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The Eternal Memory  作者: 神裂 迅雷
鎖絡めの魔王の子=傷だらけの神童
2/38

2.家族

 どうも。神を裂く迅雷です。今回は2話目の投稿ということですが、説明パートを少々入れました。後々の伏線も兼ねていますが、読んでてどうしても分からない事がありましたら、言っていただければ修正しますので、何卒寛大な心で読んで頂けたらなと思います。*顔文字は視点切り替えです

(/0 ̄)


 微かに聞こえる誰かの呼吸。重い瞼をゆっくり開けると、そこには見た事のない天井があった。窓からは柔らかい月明かりが射し、部屋の風景を照らし出す。不意にアリスの額の上に何かがのし掛かる。

 まだ少し身体がダルい…感覚も鈍い…

 そんなアリスは、重い自分の手をゆっくりと動かして額の上に乗っている何かを掴み、目の前に持ってくる。

 腕…?

 アリスはその腕を辿るように首を動かして行く。そこにはずっと探していた。そして今日ようやく再会することができた友人の姿があった。

「ナタ…寝てるの…?」

 アリスの呼びかけに那拓の反応はない。那拓の寝息の音だけが辺りに響く。

 寝てるにしては少し息遣いが荒いような気がする。それに月明かりのせいか顔色も白い。そして仄かに血腥い。まさか…

 アリスは腹筋に目一杯力を入れてゆっくり上半身を起こす。そして、その原因を突き止める。

 また、やってる…

 アリスは、自分に掛かった布団をどかしてベッドから下りる。アリスが見たのは、ベッドに乗っていない那拓の左手がだらんと下に垂れ下がり、その手首には切り傷があって、指先から床の上に血液が一滴ずつ落ちていく光景だった。

 そういう風に寝てる間にリストカットする所は昔と変わらないのに、私には冷たくなった…やっぱり、ナタは、自分の意思で私の前から姿を消したって事?分かってたけど、ちょっとショック…それより、今はナタの治療が先。プラン3を実行したらナタの家に泊まる事になるのは予想していた。念のために自己治癒を促進する包帯持って来といて良かった。

 アリスは、足に付けていたナイフケースから赤い布切れを取り出し、それを那拓の腕に巻き付ける。

 昔、私が熱出して寝てた時も、ナタは隣で自分の腕切って、出血多量で死にかけてたっけ…看病してくれる人がこんなのだと安心して眠れない。

 アリスは、那拓に包帯を巻き終えると、ベッドの上の布団をどかし、那拓の体を持ち上げ、そのベッドの上に寝かせる。アリスもその隣で横になり、足下から胸元まで薄布団を引っ張る。

「ナタ…おやすみ…」

 アリスが、那拓に背を向け、目を閉じて再び眠りに付こうとすると、背後から急に那拓の腕が腰に絡み付き、強く締め付けられる。

「ナタ…痛い…」

 那拓の体を押して離そうとするが、まるで効果がない。ふと那拓の身体が小刻みに震えていることに気づく。

「…ゴメン…」

「何を謝ってるの…?」

「…俺…弱…から…一人…に…」

 那拓の言葉はそこで止まり、替わって深い寝息が聞こえてくる。顔を押し当てられた背中は湿っていた。

 眠ってる時はいつも情緒不安定だけど、あのナタが泣くなんて…ナタが精神的に追い込まれる事も分かりきっていた。4年前、家族だった私の前から何も言わずいなくなった復讐にしたら少しやり過ぎた。



(/0 ̄)


 朝飯作らないといけないし、そろそろ起きないとな。

 那拓は両手を頭の上で重ねて体を伸ばす。

「ん~ッ…ふぅ…」

 そういえばアリスの看病をしてたのに、何で俺が横になってるんだ?

