3.潜在
こんにちわ。神裂迅雷です。これで3話目の投稿になりますが、本当に読んでもらえているのか不安な今日この頃。ツイッターで「神裂 迅雷」で検索かけてもらえば出てくるので、読んだ方は「読んだよ!」という合図をくれるとありがたいです。
それでは本編をどうぞ!
「んで、お前、本当は何を知りたいんだ?1つだけなら正直に答えるからさ」
那拓がそう言うと、アリスの眉がぴくりと動く。
「いきなり何…?」
「これでも一応何も言わずに出てった事、ちゃんと悪いと思ってる。罪滅ぼしじゃないけど、少しでも償いたいから」
那拓が台所に向かって歩き出すと、アリスもそれに続く。
「…ホントに嘘つかない…?」
「つかない、って言うより、俺、嘘ついたことないだろ?」
「嘘つき…」
アリスの即答に那拓は「ははは…」と笑う。そして、今居るリビングから移動して台所に着くと、那拓は袖を捲り上げる。それまで布で覆われていた傷だらけの痛々しい腕が露わになる。強い視線を感じた那拓は腕を体の影に隠す。
「あんまり見るなよ。昔っからある傷だろ。少し増えたけど…」
那拓の恥じらう姿を見て、アリスは仕方なく視線を壁に移す。
「もう聞いていい…?」
「あぁ」
那拓は、先程中途半端に終わった食器洗いの続きを始める。アリスはその目を態と食器に向けたまま尋ねる。
「リンと話した…ナタの全身にある刃物の傷…リンの魔法なら傷跡も消せるのに、ナタのその傷だけは治せないって…その傷の正体を教えて…」
那拓は一瞬だけ俯く。
いつか聞かれるんじゃないかって想定はしてた。でも、ずっと聞かないでって心の奥底で叫んでた。俺の最大の罪…一生拭えない咎…睡眠状態で俺が自分を殺そうとする理由の1つ…全部話せば嫌われる。こんな優しいアリスでも、いや、アリスだからこそ、俺を軽蔑するに違いない。でも、嘘もつかないって約束した。
ごめん…
那拓は心の中で謝罪の言葉を述べて、口を開く。語った言葉に傷の本当の意味に関する情報は何1つありはしなかった。
模様替え終了っと。これでアリスの部屋が出来た。
アリスとの会話を終えた後、那拓は、しばらくここに泊まるアリスの為に部屋を作っていた。
那拓は、ようやく満足のいくように完成した部屋を見回して、肩に掛けていたタオルで汗を拭う。
「たっだいま~」
と下の階からリンの声が聞こえてくる。
帰って来たか。
那拓は部屋を出ると、ゆっくり階段を降りる。そして、那拓がリビングに着くと、アリスの隣でリンは、不貞腐れた様子でパソコンのマウスをカチカチと何度もクリックしまくっていた。
「あれ?舞は?」
「さぁね…まだ外にいるんじゃないの?」
リンは不満を那拓にぶつけるかの様に怒気混じりに言う。那拓は時計を見てリンが拗ねてる理由を大体理解した。いつも見ているアニメ『血塗れヴァルキリー』のネット放送が始まる時間を過ぎていた。
はぁ…もう昨日テレビで見た話なのに、何でネットでの放送で見返そうとしてんだよ…それにしても何で最近の子供はこんなプ○キュアにちょいグロ要素を付け足した様な番組にハマってんだろうな…グロさと、特殊性癖者オンパレード番組なのに…テレビ局も何で日曜朝の子供のゴールデンタイムに地上波放送してんだろ…子供に見せたくないアニメ3年連続ナンバー1の癖に…そんな番組のせいでリンは舞を置いてきちゃうし、きっとパソコンの前から動いてくれないよな。アリスは外に出せないし。
那拓は仕方なく迎えに行く事に決める。
「舞の迎え行ってくる」
アリスだけが那拓に目をやる。
「いってらっしゃい…」
那拓は肩を落としながら、手で返事をする。
