4.進歩
どうもどうも神裂迅雷です。読者の方々4話目まで読んでいただき、まことに感謝感激です。
早速、本編をどうぞ!
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白髪の少年は、赤瞳の少女に向かって哀しげな笑みを浮かべながら、線路の上に立っていた。少女はその笑みの意味をすぐに理解した。
死ぬ気だ…
汽笛の音が線路の先から響いてくる。地平線の向こうから武装された巨大な装甲列車が高速でこちらに向かってくる。
少女には少年を助ける義理は無い。寧ろ死んでもらいたいくらいだ。その少年は少女の最も大切な物を奪った。そして、少女の心までも踏みにじった。
それは一昨日の事だった。
少女は、昼過ぎに警察に呼ばれてある研究所に行った。
そこにあったものは、血肉が壁やガラス一面に付着した建物と、少女の最愛の養親の屍、そして、瀕死の少年だった。少女の養母は凍死。養父は感電死。少年は、重度の凍傷と火傷を負っていて、更には感電の跡まであった。
何が起こったのかは警察の方もまだ把握していないようだった。まだ幼い少女には尚更何が起こっているのか分からなかった。
警察は、混乱の最中の少女に2つの遺体の身元を確認させた後、少年と病院に同行するよう求めた。
少女には断る理由は無かった。当時、少女にとって少年は友人であり、家族であり、初恋の相手だったから…
2人で救急車に乗り、病院に着くと、すぐに少年はオペ室に運ばれた。
手術を待つ間、少女は懸命に状況を整理していた。一方で、脳の半分は、このあまりに悲惨な現実から逃げようと、状況整理を妨げていた。
ナタ…助かって…
その願いだけははっきりしていた。
想像以上に早く手術は終わり、部屋に運ばれた少年の手を少女は強く握った。
「早く起きてよ、ナタ。一人にしないで…」
少女は自分のでこに少年の手を何度も当て、同じ言葉を口にし続けた。
その深夜、少年は目覚めた。少年は起き上がると、紙を探し始める。少女は、少年に寝るように言うと、手話で少年に話しかけた。
『手話、頑張ってマスターしたんだよ』
手の動きに少年は少し微笑むと、すぐに真剣な表情になり、手話で何があったのかを話した。
要約すると、『研究所内にいたグールに触れた途端に意識が無くなり気づいたら二人が死んでいた』という内容だった。
少女は正直安堵した。
ナタは何もしていない、ただの事故…
そんな風に事件を都合良く解釈できる。
少年は、何故か続けて手を動かした。
『僕の事を殺してくれていいよ』
少女は首を横に振る。
「事件の事は仕方ないよ。だってナタがどうにか出来る事じゃなかった…」
それに一番辛いのはナタに決まってる…きっと私より苦しんでる…
少女の気遣いとは裏腹に、少年は急に悪意を含んだ笑みを放った。
『でも、暴走していた時、二人を傷つけて、殺して、喰らって…あの時は最高の快感だった…二人を殺すのは、楽しかった。それでも僕は無実?』
何で…?
またも少女の頭の中はごちゃごちゃになっていく。
少年が何故そんな事を言うのか全く見当がつかなかった。込み上げてくるのは、純粋な怒りだけ…
少年が手を動かし終えた瞬間に、少女はもの凄い剣幕で少年の胸ぐらを掴み持ち上げる。
今自分が置かれている状況も分からない上に、少年が二人の殺しを楽しんだと言った目的…頭の中が混沌としていた。とにかく、許せなかった。何もかもが許せなかった。
気づいたら少年の胸ぐらを掴んでいた。
「本気なの?」
嘘だと言って…
しかし、少年は鼻で笑う。その瞬間、ブチンという音をたて少女の理性は切れた。
許さない…殺す…殺してやる…
「ブラッド…サクリファイス…」
少女が呟いたと同時に、少女の右手が赤い霧の様なものに覆われると、少女の紅の瞳の片方が黒に変色する。次の瞬間、少女の赤い霧を放つ右手の拳が少年のボディを捉える。自動車同士が衝突した時に近しい激しい轟音が鳴り響いて、少年の身体は壁をぶち破り、隣の、そのまた隣の部屋まで吹っ飛ぶ。少年の口から色んな物が流れ出ていたが、少女は少年を放置したまま病院を出ていった。
少女が家に着くと、フェアリーの赤ちゃんがリビングにある小さなベットの上で泣き声を上げていた。
あっ…リン…ナタの事を迎えに行ってくるつもりで家を出たから、そのままにしちゃってた…
アリスは優しくリンを抱き上げる。その瞬間、アリスはようやく悲しみの感情を知覚する。
え?高嶺さんが死んだ?ナタが、殺した?ナタの意思で?もう二人はいないの?私が知ってる優しいナタまで消えちゃったの…?