 腕に巻かれた包帯。すぐ隣で聞こえる規則的な息遣い。

 嫌な予感…

 那拓は腹を据えて首を捻る。やはり、悪い予感が的中したらしく、そこにはアリスの顔が目と鼻の先にあった。那拓は、そっと布団をどかし、ベッドから下りると、アリスの上に布団をかけ直す。そして自分が服を着てるのを確認すると、ホッと安堵の溜め息を吐く。

 とにかく最低限のボーダーラインは越えずに済んだみたいだ。いくら昔は仲がよかったとはいえ、裏切っておいて自分の愛欲を押し付けたりなんかしたら、俺は本当に救いようがなくなる。俺は償わなくちゃいけないのに。

 那拓は部屋の出口に向き直ると、静かに退室する。



 さて、今日の朝食はどうしようかな?アリスもいることだし、美味しいもの出さないと。

 那拓が冷蔵庫を開けると、冷蔵庫の中身はこれでもかという程パンパンに色々な物がつまっていた。

 まぁ朝だし、無難に白米と焼き魚と味噌汁でいいかな。味噌汁は昨日の残り物があるし、白米はジャーで予約してある、あとは魚か…

 那拓は、冷蔵庫を閉め、冷凍庫を開けると、鮭の切り身を取り出し、それをグリルに突っ込む。次にコンロの上にある金属の鍋の蓋を開けて味噌汁が入っているのを確認すると、鍋の蓋を閉めてコンロに火を点ける。

 出来上がるまでちょっと暇だな。よし。鮭は特製のタルタルソースで食べてもらうか。俺のアビリティの利点の1つ、『シェフ秘伝のソースも簡単にレシピを盗める』

 那拓は、早速高級レストランで使用されているソースの調理を始める。



 那拓が一通り朝食を作り終えて、壁にもたれ掛かっていると、廊下の方から足音が聞こえてくる。那拓が台所の出入口の方を向くと、すぐに身長が120センチ程の幼女が台所に入ってくる。その幼女の髪の色は薄い黄緑で、瞳は若葉のように濃い緑、背中には光を反射して虹色に煌めく20センチぐらいの薄羽が四枚、外側に向かって生えている。

 フェアリー。妖精系の下級クリーチャーで、1人につき1属性の魔法を使うことが出来る。力も並みの人間を凌駕しているが、AS状態のプロディジーには遥かに劣る。クリーチャーながら人に害を加える事もほとんどなく、普通は自然界の環境維持を生活の軸としている。

 そんなフェアリーの女の子は、俺の養女として俺と同居している。

「おはよー…」

 幼女が寝惚け眼を擦りながら小さな声で言うと、那拓は幼女に微笑みかけて返答する。

「おはよ。昨日はありがとな、リン。リンの治癒魔法のお蔭でアリスの体調は安定してるよ」

 那拓の言葉にリンと呼ばれる幼女は胸を撫で下ろす。

「良かったー。昨日はなっくんが尋常じゃないくらい焦ってたから、ビックリしたよ。どうしたの?って聞いてるのに、なっくんは『早く治療しないとアリスが!』としか言わないし。逆井っちから連絡きて、ようやく状況が把握出来た位だったんだからね!」

 状況説明を怠っていた那拓にリンは頬を膨らませる。リンの小さな怒りよりも那拓には心配な事があった。

「昇の奴、俺の事何て言ってた?」

「助けてくれた命の恩人に酷いこと言って突き放したって。ついでに過去の事を話したくないからって殴り掛かったって。加えて女の子の顔面にパンチ決めようとしてたって言ってた」

 リンの言葉に那拓は肩を落としてため息を吐く。

「モノは言い様だな…まぁ言ってることは間違ってないけど、俺、考えなしにそんな事はしないから…見損なわないでくれるか?」

 リンは、しゅんとする那拓に近寄ると、優しく那拓の背中を撫でる。

「なっくんは私のパパだもん、信頼はしてるよ。それに相手はあのアーたんだもん。同年代の友達が少ないなっくんが理由もなく手を出すなんてリスク負う訳無いじゃん」

 リンの一言が軽く心に刺さるも、多少は理解してくれたようなので那拓は少しだけ本音を漏らす。

「ホントはさ。またあの時みたいに他愛ない会話で盛り上がったり、一緒にゲームとかしたいって思うんだ」

「ゲームかー。懐かしー!特に人生ゲーム楽しかったよね。私は毎回1位!あっ…なっくんは運が無さすぎて毎回借金生活入ってたね。逆にどうやったら出来るの?って皆で笑ったよね」