「う~…」
舞は自分の身長の半分以上もあるパンパンの紙袋を持って、一生懸命に歩みを進める。その目はまたも潤んでいるが、林道を行く舞の周りには助けてくれそうな人影は一つも見えない。急に舞の背後でガサッ!と大きな音が鳴る。
「なっ…何奴じゃ!?」
舞は動揺しつつ、サッと後ろを振り向くが、風によって木々が揺れるのみで何の気配もない。舞は少しでも恐怖心を振り払おうとして、不満を呟く。
「リレーして運ぶ約束しておったのに…リン奴逃げおった…」
舞は、進行方向へと体を向き直ると、目の前の急な坂を一歩ずつ進んでいく。不意に舞の影が数倍に膨れ上がる。その影はゆっくりと右手を振りかぶり、ようやくそれに気付いた舞は素早く振り返る。舞がその獣の様な毛で覆われた人間の形をした何かを目にした瞬間、その獣の鋭く凶悪な鎌状の爪が舞の首元に向かって振り放たれる。
「ふえっ…?」
舞は急に後ろから襟首を何者かに引っ張られる。爪は舞のすれすれを掠め、虚しく空を切る。それとほぼ同時に舞は何者かに体を抱え込まれる。その正体に気づいた舞は、自分を抱える者の服をしっかり掴んで引っ張る。
「遅いぞ!下衆!死んだらどうしてくれるんじゃ!?」
「元気そうで何よりだ。もう少し辛抱しろよ。すぐに終わらすから」
対クリーチャー用遺伝子組み換え生物キメラか…見た目からして、恐らく人と熊を合わせたモノだろうか。腕と爪は太く発達しているが、それ以外の骨格は人間その物だ。本来なら人に害を加える筈はないが…
キメラは那拓らに向かって飛び掛かる。
状況は把握できないけど、取り敢えず今は殺す。そのあとに記憶観ればいいし。
那拓は、舞の顔を自分の胸元に強く押し当てると、殺意に満たされて光を失った目をキメラに向ける。その瞬間、周囲には冷たく張り詰めた重い空気が発生する。舞は募る恐怖に更に強く那拓の服を握る。キメラまでも那拓と目を合わせた途端にその体を硬直させ、その爪を那拓に当たる直前で止める。そして、降参とでもいうようにゆっくりと腕を下ろして項垂れる。那拓は、静かに腕に忍ばせておいたタガーを逆手に持ち、キメラの脳天に突き刺す。血飛沫が辺り一面に飛び、キメラの体は力を失って崩れ落ちる。那拓は、右目を紫にすると、倒れるキメラの体を支えながら、3秒静止して、キメラの記憶を覗く。
このキメラ…身体的な記憶は存在してるのに、コイツ自身の思考や感情、意思の記憶が途中で途切れてる。どういうことだ?
那拓が考えを巡らせていると、那拓の懐で舞が必死にもがき始める。那拓は、慌てて舞の頭を押さえていた手を緩める。舞は、那拓の胸元から顔を勢いよく離すと、何度も深呼吸して体内の空気を入れ替える。最後に勢いよく酸素を吸うと、那拓に向かって大声を張り上げる。
「下衆の阿呆!助けに来といて、儂を殺す気か!?儂の髪も、服もこんなに血だらけして!」
舞が怒りをぶつける一方で、那拓は『阿呆』という言葉が心に突き刺さり、目の光を再び喪失させる。
「どうせ阿呆だから…こんなダメ義兄もって舞が可哀想だな…」
那拓がブツブツと呟き始めると、舞は、自分の感情を鎮めて、那拓を励まし始める。
「じゃから、さっきも言ったじゃろ!これは儂への配慮が欲しかっただけじゃ!」
それでも那拓は、しばらく自嘲しながら、舞の代わりに荷物を持って帰路に着く。
「ただいま」
那拓が家の中に入ると、アリスがゆっくりと歩いて来る。
「はい」
そう言って那拓は運んでいた紙袋をアリスに差し出す。その紙袋を受け取ったアリスが尋ねる。
「シャワー借りてもいい…?」