訳の分からなさと、大切なもの失った悲しみが少女の心を揺さぶる。
「ナタの馬鹿ぁー…」
少女は赤子に顔を押し付けて赤子とともに泣き続けた。
そして今朝、病院から少年が逃げ出したと言う知らせの電話があった。
別にもう探す義理なんかない。ナタはあれだけの事を笑いながら言った最低な奴だ。1000%の力で殴ったくらいじゃ気が済まない。今は殺したいくらいに憎い。
少女は拳をグッと握りしめると、向き直り、テレビの前に戻ろうとする。すると、眠っていた赤子が急に目を覚まし、また泣き出す。少女は赤子を抱いてソファに座る。
ミルクもあげたばかりだし、オムツも交換したばかりなのに…ナタが高嶺さん達を迎えに行った後からリンは、寝ているか、泣いているか…
遂に少女の我慢が限界に達した。
「何で!?そんなにナタがいなきゃやだ?どうしてあんな奴なんかを気に入ってるの!?」
少女が怒りをぶつけると、赤子は余計に大声で泣く。
今はリンと一緒居たくない。
あの少年を求めることを止めない赤子に対してまでも殺意を抱きそうになった少女は仕方なく家を出る。
行く当てもなく歩いていたら少年を偶々見つけてしまった。少年は線路の上でほくそ笑んでいた。
やっぱり来なきゃ良かった。
少年は少女を見つけると更に微笑むが、その瞳は哀しげな光を放つ。そこに汽笛とともに武装装甲列車が地平線より現れる。
REACT本部の管轄している町の回りを回る装甲列車は今まで数多のクリーチャーを轢き殺して来た。いくらプロディジーの少年でもこのままなら必ず死ぬ。
先程まで地平線にあった列車のシルエットはぐんぐん大きくなる。少女は、少年に手を振った。少年の表情は微動だにせずに笑ったままだった。しかし、少年の目は哀しみをより増す。瞳の奥の光が細かく揺れ続けていた。
そんな目で私を見ないで…二人を殺した癖に!殺人が楽しいって言った冷血な人間の癖に!
