と同時に、蹴りで浮いたキメラの胸元に蹴りを入れて吹っ飛ばす。キメラは地面を転がると、すぐに立ち上がる。その瞬間を狙ってリンは茂みから飛び出し、キメラの横から正面に入り、すれ違いざまに体重を乗せた斬撃を行う。しかし、やはり表面に引っ掻き傷をつける程度でダメージにならない。

「嘘?この剣でもダメなの?」

 リンはそのままキメラを通り過ぎ、今度は高い木の枝葉の影に消える。いくらかの攻撃で目の覚めたキメラは四つん這いになり、クラウチングスタートで那拓に向かって飛び出す。そして、飛び出すと同時に丸くなり、パイアと同等のスピードで転がる。那拓はそれを軽く避ける。キメラはそのまま直進し、木の前で体を開き、木を蹴り、今度は後ろ回転で那拓を襲う。スピードはさっきより若干増している。

 成る程。戦法は大体わかった。態々敵の有利な状況を作り出してやるまで、優しくないんでな。

 那拓は、タイミングよくキメラを飛び越え、着地と同時にキメラの後を追う。キメラは木の前で体を開き、木を蹴る。その瞬間に、那拓はキメラの体を蹴り上げる。キメラは

「きゅー…」

と鳴き、体を丸め、那拓の前に落下する。それを見ていたリンは木の上から那拓の隣に降りてくる。

「さすがなっくん。スピードも技も頭の回転もキレキレじゃん」

 リンが那拓の背中をポンポンと叩くと、那拓は鋭い目付きでリンを見下ろす。しかし、リンは恐怖に戦くこともなく、満面の笑みを那拓に返す。

「それでどうするの?こう丸くなられちゃ手の出しようがなくない?」

「じゃあ一旦、退くか?」

「え~、まだ共闘らしい事何もしてないじゃん」

 リンは不満そうに口をとがらせ、那拓の服を引っ張る。那拓は視線をキメラに戻し、短剣を納める。そして、身を屈めてリンの耳元に口を近づける。

「じゃあ、リンは…」

 キメラがピクリと動いても、那拓はリンにひそひそ話を続ける。リンもその場で首を上下に振り、相槌を打ちながら、両手に持っていたナイフをケースに戻す。キメラは時折丸まりを緩くして、首を覗かせ、こちらの様子を伺う。那拓がリンの耳元から離れると、キメラも首を引っ込める。それを見ていた那拓は、リンと共にキメラに背中を向け、今度はリンが那拓の耳元で囁く。

「話すふりって言われても、何話せばいいのか分かんないんだけど…1つ聞いていい?これって、共闘じゃないんじゃ…」

 キメラが立ち上がるのに気づいた那拓はリンを突き飛ばし、背後からの拳の一撃を避けると、後ろ蹴りをキメラに放つ。蹴られたキメラは背中の鋭い針が木に突き刺さり、足が地面に届かず、動けなくなる。那拓はキメラに近づくと、拳を開き、掌を捩じ込む様にキメラの左胸を突く。ミシミシという音と共にキメラとその背後の木が倒れる。那拓は、ピクリとも動かなくなったキメラに触れ、そのまま3秒の時が流れる。

 こいつもか…まさか…だとしたら、ここに長居は出来ない…

 那拓はゆっくりとキメラから手を離し、緊張を解くと、そのまま倒れたリンの方に向き直る。

「帰るぞ」

 那拓は苦く微笑みながらリンに手を差し伸べる。リンはその手を掴み、全体重を乗せ、立ち上がる。

「倒さなくていいの?」

 リンは首を傾げると、那拓は答える。

「もう死んでるよ」

「素手で倒したの?どうやって?」

「昔見せたろ。中国の方に伝わる衝撃を体内に流し込む技。それで心臓にダイレクトダメージを与えた」

 那拓は説明しながらリンを再び肩の上に乗せる。

「確かにカッコいいけど…」

 リンが不満そうに口を尖らすが、那拓はまるで気づかない。

「まず、アリスと合流して、舞ん家に戻る…支部に行って…」

 那拓は一人でブツブツと呟きながら森林を全速力で駆け出す。怒りや不満をぶつけるかの様に、そして那拓の肩から落ちない様にリンは、那拓の頬を必死で掴む。

「何を観たか知らないけど、全然共闘してないじゃん!私、あんなんじゃ満足できないよ!」

「悪いな。その分、例の変な指令、5日後の夏祭りまでには解決して、夏祭り一緒に行ってやるから許してくれない?」

 那拓はリンを宥める様にくぐもった声で言う。

「分かった!今日の所は許してあげる。その代わり、道化師さんは絶対に呼んでよね?」

 那拓は、リンに頬をつねられたまま頷く。



(o^-^o)