 リンは当時の光景を思い出しながら楽しそうに語る。一方で、那拓の表情は逆に暗くなる。

「昔は楽しかったけど、今は無理だよ…」

「何で?」

 リンは首を傾げる。

「俺…嫌われてるじゃん?それでなくても、アリスは純血のヴァンパイアの血を引いてるからって理由で、昔は人から疎外されてた。でも、昨日、アリスの為に皆が作戦に参加してくれたの見て思ったんだ。折角、アリスが人に受け入れられそうなのに、俺が近づいたらいけないんじゃないか、って」

「そんな理由…?」

 リンの声じゃない…?

 那拓は一瞬疑念を抱くが、そのまま続ける。

「そんな理由って…俺の状況見れば分かるだろ?ウォーリアっていう現有戦力の一つは知ってる?」

 リンは元気よく頷く。

「うん!クリーチャーの核を体内に移植した人でしょ?身体能力が跳ね上がるけど、寿命は10年程度になっちゃうんだよね?」

「正解!」

 褒美に那拓はリンの頭を撫でる。それだけでリンは満足げに満面に笑む。

「んで、そのウォーリアの中には核に適合する奴もいて、陰型と陽型に別れてる。陽型は、核を移植された後、寿命が縮まず、寧ろ不老にさえなるタイプ。陰型は、身体能力が他のウォーリアよりずば抜けてる分、力の余りに意識を失って暴走したり、体を核に取り込まれてクリーチャー化する可能性があるんだ」

 リンは再び首を傾ける。

「それがどうしたの?」

「俺の血の繋がってる方の両親は、どちらも陰型で、俺を産んだ瞬間に核に取り込まれて、2人ともデビルになっちゃったんだよね…」

「デビルって下級悪魔だよね?まさかそれが理由でなっくん今まで嫌われてたの?」

「問題はもっと深刻で、デビルになった俺の父親は意識まで取り込まれて、本格的なクリーチャーになってさ。その暴走を止めようと、意識だけはハッキリしていた俺の母親が挑んだけど…親父の方が一枚上手で、俺の母親は親父に食われちゃって…そしたら親父は進化して『ルシファー』に…今や『サタン』に並んで悪魔系最強の階級に指定されてる」