「いいけど、舞もいれてやってくれる?」
その言葉に合わせて、舞は那拓の背後からヒョコリと顔を出す。そんな舞の髪は微かに褐色掛かっており、和服にも赤黒いシミが付いていた。
「何の血…?」
アリスが尋ねると、那拓は舞を見ながら答える。
「キメラを倒したときについただけだ。怪我とかはしてない」
そんな那拓を舞が見上げる。アリスは口を開き、何かを言おうとしたが、何も言わずに舞を連れてバスルームに向かう。
(^^)\(゜゜)
「どうやってキメラ倒したの…?」
那拓から舞を頼まれてから今まで互いに口を利かずにいたが、舞の頭をアリスが洗ってあげてる最中、おもむろにアリスが舞に問い掛けた。
「…」
舞はプイッとそっぽを向く。
「まだ怒ってる…?さっきの…」
「別に抱き着かれるのは嫌いではないし、可愛いと言ってくれたことは寧ろ感謝しておる…じゃが…」
舞は一息置き、急にアリスの方を振り返る。
「儂の専売特許を奪う必要なかろう!」
「専売特許…?」
アリスは首を傾げながら、舞の顔を正面に戻させる。その時、アリスはある事に気づくが、構わずに舞の頭の泡をシャワーで流す。
「お義兄ちゃんの睡眠自殺を抑制する方法じゃ!折角の抱き着きパターンじゃったのに…」
「お義兄ちゃん…?でもナタの事、下衆って…」
「あれは言わされてるだけじゃ!それより、次またお義兄ちゃんと同じベットで寝たら、御主と口利いてやらんからな!」
ナタは相変わらず子供にはモテてる…だから年齢=彼女いない歴なのだけど…
舞は、アリスに怒鳴り付けた後、座っていた椅子をアリスに譲り、アリスの髪をシャワーで濡らして、シャンプーでゴシゴシと洗う。
「でも何で知ってるの…?一緒に寝たの…」
アリスは鏡の曇りを手で落とす。
「それは…」
鏡を介して舞が俯くのがアリスの目に入る。
さっき頭を洗ってる時に見つけた項にあったアレはやっぱり…
察したアリスは仕方なく最初の質問へと話を戻す。
「ナタ…銃なしでキメラ倒したの…?」
舞は元気なく頷く。
「どうやって…?」
「儂はお義兄ちゃんの服に顔を押し付けてたから、方法はよくは知らぬが、凄く邪悪な気配がして、冷たくて…よく分からんが、死?に似たのようなものを感じて…気づいたらお義兄ちゃんが短剣で倒しておったぞ…」
死?一体、何を…
舞はアリスの髪を擦りながら泡を流していった。
(´∇`)
アリスと舞がバスタオルを首に巻き、髪を拭きながらジャージ姿でリビングに入って来る。リビングでは3人用ソファーに那拓とリンが並んで座っていて、リンは嬉々としながら那拓にアニメの感想を述べていた。那拓は、アリス達が部屋に入ってきた事に気づくと、ソファーから立ち上がる。
「じゃあ、出発するか」
「何処行くの…?」
アリスが尋ねる。
「地下室。ひとまず、アリスの入隊手続きをしないと」
那拓の答えにアリスは首を傾げる。
「何で地下室…?」
「そこにうちの支部と直結のコンピュータがある。本来はもしも通信妨害を受けた際に支部と連絡を取るためのコンピューターなんだけど、それなら支部にあるコンピューター機能も使えるから、アリスのコードと指紋と眼球さえあれば、第7支部への正式な転属手続きが完了できる」
那拓は三人に取り敢えず付いてくるように指示を出すと、廊下の最奥にある重い鉄の扉の前に立つ。廊下に並ぶ扉のほとんどが木製のドアである中、クリーチャーという存在が現れてから後づけされた地下シェルターへの扉は、見慣れている那拓達にとっても違和感を覚えさせる程の存在感を放っている。那拓はその扉を開けて中に入る。