 暫く会ってなかったな、ピエロさん。最後に会ったのは2週間前だし、今日急にコスプレで出てったら変な風に思われる…それに、ナタは似合ってるって言われたけど、ピエロさんの趣味に合わなかったら嫌だし…服どうしよ…

 アリスはクローゼットを開け、那拓の買ってきた服を手当たり次第に引っ張り出す。そして、鏡の前で服を自分の前当てる。

「これじゃないし…これでもない…こっち?…」

 家にはアリス1人きり。そのせいか、鏡の前に立つアリスは困った表情や、嬉しそうな表情をしながら服を選ぶ。

 とにかく舞には負けない様にしないと…リンは…別に警戒する必要無いかな?…

 そんな事を思いながら、服を体に当てては床に投げるのを次々と繰り返す。

「早く会いたいな…」

 ふと呟いた自分の言葉にアリスは持っていた服に顔を埋める。



 髪を解かして、ピンクのヘアクリップを前髪に付ける。

 うん。バッチリ。

 アリスはまだ何も入っていないハンドバッグを持ち、鏡の前でポーズをとって見せる。薄ピンクのワンピースに、薄手の白いカーディガン。気があるのバレバレかな?やっぱり、これよりもっとラフな方がいい…?

 アリスが別の服を手に取った瞬間、コンコンと誰かが部屋のドアをノックする。アリスは服の散らかった部屋を見渡し、全て拾い上げると、クローゼットに無理矢理詰め込む。そして、鏡の前で自分の顔を引っ張ったり、揉んだりする。即席の無表情儀式が終了した所で漸くドアを開く。

 ドアの前には沢山の葉っぱを被ったリンと、額と頬が腫れた那拓がいた。アリスは驚きを顔に出さず、無表情で2人と向かい合う。それとは反対に、2人はアリスが着替えた姿に驚いていた。

「何…?」

「アーたんこそどうしたの?そんな服着て。今からデートでも行くの?」

 リンに図星を突かれ、無表情のアリスの頬は少し赤くなる。

「別に…汗掻いたから…」

 アリスは目を逸らして答える。

「今から支部に一緒に来てくれない?」

 那拓の言葉にアリスは無表情のまま声の調子は不服そうに

「何で…?」

と聞き返す。

 私は今からピエロさんのプレゼントを買いに行きたい…いつも会う時はプレゼント交換をする…

 アリスはそう言おうとしたが、那拓への精神攻撃になるので止めた。

 ナタがどう思ってたかは知らないけど、小学生の時の私にとってナタは彼氏みたいな感じだった…私が勝手にに言ってるだけだけど…ナタも少しくらいは気が合ったはず…私のファーストキスはナタの方から迫ってきて…奪われちゃったわけだし…昔は何度も同じ布団で寝たし、何となく怖い夜は一晩中手を繋いだりもした。流石に不純な行為はしなかったけど…でも、そんな昔好きだった相手に今の好きな人との関係を自慢するのも気が引ける…それでなくても、本人は人を好きになる資格が自分にはないとか言いながら、結構寂しそうにしてるから。

 アリスは那拓から顔を隠す様に俯く。

「詳しくは向こうで話す。悪い…」

 那拓は、アリスの手を掴むと、半ば強引にアリスを部屋から連れ出す。那拓はそのまま廊下を走り、玄関につくと、白いスニーカーをアリスに渡す。そして、リンにも靴を渡すと、那拓はアリスとリンの腰に手を回す。

 那拓は家を飛び出すと同時にAS状態になり、一気に加速する。那拓の脇腹の辺りで抱えられたアリスはふと視線を上に上げる。今日一度も見せなかった那拓の真剣な表情にアリスは落胆する。

 午前中の戦闘の時より真剣…やっぱり…

「別にアリスの事が嫌いだからじゃないからな」

 那拓の言葉にアリスは再び顔を上げ、那拓の目を見つめる。それに気づいた那拓はアリスと目を合わせる。そして、アリスは安心するかの様に視線を地面に戻す。

「じゃあ、何で…?」

「俺の自己満足のためだよ」

「どういう事…?」

 アリスは質問するが、舞の家の前に着いてしまい、その返事は返ってこなかった。

「ここまで来れば一先ず安心だな。襲われても最強の助っ人がいるし」

 最強の助っ人…?