「ルシファー…でも、それって、なっくんには、どうしようもないのよね?それでもなっくんが嫌われなくちゃいけないのってちょっと理不尽じゃない?」

 そんな風に言ってくれるのが、唯一小2の女子だとは…しかも自分の義娘むすめだし。スゴい励まされるけど、色んな意味で辛い。

「そんな事言ったって、ここに住む人達の8割はルシファーに襲われて、ここに逃げて来たんだ。理不尽でも嫌われて当然だろ?その上、俺はこの支部で一番弱いし…」

 自分の義父への悪口にリンは不満そうに口を尖らせる。

「それは演技のクセに…」

 演技じゃなくて、町中で本気出したら、今嫌われてない人達にまで嫌われる。その覚悟がないから、町中での戦闘じゃ最弱って意味なんだけどな。

「とにかくアリスはここで仲良くやれそうだし、そういう訳で起爆剤である俺は近づかない方がいいんだよ」

 那拓がそう言うと、不意に台所の出入り口から声が聞こえてくる。

「ナタの事ずっと探してたのに…?」

 さっき聞いたリンとは別の声、その上「ナタって…」呼び方。まさか…

 那拓が廊下の方を向くと、アリスが台所に入ってくる。

「アリス…いつからそこに?」

「最初から…」

「じゃあ、俺と距離置いた方がいいって分かったろ?」

 アリスは首を横に振る。

「一生懸命に探したのに、また無駄にするの…?」

 アリスはそう言うと、那拓をジッと見つめる。それだけで那拓の罪悪感は膨れ上がるが、那拓は、アリスから視線を外すと、言い訳をし出す。

「無駄にはならないだろ。俺を探す過程であれだけ色んな人と関わり合えたんだし。それに手話の件だって覚えておいて損は無いだろ」

「手話はナタの為にしたのに…」

 アリスも那拓から視線を下に落とす。何となく嫌な空気を感じ取ったリンは

「それにしても良かったね。アーたん、元気になって」

 と会話に割り込んでくる。そして、那拓の代わりにとでも言うようにアリスに謝る。

「ごめんね。私のせいで。アーたんが折角なっくんの為に一生懸命に手話覚えたのに、私がなっくんの切断された舌を治しちゃったから…」

 アリスは首を横に振る。

「ナタの舌、治してくれてありがと…」

 アリスは表情一つ変えずに淡々と感謝の意を述べるが、それでもリンは嬉しそうにアリスに笑いかける。

「うーうん。別にどうって事ないよ。それよりも、アーたんも余り無理しないでね。私だって蘇生は出来ないんだから」

 アリスが頷く。流石にこの数分じゃ5年間の溝は埋まらず、話題も無くなり、暫し沈黙。すぐに耐えられなくなったリンは、那拓に近寄って、服の裾を引っ張ってしゃがませると、那拓の耳元に口を近付ける。

「なっくんも、とにかくアーたんに謝るべきだと思うよ。絶対なっくんのせいだもん、アーたんがあんな喋り方になっちゃったのも、無表情になっちゃったのも」

 分かってるけど、アリスにとって一番いい選択は俺と居る事じゃないんだ。

「俺だけのせいじゃ…それに最初に俺を突き放したのはアリス自身なんだぞ」

 那拓が苦しげに言い訳すると、リンが睨みを利かせてくる。

「アーたんの記憶観たんでしょ?心を閉ざした一番の原因は何だったの?」

 その言葉に那拓は視線を下げる。

「それは…俺の家出だけど…」

「なっくんと一緒に初登校するんだ、ってアーたんすごく楽しみにしてたのに、中学校の入学式当日の早朝に、黙って家出てきちゃったもんね」

 リンの言葉が那拓の心にグサグサ刺さる。

 アリスに与えた精神的ダメージの大きさは自分でも重々理解してる。でも、あの日の事は俺だけが悪いんじゃない。今こそ平然としてるけど、アリスだって俺を置いてけぼりにした…でも、謝れない原因はそこじゃないんだ。俺は未だにアイツの『実験台』なんだ…だから、これ以上、大切な人を作る訳にはいかない。

 黙り込む那拓を見てリンは深いため息を吐く。

「はぁ~…仕方ないなー。なっくんが謝り易いようにしてあげるよ」

 那拓の事情をちっとも解さないリンは、そう言うと、アリスの方に行き、服を引っ張る。そして那拓にした様にアリスの耳元で何かを話すと、アリスはコクッと首を縦に振る。するとリンは、再び那拓の下に駆け寄って来て那拓に抱き着き、那拓の腰ポケットにこっそりと手を忍ばせる。

「今度は何だよ?」

 どこか嬉しそうに戸惑う那拓をよそに、リンは、那拓の服のポケットから目的の物を取り出して那拓からさっと離れ、再度アリスの方に向かう。

「何したんだ?」

「別に何でも無いよ!」

 那拓の質問にリンは片手を体の前で大袈裟に左右に振る。そんなリンを那拓は怪訝そうに見つめる。

「確かに親子だけどさ。何も無いのに抱き着くか?しかも一瞬だけ…」

 那拓への返答より先に、アリスは、リンと那拓の間に割って入り、リンを自分の背後に隠すと、自分も那拓に背を向ける。

 またしても嫌な予感…

「本当にある…?」

 アリスがリンに尋ねる。

「あると思うよ。私、前に見ちゃったもんね。決定的な証拠をさ。ちょっと待ってね。今ロックを解いてっと…あっ、これだ!」

 那拓が、暫く二人の様子を窺っていると、二人の隙間から何故か那拓の携帯電話がアリスの手に渡るのが目に入る。那拓がそれを取り返そうとした丁度その時、アリスは那拓へと向き直る。