扉の向こうには強化コンクリートの壁と本物の火の様に揺れる電灯、先の見えない螺旋階段があった。
「元の持ち主の趣味でこんなんだから結構暗い。足元気をつけて」
那拓がアリス達にそう注意を促すと、舞は透かさず那拓の手を掴む。
「じゃあ、私はアーたんとだね」
リンはそう言ってアリスの手を取る。昔、一度だけ自分を激しく嫌悪したリンのそんな行動にアリスは、表情そのままにリンの姿を見下ろす。リンはアリスの視線に気づくと、満面の笑みを返す。アリスはリンの顔からすぐに目を背ける。リンもそれを見て前を向く。
階段を下りだして間もなく沈黙に耐えられなかったリンが口を開く。
「そういえば何で舞姫は自分のお姉ちゃんの事をナリスマシ何て呼んでるの?」
舞は那拓の腕を掴んだままリンの方を振り返る。
「あ奴の部屋にはコスプレ衣装やら、グッズやらが数多あるからじゃ。メイドになってみたり、西洋の姫になってみたり…コスプレのジャンルに統一性が無いからのう」
「舞姫だって和服着てるじゃん?それに“じゃ”とか、“儂”とか、なりすまししてるのは一緒じゃないの?」
一緒にされたのが気に食わない舞は頬を膨らましてみせる。
「儂は将来一国を治める姫になるから、成り済ましじゃなく本物じゃ!」
リンは舞の余りの自信に少し呆れ気味に驚く。
「舞姫って凄いね…流石の私でもそこまで大きくは出れないよ…」
「まぁ、儂も一人では、そのような野望も単なる妄想で終らせてしまう所じゃったが、下衆が手伝ってくれるって約束してくれたからのう…」
舞は上目遣いで那拓を見る。
『無理言うなよ…』って拒否したら、泣き喚いて最後は無理矢理約束させた癖に…
那拓は舞からの熱い視線を躱すように階段の終点に視点を移す。
「ほら、着いたぞ」
階段の最後の一段を降りて前を向くと、そこもコンクリート壁で囲まれた灰色の目立つ少し窮屈な部屋だった。部屋の殺風景さをカバーする様に壁際の本棚には色取り取りに様々な色の背表紙を持った本が並び、床には群青色の大きな絨毯が敷かれている。部屋の中心から少しだけ奥にずれた所に1つの事務用の広めのデスクとイスが置かれ、デスクには固定型パソコンが1台だけ設置されている。簡単に表現するなら、事務室と書斎を融合した様な部屋だ。加えて、階段から見てこの部屋の右手側の壁には、ネズミ色のドアが一つと、隣の部屋が見える強化ガラスの窓がいくつかついていた。
アリスが部屋を見回してる間に、那拓は、舞とリンを呼び出す。
「舞はあっちの部屋に薙刀あるからリンと自主練しといて」
「うむ」
「分かった」
那拓の指示に二人は元気よく頷いて駆けて行き、二人で扉を開けて中に入っていく。
「アリスはこっち」
と言って那拓はアリスをパソコンの前に座らせると、その横に立ち、パソコンを操作してREACTの社員専用ページにとぶ。
「後は自分で出来るよな?」
アリスが頷くのを確認すると、那拓はアリスの前にキーボードを滑らせ、幾つかの機械をパソコンに接続する。
「舞の項…」
不意にアリスが口を開く。
「舞の項がどうした?」
那拓は機械を接続し終え、アリスの方に体を向ける。
「トランプのダイヤみたいな形の変な痣があった…あれ何…?」
「そのうち話すよ。今は早く手続き終わらせて」
アリスが頷くと、那拓は逃げるように隣の部屋へ移動する。
那拓が部屋に入った丁度その時、舞は、床に尻餅をつき、リンに木で出来た短剣を首に押し当てられる。
「また私の勝ちだね」
リンは短剣を舞から離し、替わりに手を差し出す。舞はその手を掴み、立ち上がると、埃を払う様に自分の尻を叩く。