列車が当たる寸前で少年の利けない口が開いた。
助けて。
確かにそう言った様に見えた。鋼鉄の装甲を持つ列車の冷たい汽笛が再び鳴る。それと同時に少女の全身の鳥肌が立つ。
ナタなんか…死んじゃえば…死んじゃったら…ううん…ナタは人殺し…生きてちゃ…でも…いなくなったら、私どうやって…違う…ナタは…
少女が気づいた時には、少女は少年を線路の外に押し倒していた。装甲列車は何事もなかったかのように地平線の向こう側へと消えて行く。
「お願い…お願いだから…これ以上…私から、大切なモノを奪わないで…」
少女は震えた声で少年に訴えた。その瞬間、想いと一緒に大量の涙が少女の目から溢れた。少年は右目を紫色に変色させると、少女の気持ちを寸分狂わず読み取ろうとする。
いつも、こうだ。私が傷ついた時にナタはいつも私の気持ちを読み取り、痛みも辛さも共有してくれる。でも、忘れる事を知らないナタは、一生その苦痛を背負って行かなくてはならない。たまには私がナタの荷物を背負ってあげたい…なんであんな酷い事言ったのかも知りたい…だから…
そんな思いつきで少女は、少年の首筋に自らの犬歯を突き刺し、少年の血を吸った。そしてすぐに少年の病院での記憶が流れ込んでくる。
少女は後悔した。少年を殴った事、恨んだ事を。
( ̄_ ̄)
少年は、当時、二人を殺してしまった罪の重大さを自負していた。少年は、少女の大切な物を奪った自分自身を憎み、殺意を抱き、自虐行為にはしっていた。それがあの時の言葉だった。
『暴走していた時、二人を殺すのは快感だった。だから僕の事を殺してくれていいよ』
あの笑みと言葉は、少年の唯一の味方である少女から嫌われ、殺意を抱く程憎まれるためのものだった。
少女との別れが少年にとって考え得る限り一番の罪滅ぼしであり、苦難だったから。
少女が帰った後に自虐行為は本格化した。
まず始めに泣く事を封印した。
大好きな養親を失ったアリスより自分が傷ついている事を悟られてはならない。悟られたら優しいアリスはきっと自分を助けてはくれる…けど、今は自分とリンしか身寄りのないアリス自身は誰からも助けをもらえないかも知れない…アリスに僕の分の苦しみまで背負わせたくない…
だから、少年はどんなに辛くても顔に出さず、誰にも助けを求めなかった。
アリスがいない…リンも…あいつも来ない…一人は嫌だ…寒い…誰か…僕と居て…
と心の中で繰り返してはその思いを増幅させていった。
それに加えて、少年は、少女に殴られる寸前にアビリティを発動し、少女の心を読んでいた。少年は、自身が養親と少女との関係を失う苦しみに付け加え、少女が受けた最愛の養親を失う苦しみ、親友に裏切られる苦しみをも受け入れ、二つの苦境に身を置いた。
そんな事をしていた少年はとにかく苦しみ悶えていた。病院のベットの上で布団にくるまり、泣きそうになる度に傷口に手を突っ込んで痛みでそれを抑え込んだ。いつの間にか、泣く事だけでなく、痛みに顔を歪めるのさえも抑え込もうとし始めていた。
それを繰り返して、たった一日で少年の心は崩壊した。
僕に生きる意味なんかない…しかも自分への復讐のためにアリスの心まで傷つけて…最低だ…死んで償う…その方が皆幸せになれる…僕が死ねば…アリスの恨みに転換した悲しみも紛れるはず…ハッピーエンドだ…死?…今の僕なら恐くない…アリスとリンの幸せを願って…さよなら…はは…ははは…ははは…僕が消えれば皆がハッピー…ハッピー…
少年はふらふらと病院を出て行くと、町外れまで歩いて行った。装甲列車の線路の上まで歩いて、そして止まった。
…楽しみ…楽しみ…天国は…どんなとこかな…誰がいるかな…きっとあの人もいる…あっ…あの人にも会えるんだね…楽しみだな…早く会いに逝きたいな…
死の直前、少女が目の前に現れた。その瞬間、急に死が恐くなった。崩壊したはずの精神の一部が必死に少女に苦しみを訴える。
助けて…恐い…死が…二人の死を受け入れるのが…自分が二人を殺したという事実が…アリスまで僕を見捨てないで…側に居て…僕を許して…僕をこの闇から救って…