 舞の家の玄関に上がると、那拓は、アリスとリンに靴を履くように指示して、1人2階に上がる。アリスとリンは仕方なく指示に従う。

 アリスが靴の紐を結んでいると、リンが話し掛けてくる。

「アーたん、なっくんと高嶺さんとDVこの3つって何か関係あるの?」

 ナタは昔、過激な暴力を受けてたから繋がるとして…

「高嶺さん…?」

 見当もしない名前が上がり、アリスも首を傾げる。アリスがリンに詳しく話を聞こうとした所で那拓が、芳江と舞を連れて階段を降りてくる。アリスは、サッとリンの影に隠れ、芳江と目を合わせない様にしてリンの影から3人を覗く。那拓と芳江が階段を駆け下りるその後ろで、舞は顔を真っ赤にして、覚束ない足取りでゆっくりと下りてくる。今にも階段から転げ落ちてしまいそうな程不安定だ。

「行くぞ」

 那拓は玄関に着くと、サッと靴を履き、芳江と舞を待たずに家の外に出る。

「何であんな焦ってるのかしら?また、大袈裟に騒いでるだけだったりして…」

 芳江の言葉にリンとアリスは

「あり得る…」

と声を合わせて頷く。

 芳江と舞が靴を履き終えたところで、リンはドアを開ける。そして、外の様子を目にし、リンは外に出ることなく、すぐにドアを閉める。

「どうしたの…?」

 アリスが尋ねると、リンは首を傾げる。

「分かんない…でも、大袈裟でもないみたい…今は外に出ないほうがいいかも…」

 リンがそう説明するも、舞はドアを開け、そのまま出ていく。するとすぐにドアの外から会話が聞こえて来る。

「中入ってろ!」

「ふぇ?」

「オイッ!ダメだって!」

「ふぇ?」

「行くな!舞!」

「お、お義兄ちゃん?…また?…だからそれは…」

 バタッ!

 最後の物音を機にアリス達は外に飛び出す。

 そこには多数のキメラと那拓がいた。辺りの空気は張り詰め、キメラは警戒して全く動かない。アリスが那拓に少し近づいた所であることに気づく。

 嘘…

 舞は力無く、那拓の腕に抱えられていた。顔は耳の先まで真っ赤で、鼻から流血し、その血は頬と髪を経由して地面に滴る。

 舞…まさか…

 アリスが近づこうとした瞬間、芳江がアリスの肩を掴む。

「あの子は大丈夫よ。舞ちゃんは、性格がウチの旦那に似て、極度の照れ屋さんなの。意中の相手に振り向いて欲しくて奔走する癖に、いざ目が合うと照れちゃって、それこそスキンシップなんかしたらあんな風に気絶しちゃうの…折角、私に似て可愛い子なのに勿体無いと思わない?」

 アリスは舞の姿をもう一度確認して、頷く。

 確かにあの顔はみっともない。

「今ちょっと笑った?」

 芳江の言葉にアリスは自分の顔に触れて、表情を確かめる。

「ホントに…?」

「別に気にする事ないわ。母親の私だって笑う事あるくらいだもの」

 アリスは暫く黙り込む。

 駄目…笑顔とはいえこの程度で顔に出したら、また、何かあった時に私の表情でナタに心配掛ける…

 アリスが思い詰めていたところで、リンがアリスと芳江の間に割って入る。

「はいはい、無駄口はそこまで。まずはキメラをどうにかしよ」

「そうね」

 芳江に合わせてアリスも頷く。

 キメラは軽く30体はいる。全員2足で立っていて、体の一部が狼やら、虎やら攻撃力がありそうな奴、亀やら、像やら防御力がありそうな奴、チーターやら、鷹やら素早そうな奴がいる。正直分が悪い。

 ナタは私の前だと本気で戦ってくれないし…芳江さんと気絶した舞がいるし、リンは精々1対1でしか戦えない。私がやるしか…でも、折角ナタに買ってもらった新しい服…ピエロさんにも見せたい…