「…儂自身では全然上達してる気がしないんじゃが…1ヶ月前と比べてどうじゃ?儂は強くなっておるのか?」
「うん!私には分かんない!」
リンの元気よい返事とは裏腹に舞の表情は曇る。那拓は、背後から舞に近づき、頭をポンポンと軽く叩く。
「1ヶ月で強くなったら、誰も苦労しないだろ。魔法の修行もしてる舞ならわかるだろ?」
舞は那拓を見上げると、その表情を笑顔に戻す。
「うむ。そうじゃな。…下衆よ、今日も稽古をつけて貰うぞ!」
「俺なんかで良ければ、稽古ぐらいつけてやるよ」
舞は、床に落ちた木製の薙刀を拾うと、部屋の中央に立ち、構えをとる。
「うむ。頼むぞ。それで今日は何から始めるのじゃ?」
「いつも通り、まずは縦振り20回からだ。始め!」
那拓の一声で舞は真剣な顔つきになり、ゆっくりと薙刀を振り上げると、勢いよく振り下ろす。一方で、手持ち無沙汰のリンは、壁に寄りかかりながら2人の様子を遠目に見ていた。
舞の基礎練が終わり、那拓は舞に手取り足取りで新しい突き技を教えていた。そこにアリスの様子を見に行ったリンが帰ってくる。
「なっくん、アーたんがパソコンの前で寝落ちしてたけど、そのままでいいの?一応、私の薄い掛け布団だけは掛けてきた」
リンがそう話すと、那拓はリンに優しい笑みを投げかける。
「リンは優しいな」
そう言って那拓がリンの頭を髪がクシャクシャになりそうなくらいに撫でると、リンは眩しい笑顔で答える。
「えへへ~…優しいなっくんの愛義娘を7年もやってきただけはあるでしょ?」
リン、それは違う。俺は優しくなんかない。お前の優しさはきっと遺伝だ。
「あぁ、リンは俺の自慢の愛義娘だよ。アリスの事は寝かせといてあげて。ついでに喜んでる所悪いけど、舞ともう1試合やってくれるか?」
「全然いいよ」
リンは、笑顔のまま短剣を腰のケースから取り出すと、部屋の端に移動する。リンが離れたのを確認すると、那拓は舞の耳元に口を近づけて何かを伝える。
「合点承知じゃ!」
舞は力強く頷き、リンとは反対の部屋の端に移動する。那拓は二人が定位置につき、それぞれが構えを取ったを確認すると、右手を上げる。
「始め!」
そう叫ぶと同時に右手を振り下ろす。
(`Δ´)
見たいアニメがあるから、という理由で儂の事を置き去りにしおって!リンには、何としても一泡噴かせてやる!その為には、お義兄ちゃんからのアドバイスを活かさなくては。短剣という身軽なリンに対し、儂の薙刀は攻撃範囲の広さが武器。リーチの長いこの武器を上手く使うには、とにかく出来るだけ部屋の中央で戦わなくては…
「始め!」
那拓の声と同時に舞は勢いよく飛び出すが、リンはいつも通り小走りで舞に接近する。
今までならここでリンに凪ぎ払いを仕掛けていたのじゃが、お義兄ちゃんのアドバイス通りここは…
舞は部屋の真ん中に着くと、そこで止まり、再び構え直す。リンは部屋の中央に着くと舞に問いかける。
「あれ?いつものやんないの?」
「…」
無反応の舞に、リンは手を振ってアピールする。
「舞姫?おーい、聞いてる?」
「…」
「あっそ…シカトなんかするんだ。なら、こっちから仕掛けちゃうよ」
簡単に痺れを切らしたリンは舞に向かって飛び掛かる。
お義兄ちゃんから言われた通りじゃな…
『リンは落ち着きが無いからな。舞が動かなければ向こうから仕掛けてくると思う。しかも、リンには自分より劣ってる相手には油断しまくる癖があるんだよな。ここまで言えば、どうすればいいか分かるよな』
答えは簡単じゃ。油断してる相手には、不意を突く手で、警戒される前に一撃必殺を決めれば良い!