だから、少年は笑い続けた。悲劇のヒロインにこの苦痛を悟られないように。
(ノД`)
少女が少年の記憶を観終えた時、少女の目からはより多くの涙が流れた。病院でこんなに傷ついた人間に励まして貰おうとしていた自分に腹が立っていた。
少年は、未だに涙を流さず、少女を心配そうな眼差しで見つめる。そして少年は少女の後ろに両手を回すと強く抱き締めた。少女も少年を抱き締めて、少年の胸に顔を押し付ける。
「馬鹿…馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁぁ~…!」
少女は弱い自分と、未だに泣かない少年に向かってずっと叫んでいた。
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\(・o・)/
アリスは、自室のベットの上で目が覚めた。目からは涙が流れていた。
またこの夢…あの夢を見る度私の弱さが思い出される。苦しみに関してならナタは私なんかよりずっと無表情だ。私に会う前にナタが当時の養親にされていた事なんか、私、言われるまで知らなかった。ナタの全身の無数の傷を、昔、ナタはクリーチャーに襲われてついた傷だって言ってたけど、実際は養親に毎日のように銀刀で斬りつけられて出来た傷だと知った。そんな小さな頃から人の狂気だけを見てきたナタが、忘れる行為を知らないナタが人間不信でないわけがない。ナタはアビリティで人の心に何度も触れて接する人を選別して来た。もっと早くに知ってたら、もっと何か出来たのに…もっと積極的に話しかけたり、誰かとの仲を取り持ったりとか…昨日、ナタはようやく自分の口でホントの事を話してくれた。物心ついた時には既に人間への恐怖が根強く刻まれていて、今でも人が苦手で、誰かの記憶で恐怖を上書きして人と接してるって…気づくまでにこんなに時間が経っちゃった。でも、これでようやくナタに恩返しできる…ナタの苦しみを少しだけでも分けて貰えたって事は、私もナタに認めて貰えたって事だから…ナタへの恋心はもう冷めたけど、大切な人であることは変わり無い…もっと沢山一緒に背負っていきたい…
アリスは布団の中に潜ると、フリルの沢山付いたパジャマの袖で涙を拭い、感情が顔に出ない様に儀式を行う。
儀式と言っても顔を引っ張ったり、押し潰したりした後に手鏡で自分の顔をチェックする。10分の間、楽しかった事、恥ずかしかった事、悔しかった事等を思い出して表情が一つも変わらない事を確認して、最後に頬を叩く。それだけだ。
儀式を終えると、アリスはかかっている布団を一気に取っ払う。ベットから降りて部屋の中央にあるテーブルの前に座り、寝癖をブラシで解く。
(-.-;)
リンはホントに美味しそうに御飯を口に運ぶよな。作ってる側としては作り甲斐がある。
一方で、舞は、にこにこしながら食べている半面、時折心配そうに隣にいる那拓に視線を移す。
「大丈夫だって…今はなんともないからさ」
那拓の言葉に舞は更に不安そうな表情になる。
「じゃが…昨日のは…」
舞が言い切る前に那拓は、舞の頭を優しく撫でて、舞の耳元に口を近づける。
「俺が寝た後、舞が頬にキスしてくれたからもう治った。ありがとな」
そう呟くと舞は、顔だけでなく、首元から耳の先まで隈無く真っ赤になる。
心読めるからって舞の気持ち利用するなんて、ズルい人間だな…俺って…
舞は、御飯を一気に口に掻き込み、ごちそうさまと手を合わせた後、リビングの外に駆けて行った。リンはその姿ににやけを隠せずにいる。
「何があったの?」
リンは楽しそうに那拓に尋ねる。那拓が答えようとした時、アリスがリビングに入って来る。
「何があったの!?」
アリスの格好を見たリンが驚愕して尋ねる。那拓も驚きを隠せない。アリスは、長い髪をツインサイドアップにし、白いフリルのついた黒いカチューシャをつけ、黒いドレスを身に纏っていた。
所謂、ゴスロリファッションって奴だ。
「今日は戦うから…」
そう言うアリスも少し顔が赤くなっていた。