「これ…誰から?」

 と言ってアリスは携帯の画面を那拓に見せる。携帯の液晶には那拓に昨日届いたメールが映っていた。

『風間那拓。今までの任務遂行の成績を称し、今日よりAR1-Sとの接触を許可する。だが、私の命令には今後も従ってもらう。破ったら、分かっているだろうが、お前が私の娘を奪ったように、私がお前の娘の命を貰う』

 リンにバレてたんだ…でも、いずれは言うつもりだったし、こうやって脅されてたってバレたなら、それはそれでアリスにとっては少しだけ救いになったよな?アリスはずっと、俺がアリスを嫌っていたから自分の前から姿を消したと思ってたから…ん?でも、このメールの文面が見られたって事は、俺がアリスを突き放せる最大の理由を失ったってことだよな?つまり、今の俺に出来るのは、アリスを俺の事情に巻き込むか。アリスの精神を犠牲に俺がアリスを拒んでみせるか。その2択って事?どちらもきっとアリスにとっては不幸な展開しかない生まない…それでも、今のアリスに必要な物も実のところ理解してる。たとえ、俺がアリスの未来を破壊するウイルスだとしても、俺はもうアリスの心だけは壊しちゃいけない。俺の選択肢は結局1つだけだったんだな。

 不意にアリスのお腹がグ~と鳴き出す。アリスは懸命に無表情を貫くが、恥ずかしさのせいか顔色はグングン赤くなっていく。それを見て仕方なく那拓が折れる。

「分かった。そのメールの事も、あの事件の事も全部話すから、今は朝食食べようか」

 アリスが小さく頷く隣で、リンがある事に気づく。

「あれ?よく考えたら私は人質であって、この指示とは関係無いじゃん!」

 リンは再び那拓に近寄ると、小さな拳で那拓の腹にへなちょこな突きをいれる。

「何でアーたんの家出てく時に私まで置いてこうとしたーッ!」

 リンは「バカバカバカー」と言いながらへなちょこパンチを那拓の腹に連発する。

「悪かったって…」

 那拓が謝るもリンの怒りは収まらなかった。



「うんま~」

 リンは満足そうに口角を釣り上げる。

 味噌汁一口で怒りが収まるのだから、うちの義娘は扱い易い事この上無い。

「ナタ…まず事件の事話して…」

 アリスはそう言って味噌汁を一口啜る。その瞬間、アリスの目が一瞬だけ見開かれるが、那拓は言われた通り話し始める。

「アリスの言ったように実際に黒幕はいたよ。俺に高嶺さん達を殺させるシチュエーションを作った人物が2人。誰とは言えないけど、アリスはそいつに会ってる。因みにあのメールの差出人では無い」