「仕方ないわね」

 芳江はそう呟くと、次の瞬間に芳江の全身は光に覆われ、そしてその光はすぐに止む。光に気づいたアリスが振り向くと、芳江の服装はラフなTシャツから、朱のワンピースに変わり、同じ色のマントを肩から掛けて、同色のとんがり帽子を頭に被っていた。アリスが口を開けたまま芳江を見ていると、芳江もアリスの方に振り向く。

「似合う?」

 芳江はとんがり帽子を片手で掴み、ニッコリと笑んで見せる。

「綺麗…」

 アリスが考える間もなく本心が口を動かす。

 胸が大きいから余り目を合わせない様にしてたけど、よく見ると芳江さん、本当に綺麗。顔立ちは本当に美麗と言うほか無いし、スタイルもよくて、ナタが養母に選ぶって事は性格もいいはず…そしてやっぱり胸も大きい…女の私でもグッと来る。

「そんなに顔真っ赤にして褒めないでよ。こっち迄照れちゃうじゃない」

 そう言って顔を隠そうとする芳江は可愛げをも含み、女のアリスも更に顔を赤くし、その姿に見入ってしまう。

 美人の癖に仕草や、表情は可愛い…

 アリスは急にひどい敗北感を覚え、芳江からキメラへと視点を移す。

「それより…こっち…」

 アリスはキメラに対し、構えを取る。

「那拓ちゃん?アリスちゃん?下がってもらえるかしら?久々だから火加減を間違えないかちょっと心配なの。暫く使ってないし、全力で一発だけ撃たせて?お願い!?」

 芳江は片目を瞑り、両方の掌を合わせて強請る。

 完敗…芳江さんみたいな人には女として私、一生勝てない気がする…

 アリスは少し項垂れながら、芳江より後ろに下がる。那拓も舞を抱えて、リンと共にキメラから目を離さない様に後ろ歩きで下がる。那拓が後ろに下がるのに合わせてキメラは前進する。

「それじゃあ、皆伏せててね」

 芳江が右手に小さな光を発生させると、指揮棒の様な物が出現する。芳江がその棒を振ると、指揮棒の先端の軌道に合わせて、空中に赤いラインが引かれる。芳江は、素早く指揮棒を振り、一瞬のうちに複雑な模様の描かれた赤い魔法陣を完成させる。さらに芳江が、魔法陣に対して円を描く様に棒を振ると、掌サイズだった魔法陣はどんどん大きくなっていく。仕上げに指揮棒の様な物の先端に魔法陣をくっつけ、棒を勢いよく振り、魔法陣をキメラ達の正面に跳ばす。それと同時にキメラ達が一斉に攻撃を仕掛ける。

「いくわよ!焔一色ほむらいっしき!火天!」

 魔法陣から1本の火柱が天に向かって伸びる。先に飛び出したスピード自慢のキメラ達は巨大な炎に呑まれ、即座に灰と化する。更に、芳江は棒を振り、魔法陣をキメラの集団に向けて動かす。魔法陣の通った跡にも火柱は残り、逃げ場を失ったキメラ達は命請いでもしているかの様に必死に喚いている。芳江はそれもお構い無しに全て燃やしていく。

 魔法陣が消え、火柱も消える頃には芳江宅の庭の草木は愚か、門まで跡形もなくなっていた。

「あぁ~、またやっちゃたー。折角、この前門を直したばかりだったのに~」

 芳江はいつの間にか普段着に戻り、悔しそうに、でもどこか楽しげに頭を垂れる。

「スゴい!スゴい!やっぱり、ヨッシーはスゴいね!」

 リンが褒めると、芳江を顔を上げる。

「そうかしら?私ってスゴい?」

「ウンウン!スゴい!」

 リンが喜ぶ姿を見て、芳江も素直に笑みを浮かべる。一方、アリスはただ茫然と立っているだけで精一杯だった。なぜなら…

 ピエロさんにも退けをとらない強力な魔法…しかも…火属性…カッコイイィィィ…!

 アリスは沸き上がる興奮を顔に出さない様にするだけで精一杯だった。

今回も読んでいただきありがとうございます。

この話でようやく魔女を登場させましたが、魔法のインパクトは充分に伝えられたでしょうか?

次回は遂にあのオペレーターの撫子のビジュアルが明らかになり、同支部所属のプロディジー達も登場するので、是非お楽しみに!

引き続き、感想や、アドバイスは受け付けております。

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