要するに戦闘になれば服が破れるのは必至だから、あまり着たくない物を処理しようという事らしい。
「そういうの似合うのは二次元の人間だけだと思ってたけど、アリスはかなり似合ってるよ」
那拓の言葉にリンもうんうんと相槌を打つ。アリスは、リンの隣に座ると、舞と同様に御飯を掻き込む。
あの事件の後、アリスは、自分が傷ついた時に、俺に記憶を読ませるのを避けるようになった。苦痛を悟られない努力の一つが無表情だけど、無表情は完全じゃない上に、行動には素直に現れる。まぁそういう素直な人間としか接しないようにしてきたのは自分だけど…
アリスはすぐに朝食を完食すると、リビングから素早く退室する。
全員が朝食を食べ終え、準備が整った後、那拓は皆を集める。
「今日の各自の仕事は…リンは舞の家で大人しくしてろよ。舞はリンが外出しない様に見張っといて」
舞は顔を下に向けたまま小さく頷く。
「何で私が見張られなくちゃいけないの?」
リンが口を尖らせると、那拓が尋ねる。
「お前…今まで何回勝手に家を出て、皆に心配かけたか覚えてるか?」
「10回?」
「その4倍だ」
那拓は呆れたように言う。リンは嘘だーと言って一人でケラケラと笑いだす。那拓はリンを他所に話を続ける。
「アリスは俺と巡回だけど…今日、日射しが強いの大丈夫か?」
アリスも舞と同様に目を合わさずに頷く。
「じゃあ出発するか!」
俺の家は、木々の豊かな丘の上に建っている。その麓には住宅が密集しているが、そもそも嫌われ者の俺がそんな人の多いところで暮らすのは難しいので、現在の養母である桂木芳江さんに頼み込んで、倉庫がわりに使っていた別荘を借りて住んでいる。
森林を抜けて、那拓らは丘の麓まで下りて行くと、道の一番手前にある白い家のインターホンを押す。するとすぐに家の中が急に騒がしくなり、家の中で誰かが駆け回る音が外まで響いてくる。しばらくして玄関の戸がゆっくりと開き、舞によく似た30歳くらいの女性が外に出てくる。
「ママー」
そう言うと同時に舞はその女性の胸に飛び込む。女性が舞の頭を撫でると、二人は小声で楽しそうに何かを話す。女性は舞とリンを家に入れると、那拓の方に向き直る。
「そちらがアリスちゃん?」
アリスは那拓の影に少し隠れながら頷く。
「あの人が今の俺の養母の桂木芳江さん」
那拓がそう説明すると、アリスは隠れたままお辞儀をする。
「可愛い子ね。うちの娘よりもその服似合ってるわ」
芳江の言葉にアリスは再びお辞儀をする。アリスが緊張してるのを察し、那拓が代わりに芳江に話す。
「こんな感じですけど、話しかけてやってください」
「頼み方はそうじゃないでしょ、那拓ちゃん!私達は仮にも親子なんだからもっとため口でいいの!」
「はぁ…」
那拓は気の抜けた返事をする。
芳江さんがマジギレしたときの怖さは熟知している。養子縁組を結んだばかりのときに、軽い感じで話しかけたらもっと丁寧な言葉使いは出来ないのかと叱られた事が…うっ…思い出すだけで身震いが止まらない…それからというもの芳江さんには丁寧語を使う癖ができた。
「まぁ分かったわ。那拓ちゃんを宜しくね、アリスちゃん!」
アリスが頷いたのを確認すると、芳江は手を振りながら家の中に戻る。
「子どもは預けたし行くか」
那拓が歩き出すと、アリスもそれに続いて歩き出す。
しばらく進むと、那拓の背後から電子音が聞こえてくる。那拓が後ろを振り向くと、アリスが赤い携帯を弄っていた。アリスは那拓に携帯の画面を見せる。画面に映るメールには『30秒後に通信機をテレポートします』とだけ書いてあった。
「テレポート…?」
アリスが首を傾げる。
「あぁテレポートってのは宮田漆っていうプロディジーの能力で、生物以外の物を瞬間的に好きな場所に移動できるんだよ」
丁度那拓の説明が終わった時に二人の右手の中に何かがあるのに気づく。手を開いて見ると、イヤホンにマイクが一体になった小さな機器があった。那拓はその機器を耳にかける。それを見てアリスも同じように耳にかける。