舞は、空中のリンに刃先を向けて狙いを定めると同時に、腕を回転させながら突きを放つ。
「きゃっ!」
今までの舞からは想像できない様な鋭く、速い突きに咄嗟にリンは体の前で腕をクロスさせる。
捉えた!と舞が確信した次の瞬間、突きは何にも当たらずにリーチの限界に到達する。舞は一瞬何が起こったか分からなかったが、リンの姿を見つけてすぐに理解した。リンの身体は親指程の大きさになり、身体の半分の大きさの四枚羽で、薙刀のすれすれを飛んでいた。
「狡いではないか!小さくなるなんて!」
漸く声を出した舞を見て、リンは嬉しそうな顔をする。
「だって突き技なんて今まで出した事なかったじゃん!あんな速い攻撃があるのを先に言わないのが悪いんだよ!知ってたら、簡単に避けれたもんね!それに別にいいでしょ。これが私の能力なんだから。舞姫も使えばいいじゃん、千里眼」
舞は、渾身の一発が避けられた不満をぶつけるように声を上げる。
「あんな能力、一対一の戦闘で何の役に立つのじゃ!」
また長くなるだろうと察した那拓が近くに寄ってくる。
「ほら、お前らまだ試合中だ」
「でも、あれは反則じゃろ?」
目を潤ませながら話す舞は、口よりも表情で那拓に訴えかける。那拓は、仕方なく舞の味方をする。
「ほら、リン、元の大きさに戻れよ。毎回言ってるだろ、戦闘中には出来るだけ小さくなるなって。攻撃に当たりにくくなるだけなのに、リスクがでかすぎるんだよ」
「はーい」
リンは元のサイズに戻ると、舞との距離を取る。
「でもさ、飛ぶのはありだよね?」
舞とは逆にリンはニコニコしながら尋ねる。
「いや、どう考えても身体能力はリンの方が上なんだから、飛ぶのも反則…」
那拓がそう言いかけると、リンはしょぼんと肩を落とす。
「舞姫にだけヒイキするんだね…私もなっくんの義娘なのに…」
「舞、飛行はいいよな…?」
那拓は若干困った顔で舞を見る。舞も同じ表情を浮かべながら頷く。
「うむ…」
その返事を待っていましたとでも言わんばかりに、リンは嬉々として舞と向かい合う。
「じゃあ、二人とも少し離れて…再開!」
リンが薙刀のリーチの外に出た所で試合が再開される。再開されると、すぐにリンは羽で飛ぶ。そしてゆっくりと舞の回りを旋回し、機会を見計らう。
リンがどう来ようと儂はお義兄ちゃんに言われた通りにやるだけじゃ。
リンは旋回する速度を一気に上げる。舞の後ろに回ったリンはスピードを維持したまま、短剣を逆手に持って背後から舞に突っ込む。
『最初の突きを避けられたら、後は実力勝負だな。まぁリンの方が、身体能力も、戦闘経験も舞よりあるからな…一泡吹かせたいなら、意外性で勝負するしかない』
那拓に言われた事を思い出しながら舞は、必死に思考を巡らせる。そんな舞の背後でリンは短剣を今にも振ろうとしている。
いつの間に!?
ようやくリンの存在に気づいた舞は同時にハッと何かを閃く。舞は、そのまま全く後ろを振り向かずに薙刀の持ち手でリンに突きを入れる。
「わっ!」
と声を上げ、リンは身体を傾けてそれを避けるが、態勢を崩して地面に転がる。
いける!