「そ…」

 アリスは素っ気なく答える。

「確か、アリスが俺の記憶を観たのは高嶺さんらを見つけたとこまでだよな?」

 アリスはその話にもまるで興味を示さず、ご飯を口に運ぶ。

 自分で事件の事を話して欲しいって言った癖に…無視されるのが一番辛い…

「もう話さなくていいか?」

 アリスは、しばらく朝食にだけ視線を移していたが、ある程度食べ進めると、ようやく箸を止める。

「高嶺さんを殺した動機は…?」

 暫しの沈黙の後、那拓は漸く声を絞り出す。

「動機は…俺が弱いから…」

 アリスは眉をピクリと動かすと、ゆっくり箸をテーブルに置く。

「昨日、謝られた…俺が弱いせいだって…」

「二人を殺したのは俺が弱いからだ。身体的にも精神的にも…」

「どういう事…?」

「…俺さ、きっと心のどこかで高嶺さんが居なくなればいいって思ってたのかも知れない…」

 ちょっとだけそう思う。でも、アリスの一番大切な人達だったのも確かだ。正直、高嶺夫妻の死は俺だって素直には望めない。

「あんなに良くしてもらったのに…?」

 アリスは少し落胆したかと思うと、ふと那拓の目をじっと見つめる。思わず那拓は目を逸らす。それでアリスは察する。

「嘘つき…何で殺したの…?」

 アリスは相変わらず、俺の嘘を見抜くのが得意だな。うちのクソ兄貴とも面識があるようだし、アリスがその気になればきっと容易に事件の裏側にまでたどり着いちゃうだろう…

 那拓は、覚悟を決めて再びアリスと目を合わせる。

「一種の催眠術で体の自由を奪われてたから、俺にはどうする事も出来なかった。意識が戻った時には既に2人は死んでたんだ」

「そ…それならもういい…話してくれてありがと…」

 アリスは箸を拾うと、ご飯を口に運び始める。

 あの事件の裏を知られるくらいなら最低限の事実を話してアリス好みの結末と辻褄を合わせるしかない。真実はきっとアリスには背負いきれないから。

「なっくん、食べないの?」

 ボー、としていた那拓を今度はリンが心配そうに見つめる。那拓は、そんなリンの頭を撫でてから答える。

「食べるよ。それで、今日の朝食の点数は?」

「今日も満点!」

 リンはニッコリと笑う。那拓も釣られて微笑み返す。



 ピンポーン。

 那拓が食器を洗っていると、玄関のチャイムがなった。

 結局、あの後、アリスは事件についても、メールについても何も聞いて来なかった。ただ、

「俺の意思じゃない」

 そう俺が言った後のアリスは、無表情ながら少し嬉しそうだった。そのアリスは、今俺の携帯を持ち去ってリンの部屋でまた何か共謀している。少し不安だ。

 チャイムを聞いた那拓は手を拭きながら玄関に向かう。そして、玄関の曇りガラスに映る来訪者のシルエットを見る。そこには120センチ程の小さな人型のシルエット。

 あれ…?何でコイツ、ここに来てるの…?冗談じゃない!ここで登場されたらアリスが…一先ず、家の外で話をつけないと…

 那拓はドアのカギをゆっくりと音を立てないように静かに開ける。

 ここからだ。サッとドアを開いてサッと外に出る!これしかない。

 那拓がドアに手を掛けた瞬間、不意にドアが開く。それと同時に幼女が、黒く長い髪を靡かせて那拓の胸に飛び込んで来る。その勢いで那拓は幼女と共に後ろに倒れる。和服を身に纏ったその幼女はゆっくりと起き上がると、その両手を腰の辺りに着けて胸を張る。

「遊びに来てやったぞ、下衆げしゅうよ」

 やっぱり舞か…

「何で来たんだよ…」

 那拓は、態と面倒臭そうに話しながら上半身を起こす。それだけで舞は少しだけたじろぐ。

「何じゃその如何にも1番会いたくない奴に会っちゃったみたいな態度は?義妹いもうと義兄あにに会いに来てはいかんと言うのか?」

「今日は駄目な日だ」

 那拓は舞を抱き上げて玄関のドアを開ける。舞は予想していなかった義兄の行動に慌てる。

「何故じゃ!?どうしてじゃ!?約束しておったのに、時間になっても家に来ないから心配して来てやったのに~。化け物が出るかもしれない道を一人で歩いて来たのじゃぞ。それをまた一人で帰れと言うのかー!」

 あれ?昨日の作戦でアリスの重症は予期されていたから、今日、アリスは外出禁止だし、アリスとちゃんと話せるように、って俺ん家に来ないように皆言われている筈なんだけど…