「後は指示が勝手に入ってくるからアリスは日陰に居てもいいよ」
「大丈夫…」
アリスは微かに胸を張って答える。
「秘策でもあるのか?」
アリスは力強く頷く。
「ならいいけど…」
那拓達は町の中心に向かって歩き出す。
念のために15分毎に休憩をとり、二時間程時間が経った。アリスは秘策が成功したのか体調は万全そうだ。そんな折、通信機から撫子の声が流れる。
「町の北西部、運動公園にて空間の歪みを確認。クリーチャーの出現可能性あり」
「了解。風間那拓、AR1-S現場に向かう」
那拓はそう答えると、アリスを連れて走り出す。
また亜空間か…呼び出されたクリーチャーに俺のアビリティを使って亜空間を操ってる奴を暴いてやる。あれのせいで舞もリンも危うく死にかけたんだ…絶対に見つけだして、なぶり殺しにしてやる…
那拓達が公園に着くと、サッカー場の中央に黒い風穴のようなものが浮かんでいた。風穴の回りの景色は風穴を中心に円を描くように歪んでいる。
那拓達がその風穴に近づこうとした丁度その時、風穴から緑色の手が出てきて風穴の縁を掴む。次にその顔が穴から出てきて、足、胴体の順で風穴から這い出る。そのクリーチャーの形は人にかなり近かった。しかし、人と完全に異なる部分もある。全身が緑色で、瞳は黄色、鼻は異常に高く、耳の先が尖っている。
ゴブリン…体長は180センチといったところだろうか。
標準的だな…ゴブリンというのはプロディジーの最終訓練で使われる下級の妖精だ。プロディジーはゴブリンを武器を使用せずに倒せるようになって、ようやく戦闘に参加する事が許される。要するに雑魚だ。
ゴブリン一体が這い出た後、風穴はゆっくりと閉じて行く。那拓は、ゴブリンが相手であると分かると、思わず笑みを溢す。
アレなら俺一人でも倒せるし、記憶を読むために動きを封じるのも朝飯前だ。
「俺が行く。だから、アリスは…」
那拓が後ろを振り向くと、アリスの姿は既に消えていた。那拓はゴブリンの方に向き直る。
「おい!ストップ!」
那拓の言葉は、アリスがゴブリンの腹を殴る音に掻き消される。アリスに殴られたゴブリンは体をくの字にして高速で吹っ飛ぶ。吹っ飛んだゴブリンは固定されたサッカーゴールをも巻き込んで観客席に突っ込み、観客席は陥没する。
那拓は慌ててゴブリンに近寄るが、時既に遅く、ゴブリンの体は小さく黒い光の玉を無数に放ち、胴体から遠い順に徐々に消えていく。
せめて核だけでも回収しないと…
那拓は消えかかっているゴブリンの右胸に短剣を突き立てると、円状に切り込みを入れて、肉ごと抉り出す。肉の塊を摘出すると、ゴブリンの体は完全に消滅する。取り出した肉の塊の中に更に刃を入れて余計な肉を取り除いていくと、赤く暗い光を放つ水晶が姿を現す。水晶には一筋の亀裂がはいっており、それは水晶の中心にまで到達している。
腹に突きを食らわせた癖に…心臓部にあった核にヒビって…
那拓は右手を軽く通信機に当てる。
「ゴブリン撃破完了。核も回収した。転移頼む」
那拓がそう言うと、那拓が左手に持っていた核が一瞬の間に消える。そこにゴブリンを一撃で倒したアリスがやってくる。
「強くなったな」
那拓は右拳をアリスの前に突き出す。アリスはその拳に自分の右拳を軽くぶつける。
「それにしても強くなり過ぎ。昔の3倍以上はパワーあるんじゃないか?」
「ホントに強くなった…?」
アリスの質問に那拓はアリスの目を見て笑って頷く。
「ああ」
那拓の返事にアリスの頬の筋肉が微かにつり上がる。
だから顔に出てるって…
那拓はやれやれと思う反面、幼馴染の久しぶりの笑みを嬉しく思いながらアリスを見ていた。
今回は冒頭から鬱々していましたが、大丈夫でしたでしょうか?
ここから先も多少の病みやシリアス展開が入ってきますが、是非読んでくれるとありがたいです。
引き続き感想や、誤字脱字の指摘は受け付けております。知識のある方はアドバイスもくれるとありがたいです。
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