舞は、薙刀のリーチを最大にして地面すれすれに凪ぎ払いをかける。
「やっばっ!」
と笑いながら言うリンは、転がる間にうつむせになった瞬間を見計らい、両手両足に力を込めて舞のいる方と反対方向に跳び、薙刀のリーチから抜け出す。そして、羽を器用に使って空中で態勢を立て直して両足で着地する。間髪入れずに舞は薙刀を投げる。リンはそれを余裕でキャッチする。しかし、次の瞬間、リンの身体が傾き、地面に頭を打ち付ける。舞は、スライディングの体勢から起き上がると、リンから薙刀を奪い、即座に突きを放つが、リンは倒れた状態から舞の足を蹴り払い、舞も地面に頭を打ち付ける。二人は同時に起き上がると、リンが距離を取る。リンはにやにやして舞を見る。
「流石、なっくんの愛弟子、いや、逆か。なっくんが舞の愛師匠だもんね」
「わっ儂はべっ、別に下衆の事など…」
顔を真っ赤にして話す舞を見るリンは更ににやつく。
「舞姫は相変わらず分かりやすいねー。そんなになっくんの事が好きなら、今日はサービスして、本気出しちゃう!」
「だっ、だから…儂は下衆の事は尊敬してるだけじゃ!」
動揺する舞を他所にリンから笑みが消え、目付きも鋭くなる。その表情に舞も顔の赤みは抜けずとも真剣な顔つきになる。リンは二回羽を前後に軽く動かすと、先程より素早く舞の懐へ飛び込む。
「えっ…」
初めて見るリンの本気のスピードに舞は対処出来ずに構えを保ったまま立ち竦む。鳩尾を衝撃が貫くのを感じた瞬間、舞は思わず膝を折る。痛みの余り半分気絶状態の舞に、リンはその場で身体を一回転させると、遠心力の乗せた回し蹴りを舞の顔面に向かって放つ。
「ストップ!」
那拓がそう言って舞とリンの間に入ると、リンの回し蹴りを手で受け止める。
「リンが本気出してどうすんだよ…」
そう呟きながら、那拓は舞の背中を擦ってやる。
「うぅ…」
舞は漸く出せるようになった声を絞り出す。
「大丈夫か?」
那拓が聞くと、舞は首を横に振る。那拓は、舞を抱き上げると、不思議そうにリンを見る。
「リン…何で急に本気出したんだ?」
「うーん…舞姫へのサービス?」
リンは頭の後ろに手をやって、気紛れだよ、と振る舞って見せる。那拓は少し呆れた様子で部屋の外に向かって歩き出す。
折角、お義兄ちゃんに抱っこしてもらっても痛みの方が気になって全然嬉しくない…
リンがウインクをすると、舞は舌を出して返す。
(-_\)
またこの部屋…
今朝?昨晩?だかにいた部屋と同じ天井があった。しかし、同じなのは天井だけだった。アリスは視線を天井から部屋に移して一瞬驚く。シンプルな白と黒の部屋は、今は仄かなピンクを基調とし、家具もゆるい動物のプリントがされている物になっていた。
アリスは、ベットから降りると、部屋の中を一周する。
別に一週間もしたら適当にアパート借りるのに…
タンスやクローゼットの中にはアリスのサイズに合う服が沢山入っていた。その服達を見ていると、突然部屋のドアが開く。
「あっ…アーたん漸く起きたんだね。もう夜の9時だよ。すごい寝てたね」
とパジャマ姿のリンは目を擦りながら言う。
「この服…」
「それね。アーたんが寝てる内に買いに行ったんだよ。まぁ、一部は舞姫のお姉ちゃんのお古だけどね。そこのメイド服とか…まぁ、アーたんには必要ないと思うけど…」
「他は全部買ったの…?」
「普段着れそうな物はね。大丈夫だよ。なっくんは結構金持ちだし、アーたんへの謝礼だとかも言ってたし…あと、舞姫の前でその話は禁句だよ。アーたんの服選ぶのをなっくんが余りに楽しんでるから、舞姫すっごい嫉妬してた」
アリスがゆっくり頷くと、リンは「おやすみ~」と言って手を振りながら自室に向かう。
アリスがリビングに着くと、那拓はソファで舞を寝かせていた。アリスは静かに部屋に入ると、那拓の隣に座る。
「寝た…?」
「あぁ…丁度今寝たとこ。アリス、少しの間舞の子守り頼んでいいか?晩飯の準備しちゃうからさ」
那拓はそう言うと、ソファを立ち、アリスに席を譲る。アリスは舞の腹を一定のリズムで軽く叩いてやる。
(・д・)ノ
ジャーの米を茶碗によそっているとリビングから子守唄が聞こえて来る。
『かーごめかーごめ籠の中の鳥はいーついーつ出やる夜明けの晩に…』
突然、那拓の身体に電気が流れたような強い痛みが走る。痛みで感覚が痺れて、那拓は、手に持った茶碗を落とし、胸と頭を押さえてその場に伏す。全身に走る電気的痛みに加え、体の内側からは今にも体が燃えそうな程の熱が込み上げて来る。逆に、皮膚からは氷の衣でも来ているかの様な冷気が浸透してくる。
「く…」
那拓の身体から大量の蒸気が発生する。
よりによってこの歌…紅葉!四葩!蕣花!制御出来るか?