「まさか、舞、昨日の事聞いてないのか?この地区の人全員が参加した作戦があったろ?」

 舞の目が潤むのを見て那拓は全てを悟り、後悔した。

「昨日?全員?まさか、儂はまたハブられたのか?」

「…」

 那拓は黙り込む。それを見た舞は更に下目蓋に涙を溜める。

「そうなのじゃな?…またハブられたなんて…儂だけ…いつも…仲間外れ…」

 舞は「う~」と声を出しながら涙を必死に堪える。

 ヤバい…これはマジ泣きする…

「舞だけって事は無いって…リンだって作戦が終わってから知ったんだからさ」

 那拓は必死に宥めるが、舞の目からは下目蓋に収まりきれなくなった涙が溢れ始める。

「ちょっと不思議な力持ってるからって、いつも皆儂を仲間外れに…うわーん!」

 遂に舞は大声を上げて泣き出す。

「分かった。ちゃんと状況は話してやるから」

 仕方なく那拓は舞をあやしながら、状況を説明してやる。



「そのアリスとか言うオナゴは下衆の何なのじゃ?」

 舞は目を腫らしながら話す。

「幼馴染み」

「彼女じゃないのじゃな?」

「どうせ俺は年齢=彼女いない歴だよ」

 那拓がそう答えると、舞は安堵の溜め息を吐き、余裕が顔に出てくる。

「下衆の幼馴染みか…儂が品定めを…」

「品定めって…『千里眼』持ってる舞なら家に入る必要無いだろ?」

 本気で家に入れる気がない事を悟った舞は、やや焦りを覚える。

「千里眼は遠くの物を見たり、透視したりするだけであって性格までは見えんのじゃぞ。それに昨日の夜、そのアリスとかいうオナゴと一緒に寝ておったではないか!本当に唯の幼馴染みなのかも調べなくては…」

「でも家には入れないぞ」

 と、那拓は舞を泣かせないように最新の注意を払って冗談めいたように話す。それでも、舞にその配慮は届かなかったらしい。

「う~…下衆まで儂をー」

 舞の瞳がまたも潤む。

「泣くなよ…」

 いくら泣き虫だからって義妹に泣かれると、俺だって心が痛む。

 那拓はため息を吐きながら舞に選択肢を与える。

「なら、舞。何されても我慢出来るか?」

「我慢?」

「いや、実はアリスに問題があってさ…」

 那拓が苦笑いすると、舞は和服の袖で涙を拭って、家に入ってきたときと同じ様に胸を張ってみせる。

「もう7才じゃ。我慢くらいする!」



「う~…何するんじゃー!」

 必死に抵抗する舞を余所にアリスは、舞に抱き着き、頬を舞の顔にを擦り付ける。

「可愛い…」

「う…」

 アリスの率直な褒め言葉に舞の抵抗は弱まる。それに対してアリスの擦り付けはさらに激しさを増す。

「駄目だな。こりゃ」

 那拓が頭を抱えていると、リンが隣に座ってくる。

「アーたんのあれ直ってなかったんだね…私にやらないからもう直ったのかと思ってたよ」

「リンにはやらないだろ…手を噛まれ、さんざん罵倒され、その上2週間もシカトされ続けたら、俺だったら耐え切れない。もっと嫌われる前に潔く死ぬよ」

 那拓の言葉にリンは大きな溜め息を吐く。

「すぐに死のうとするの止めてよ。私はなっくんのガーディアン、守護者として存立してるから、私はクリーチャーでも町中で生活出来てるんだよ。それに私の親はなっくんだけなんだからね」

「分かってるって」

 那拓の適当な返事にリンは少し不安そうに那拓を見つめると、那拓はリンに優しく微笑んで、頭を撫でる。そこに「わ~ん…」と舞が泣きながら、いきなり那拓の腕にすがり付く。