那拓が心の中で叫ぶと、心の中の何者かが返事を返す。
“マスター、無茶言わないで下さい。この音楽と魔力が勝手に共鳴して、こちらも制御が利かなくなってるのです”
那拓が、必死に身体の内部の何かを抑え込んでいると、茶碗の割れた音に気づいたアリスと、音で目の覚めた舞が様子を見に来る。
那拓から蒸気の発生が止まるとほぼ同時に「大丈夫…?」とアリスと舞が台所を覗く。
「あぁ、ちょっと手を滑らせただけだ」
那拓は出来るだけ顔を見られない様に茶碗の破片と落ちた飯を拾う。
「そうか?では戻っておるぞ」
舞はそう言うと、アリスの手を引いてリビングに戻る。
さっきの、千里眼を持つ舞にはバレバレのはずだ…
「気のきく義妹で助かった」
那拓は呟くと、タオルで汗を拭い、再び御飯をよそってリビングに運ぶ。
「美味しい…」
アリスは相変わらずの無表情で御飯を食べ進める。舞は那拓の膝に頭を乗せ、うとうとしながら、心配そうに那拓を見つめる。
「俺は大丈夫だから早く寝ろよ」
那拓の言葉に舞は目を瞑ると、すぐに小さな寝息をたてる。
「何か色々ありがと…」
とアリスは小声で話しかけてくる。
「気にすんな。謝礼みたいなもんだから」
「謝礼…?」
「追いかけて来てくれた御礼と、無表情になってくれた御礼、俺が姿消したからってリストカットまでしてくれた御礼?リンに頼んでリストカットの傷は消しといたけど、今後は絶対やるなよ。自分のこと棚に上げて言うけど、自殺とか知らない所でされても助けられないし、アリスの死は俺きっと耐えられないから…」
そんな那拓のわがままな願いにアリスが頷くと、那拓は安堵の笑みを浮かべる。
「そう言えば、アリスはコンビとか組むの?一応、ウチの支部は2人1組での行動が基本なんだけど」
「ナタは…?」
「俺は今誰とも組んでない。でもアリスが他の人と組みたいって言うんなら、話し合って決めたらいいし…組むなら黒夜がいいと思うよ。力にしても、技にしても一番だし…俺は支部最弱だし…それに…」
那拓の目が虚ろになるのを認識したアリスは黙ってティッシュの箱を投げる。箱は那拓の額のど真ん中に命中し、虚ろな目が光を取り戻す。アリスは少しの間那拓を見つめる。
「友達同士が一番…」
那拓はでこを擦りながら俯く。
「まだ…アリスの友人をやらせてくるのか?」
「当たり前…」
また、一緒に居られる。でも、俺と居たら、アリスだって命を狙われるかもしれない…本当に俺なんかが一緒に居ていいのか?
那拓はそんな思いを一言に込める。
「迷惑かけたらごめん…」
アリスはほんの一瞬だけ笑みを溢す。
今回はどうでしたでしょうか?感想を書いて頂けるとうれしいです。
取り敢えず、読んだよ!サインを下さい。
待ってます。泣きながら待ってます。ホントにお願いします。