「我慢するって約束だろ」

 那拓は舞の頭も撫でてやると、アリスに目を向ける。

「アリスもやり過ぎ」

 アリスは顔を背ける。

「私のせいじゃない…」

 舞は、那拓の腕をギュッと抱き締めて、那拓の注意を引くと、上目遣いで那拓を見る。

「下衆はいなくなるのか?…そしたら儂は誰に泣きつけば良いのじゃ?」

「俺の存在意義はそこ!?」

 抱き枕か、人形程度の価値か…まぁ俺なんて…

「それよりアリス、舞に何吹き込んでんだよ」

 那拓が目を細めると、アリスは俯く。

「ナタが家出するのが悪い…」

 舞が那拓の腕を更にキツく締める。

「もし儂と別れろという指令が来たら、下衆は、儂とその指令どちらをとるのじゃ?」

 舞の目はまたも潤んでいる。それを目にした那拓は、頭を軽く下げ、気持ちを込めて謝る。

「ごめん…」

「う~…何故じゃ?儂がそんなに嫌いか?阿呆~…馬鹿~…ろくでなし~…」

「欠点だらけの駄目な義兄でごめん…どうせ阿呆だし…馬鹿だし…ろくでなしだし…」

 那拓が更に深く項垂れると、舞は一生懸命にフォローを始める。

「別に今のは言葉の綾でじゃな…下衆に儂を選んで欲しかったって意味であって…」

 那拓は悲しげな顔で舞の方へと顔を上げる。

「ごめんな、指令を無視したらリンが殺されるからさ」

「えっ…」

 舞の表情が一瞬で凍りつく。それとは対照的にリンは何かを考えながら首を傾ける。

「それにしても、なっくんを敵に回す人間が居るんだね。REACTじゃ、なっくんはそこそこ有名なはずなんだけどなー」

 アリスと舞は何を言っているのか全く分からないとでも言うように首を傾げる。そんな2人にリンは得意げに話を続けようとする。

「そっかー。二人も知らないんだね?実はなっくんって特かい…」

 那拓はあわててリンの口を手で覆う。

「とく…何…?」

 アリスが尋ねると、那拓は焦りをそのままに答える。

「特に相手にする価値も無いって話、だよな?」

 そう言うと、那拓はリンの耳元で何かを囁く。リンは口を覆われたまま頷く。

「怪しい…」

 アリスは真っ直ぐ那拓をジーッと見つめる。

「言いたい事があるんなら朝食ん時に済ませろよ。そういう話だったろ。舞を巻き込むな」

 那拓が視線を外に逃がしながらそう言うと、アリスも那拓から視線を外す。

「重い話されると、折角の料理が不味くなる…」

「アリスが話させたんだろ?」

「それで謎の指令の話の続きなんじゃが…」

 舞が話しかけてくるが、那拓は気づかずに続ける。

「なら、最初っから朝食中に話すって意見に賛成するなよ」

 那拓が不貞腐れた様に言うと、アリスが小声で返す。

「想像以上に美味しかったから…」

 うわ…泣きそう。そう言われるのはスゴく嬉しいけど…

「どうせ誰かの技術をコピーしただけだの偽物だし…」

 那拓は小さくため息を吐く。そこに舞が必死に那拓に呼びかける。

「話を…」

 しかし、アリスが会話を続行する。

「それでもナタの手料理…素直に喜べばいい…」

「はなし…う~…」

 舞は無視される事に限界を迎えたらしく、瞳からは涙がちょっとばかし溢ている。

 このくらいならいつもの手でも通じるだろ…

 そう考えた那拓は舞に問題を出す。

「舞、1582年の出来事は?」

「本能寺の変…」

 舞は即答する。

「殺されたのは?」

「織田信長とその跡継ぎの信忠じゃ…」

「首謀者は?」

「軍を率いていたのは明智光秀じゃ!しかし、首謀者が明智光秀では無いという説もあるからの~…残念じゃが、その問題には答えられんのじゃ」

「さすが日本史のお姫様と呼ばれるだけあるな」

 機嫌が直った舞は、ニコニコしながら那拓に頭を撫でられる。



「それじゃあ、今日の各自の仕事な。まず、舞はリンと一緒にアリスの着替え取りに行ってくれるか?俺は家事やるから、アリスは養生。OK?」

 そう那拓が言うと、誰より先にリンが元気よく頷く。

「うん。分かった」

「服は“ナリスマシ”のお古で良いんじゃな?」

 舞の言葉に那拓が頷くと、舞とリンは勢いよく家を出る。すぐに外から2人の笑い声が聞こえてくる。2人の姿が窓から見えなくなった所で那拓はアリスに向き直る。

「んで、本当は何を知りたいんだ?」


 今回は、現代日本で需要が伸びている幼女を登場させてみました。リンちゃんと舞ちゃん、2人の可愛さを上手く伝えられているか不安なところですが、2人の今後の活躍にも注目してもらえたらな、と思います。

 まだまだ自分も至らないところが多いので、誤字脱字、状況が不明なシーン等があると思います。出来れば指摘を下さい。ちゃんと直します。


 余談ですが、Twitterを始めました。そちらで連絡を下さっても結構です。

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